風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

日・モ障害者交流セミナー

2006年09月24日 | モンゴル通信から
=2006年9月20日号「旬あの人・この人」より=

      日・モ障害者交流セミナーで体験を語る 
肢体障害者の笠羽美穂さん、障害児の親の三嶋由美子さんがゲストに招かれ、お二人の体験を映像を交えて紹介される。

モンゴルには6,000人くらいの障害児がいるといわれて居ます。このセミナーは2年間モンゴルの障害者施設で活動した隊員の企画によるものです。

<中略>お二人の体験談

「障害の軽い、重いは関係なく親同士が手を携え、子供が独立した生活ができるよう支援したい」と三嶋さんが語り、共感を呼んだ。

まだ、困難なモンゴルの障害者の環境。日本人が長年運動してきたように、モンゴル人自信も社会を変えていく力を持ってほしい。会場に広がった連帯の輪を感じながら、日本から来た二人はそう願った。



22日日本モンゴルセンターで、3週間にわたる、セミナー行脚の毎日に、お二人は疲れを見せることなく、笑顔で私の紹介を受けてくださいました。

このセミナー実施に当たって、たくさんの関係者が、ボランティアで支えています。
セミナー開始の時期に私は日本に居たため、お手伝いのローテーションに組み込まれなかったのですが、その中の一人が風邪で唐黷スと言うことで、急遽依頼が来ました。

お二人の、明るい表情と何よりもそのタフなところに驚きました。
お二人の公演を写すビデオのスイッチをオン、オフするだけの人差し指の手助けですが、お二人の話をつぶさに聞いて、私のあずかり知らなかった世界が展開していました。

そして、いつもながら、時間通りには集まらない聴衆ではありますが、熱心に静かに聴いていました。
その日の出席は、現場の先生を指導する立場の方たちだったようで、質疑の時間には具体的な質問は出ませんでした。
私の勝手な感想ですが、初めてのこういうセミナーに、驚きが先立ったように感じました。そして、また、こういうセミナーを開催してほしいとの要望が強いようでした。

電動車いすの笠羽さんが、「サンバイノー(こんにちわ)」と挨拶しただけで、オーッとどよめきが起こり、そのどよめきは何なの?と、そのことに私は驚いたのでした。

UBでも、杖をついた人、車椅子の人も見かけることはありますが、6,000人もいるとは思いませんでした。
障害者の施設に通える人はほんの一握りのようです。
我が家の、上の階に障害者が居ます、何とか自力で階段を上下できる程度、会話もおぼつかないながら、できているようです。
先日、立派な車から降りてくるのに出くわしました。
このような車を維持できて、送り迎えするゆとりのある人たちでなければ、まだ、施設には通わせられないのが実情のようです。

    セミナー情報追加
セミナーは、さまざまな会場で行われていますが、ある大学で行われたセミナーでは、とても熱心な質疑応答がなされたそうです。

ほんの少しの情報でも、大きな刺激と影響を与え続けているのがよくわかります。
モンゴルの障害児・者とそれにかかわる人たちの環境が、よりいっそう改善されるスタートとなりますように、そして、セミナー開催にかかわった皆さんの苦労が報われますように。




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テレルジ

2006年09月23日 | モンゴル風景
              9月16日





トーラ河畔3枚の写真のうち、真ん中は去年8月のもの。

          


          

1週後の今日 9月23日






先週、冬営地に干草が詰まれていました。
そして、さらに、父親と息子で、囲いの拡張が行われていました。
山の木を切り、同じサイズに切りそろえたものを、きれいに並べてから、組み立てです。
今日は、少し肌寒いのに、ゲルのお上さんはまだ、ノースリーブでした。
私の厚着を笑っていました。

これから厳しい冬が来るにあたって、干草は刈り終えて、山にして、冬の寒さを防いで、馬が帰ってくる屋根のある囲いを作ります。
それが終わったら、ゲルの引越しです。




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3ヶ月ぶり

2006年09月21日 | SAVE THE CHILDREN
久しぶりに子供たちに会う日がやってきました。
少しどきどき。
思いがけず、13人の子供たちに迎えられて、新学期のクラスが始まりました。
サインザヤという女性とだけが、顔なじみで、そのほか12人、うち3人が男生徒でした。
12人は、日本語が初めてと言うことで、あいうえおからのスタートです。

