熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

犬養孝氏の万葉の旅

2007年01月19日 | 生活随想・趣味
   今朝、何となくTVを見ていたらNHKBS2で、「このひと」と言う番組で、懐かしい犬飼節が聞えてきた。
   言わずと知れた万葉集の大家で、随分前になるが、犬養氏が主宰する万葉集を求めて奈良大和などを散策して万葉集を楽しむ「万葉の旅」に人気があった。
   皇室の歌会始ではないが、独特な抑揚をつけた歌うような犬養節が非常に心地よく素晴らしかった。
   万葉の頃は、字が読めない人達も和歌を詠んでいたのでこのように歌っていたのだと言う。万葉集は、字面だけではなく言葉のリズムや声の抑揚など総てが総合されて始めて本当に味わえるのだと言うことで、学生には節をつけて好きなように歌えと言っているのだと説いていた。
   高校生の頃、これを知って是非この犬飼ツアーに参加したいと思って阪大に行こうかと考えたこともあった。結局は京都の魅力の方が強くて京大に行ってしまってそのチャンスはなかった。

   そんな所為もあるのか、経済学部の学生であったので、経済原論のゼミナールには熱心に通ったが、特別、毎日授業に出る必要がなかったのを良いことに、あっちこっちを歩いて回った。
   経済学や経営学の勉強にも可なり頑張った心算だが、学生時代の思い出に残っているのは、何故か、京都や奈良、或いは、滋賀、三重、大阪、兵庫と言った関西地方の古社寺や歴史的名所旧跡などの見学と言った歴史散策である。
   
   古典に触れて日本の歴史や文学、芸術などに興味を持った切っ掛けは、私の場合は受験勉強で触れた古文を含めた国語の勉強であったように思う。
   和辻哲郎や亀井勝一郎の文章など結構例文として出ていたし、古文に至っては文献の宝庫であり、私自身にとっては、巷で言われている様に、受験勉強は決して無駄でも悪でもなかった。
   日本史は取らなかったが、世界史と人文地理の勉強は、その後の長い外国生活において国際感覚を養うのに結構役に立ったと思う。
   
   ところで、私自身は、日本の古典芸術でも詩歌管弦音曲と言った方には関心が行かず、もっぱら歩くことが主体で、鑑賞の対象は