口の形を見せながら、母音の発音を正しく伝えようとすると、顔の筋肉の動きが面白く見えるらしく、緊張気味の子供たちが段々らラックスしてくるのが手に獲るように見えてきました。

よしっ、3ヶ月ぶりでもなかなかやるじゃないと、自分で自分を励ましながら、何とか授業進行。目標の12時までに、へとへとにならず日本語の授業を終えて、次は折り紙へ。

日本で娘が買い揃えておいてくれた色紙を使って、最初の折り紙は風船。
なんとなく手ごたえが硬い。
きれいな色紙に、緊張している。

二枚目は自由に折らせたら、特に不得意な子、得意な子がはっきり別れました。
モンゴル人の記憶力のよさは、こんなところに表れる。
一回教えただけで、二回目はすらすらと完成させる子が居て、驚く。

2つの紙風船で、いろんな遊びができることを発見して、喜んでいた。
初回に、色紙を使ってしまったから、新聞紙を使って、遠慮なく折ることに導くのに一工夫必要です。

久しぶりの授業で、気後れした私の、ちょっとしたアクシデント。

授業のあと、SAVE THE CHILDRENの施設責任者のドヤーさんにうれしいことを聞きました。
教員室の壁に、各教室の授業風景の写真を貼り付けてありました。
その私の授業風景の写真を何度もなでながら、「私の先生はかわいいでしょう?」とずっと言っていたそうです。

そして、学校の授業の都合で、午後のクラスに行かねばならなくなったオユナーが何とか時間の都合をつけて、私に会いに来てくれました。
オユナーは、やさしい子で、私が困っているとそれとわからず助け舟の出せる女のこでした。事業ではあえなくても、すれ違いで顔は見ることができそうです。

昨夜の心配は飛んで、うれしい、ホカホカ気分です。
それには、いつも助けられているKさんの通訳のおかげです。ありがとうございます。


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天邪鬼

2006年09月20日 | チンゲル亭裏日記


Gさんに会って、お茶していろいろ話しているうちに、「ずいぶん疲れているようですから、帰ったほうが良いです。」

ずいぶんはっきり物を言われたもんだと思いつつ、気がついてみると、かなり彼女と上の空で話をしていたことに気づきました。
ちゃんと話をしていたつもりなのに。

さらに、「後、2~3日は家で寝ていてください。」とまで言われて、やっと喝が入ったようでした。
それから、棚上げになっていてしかも期限が切れそうなことを、取り組むつもりになり、彼女の手助けを借りて、あちこち、電話を鰍ッ捲り、一応の手ごたえを得ました。

何も、まだ、解決も進行もしていませんが、棚から下ろし、気後れを一曹オました。

明日は、帰ってきてはじめての、SAVE THE CHILDRENです。
夏休みを挟んで、長いお休みでしたから、子供は来るでしょうか。
誰も来ないかもしれません。

日本語のフレーズと、折り紙の準備。
そして、歌のCDを借りて帰ることを忘れないように、メモをする。

ふーーー。何とかスタートを切れそうだ。
彼女の喝のおかげです。と言うことは私は天邪鬼ということかな?
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足に合った靴

2006年09月20日 | チンゲル亭裏日記

夫の靴を買いに、日曜日に出かけました。
これは、私を連れ出す夫の作戦です。
買い物と言えば、出かけないはずは無いからです。
おかげで、生まれて初めてと思えるくらい履き心地の良い靴に出会いました。
それに、日本の通販で購入した特殊な中敷をあわせると、土踏まずが刺激されて、快適に歩けるようになったそうです。
ドイツ製の靴が、お手軽価格で買えました。
たまに、こういうめっけ物に出会うのが、UBの良いところです。

しかし。。。悪い予感が、、、
気に入ったら、それしか知らなくなる夫のことです。

その靴は、ジーンズやチノパンに合わせて履く靴です。
通勤に片道15分くらい歩いていますから、ウオーキングタイプの靴が良いと言うのはわかるのですが、仕事に着て行く服装にはちょっと不釣合いです。
それでも強引に履き心地がよければそれが一番と、下駄箱のほかの靴はすっかり忘れ去られ、毎日毎日履いて行くことになるのです。

気に入ったものを長く使い続けたかったら、交代で使っていくほうが長く使えると言っても、それなら、同じものをもう一つ買いましょうと言っても聞き入れません。はぁ~~~。

朝一番に通訳の男性も、足元を見て何か言いたげなカオをしていたそうです。
最後に、その靴は、モンゴルだからいいけど、おかしいといったそうです。
ほら御覧なさい。
僕の妻も同じ意見だといったら、彼は、納得して笑っていたそうです。

確かに、心地の良い靴は宝物です。健康にもかかわります。
それに免じて、目をつぶることにしましょう。
しかし、今日は、日本人ばかりの集まりに同伴で出かけました。
黒のビジネスシューズにして!スーツにして!と言う私のささやかな願いは、却下。はぁ~~~。

お一人で来ていらっしゃるのに、皆さん、服装がとてもきちんとしているのに驚きます。
奥様の、遠隔操縦がとても効いていらっしゃるのか、皆さんが、それぞれお一人でおしゃれ上手なのか。。。
お聞きしたいものです。
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心身のUB復帰中

2006年09月18日 | チンゲル亭裏日記

今日は、もう18日。
いまだに、ブログのほうに東京の記事を書き続けておりますのは、体はUBに居ても、心はまだまだ、東京に居続けたいみたいです。

今、一生懸命手繰り寄せております。
大体、日本からUBに帰ってきても、正常リズムに戻るには1週間から10日はかかっております。
起き上がりたくない症候群、外に出たくない症候群などなど。。。
いろいろ、あれこれ、ぐずぐず。

そういう私を、頑張れと励ましてはいけないと、理解してくれている夫に感謝しています。

と、情けない状態を書きつつ、出かけないで閉じこもっているわけではなく、人にも会い、出かけもしています。
「なーんだ、心配しちゃったじゃないか」という声が聞こえそうです。。。
心配鰍ッてごめんなさい。

約束を取り付けることで、気持ちを高揚させ、会って話をすると元気回復、エネルギーをたくさんもらって帰ってきます。
いつもと変わらない生活では有るのです。

きっとどなたにもあることなんでしょう、ただ、私にはこうして愚痴をこぼす場所を作ってしまったから、書いて、消化できるわけです。
単身、モンゴルで活躍している人から見れば、なんと贅沢なことをといわれそうですが、、、

確かに、こちらの高度は1400メートルですから、表立っての障害は無くても、体に何らかの影響があるらしいのです。
さる方(男性)のブログによると、日本で6時間で足りる睡眠が8時間は必要である。そして、酔いが速く回ると書いておられました。

ホームシックもさることながら、この環境の変化も、たった5時間といっても高速の移動で体が思ったより疲れているということも有るのでしょう。

長い休みを取った後だからと、せっせと仕事をしてくる夫には、目に見えない負担がかかっているのかもしれません。
私は、「仕事」が無いおかげで、「心がまだ帰ってこな~い」と駄々をこねていれば良いのだから、楽なものです。
本格的冬が来る前に、チャンスを間違わないで、起き上がりましょう。

冬といえば、パール(熱湯循環式暖房システム)が、15日から始まると聞いていますが、我が家の地域はまだのようです。
そして、お彼岸前後の土曜日に冬時間になります。
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戻りました。

2006年09月12日 | チンゲル亭裏日記

昨夜11時すぎ韓国インチョン経由でUBに戻りました。
荷物も無事二つとも手元にあります。
おなじみのタクシーさんは来ていませんでした。
ゲートを出るのが、最後の方になったので、正規タクシーはもう出払っていました。それで、白タクの客引きさんと値段交渉をしてから乗り、無事、アパートに着きました。

大家さんは約束どおり、植木鉢に水をやり、故障箇所を直してくれていました。
盗難が多いので、長期の留守をするとわかると、ちゃっかり大家さんが住んでいるということもあると聞いていました。
家財を守るために致し方ないとは思います。傍若無人の使い方さえしなければね。
留守中ドロボーが入り、どう考えても犯人は大家だとしか考えられないというようなありえないことも、家を空けるについてはいろいろとうわさや事実が飛び交っています。

我が家の鍵を開けるとき,「ビャンバさんのことだからそんなことは無いだろう、いやもしか」と思ったことでした。
良い意味で期待を裏切られ、部屋は出かけたときのままでした。

この季節は、ほとんど風が吹きませんから、机やたんすの上を触ってもざらつくことも無く、6週間の不在を感じませんでした。
乾燥しているからでしょう、部屋にこもったにおいは、ほとんどありませんでした。
おかげで心地よく眠ることができました。
大家さん、留守番ありがとうございました。
それに対して、チョコレートのお土産はちょっと軽かったかな?

今朝の室温は、20度 48% 昨日の成田での蒸し暑さは嘘のようです。
半そで、短パンから、今日はコーデュロイのジーンズにはんそでTシャツの上にカーディガンを引っ鰍ッています。

夕方、食材を買いに出かけましたら、太陽の熱が熱く感じられ、ジャンバーを着ていった私には、暑すぎました。
朝は、上着を着ている人が窓から見えたのに、夕方にはタンクトップ姿の人もいました。
ほんとに陽気の読めないモンゴルです。

2・3日前に雪が降ったということなのですが、その気配は、ちっともありません。
モンゴルでは一年中そうなのですが、特に今が着るものに頭を悩ませる時期です。
そうしてその時期を越えると、本格的な冬がやってきます。
まだ、暖房が入っていませんから、湯たんぽの準備もそろそろです。
UB復帰に、精出しているところですが、なんだか疲れます。
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鼓太郎

2006年09月10日 | 日本から


自分のことを人間と思っている鼓太郎も、目の前を動くものがあるとつい本能がくすぐられるようです。






こうしてかわいがってやるのも、今日で当分おしまい。明日は、機上のの人になるんだなぁと思うとひとしお可愛さと不憫さが。。。
とはいえ、ちょっと見には、虐待首絞めをやっているみたいですが、父子ともに無我の境地。(^^♪
「帰ってくるまで、元気で居ろよ」と、父はたぶん言っているはず。





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娘との時間

2006年09月09日 | 日本から
重陽の節句のめでたい日に、長女と三人で、益子焼きを尋ねました。

忙しい娘が、帰る直前の土・日は空けてあるからどこかに行こうと誘ってくれていました。この日が来るのを待ちわびて、私たち夫婦はいそいそと娘の運転する車に乗り込みました。

約2時間。意外に近かった。
まず、娘が連れて行ってくれたのは、「大誠窯」以前娘がぐい飲みを買ったお気に入りの店です。
今では、数えるほどになった薪を使って古典的絵柄の器を作っている窯元です。
駐車場から歩いてくる道すがら、テントで商いをしていた廉価物とは、趣の違う重みのある作品が並んでいました。

テントの中にもじっくり探せば、掘り出し物はあるのですが、ほとんどがコンピューター制御のガスバーナーで焼いた物だそうです。

大誠窯のお店の人は、薪で焼いたものであることを強調していました。
焼き物に詳しくない私には、長時間薪という自然を相手の燃焼作業はさぞ苦労されることだろうと言うこと位しか頭に浮かびません。
ガスに比べると薪で焼いたものは、艶が違うそうです。
そういわれるとそうかも、、、店員さんの熱心さに思わず「ふん、ふん」とうなずいている私。
やはり、古い木造の建物の中に飾られたその作品たちは、どっしりと落ち着いて座っているように見えました。

娘の興味は、ぐい飲み(彼とともにのんべい(^^♪)と花器。
私の興味は、砂糖壷と、ペン縦や箸立てに使えそうなマグカップの取っ手をなくした形で、どちらかというと寸胴型のもの。
重いし壊れ物なので、モンゴルにはもって行きませんから、また、帰ったときのお楽しみにして、目を楽しませてもらいました。

大誠窯と対照的な、新人さんによるお店は、若者向きのディスプレイで、目を惹きました。
コンクリートのたたきの店内には、小型トラックの荷台を陳列場所に、その手前には卓球台をテーブルにして、焼き物を並べています。
使い古した卓球台の落ち着いた艶の緑が、もだんな陶器を、美しく見せていました。

娘は、興味を持ってみてはいましたが、手に取ることはなく、もう一度帰っていった大誠窯で底に美しいにじみのあるぐい飲みを買いました。
依然買ったものは、知人に差し上げたそうです。
それと、同じくらい気に入ったものが見つかってよかったね。

心楽しい、水入らずのひと時でした。あと何回あるのかなぁ、これで最後かなぁ。。。


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益子にて

2006年09月09日 | 日本から





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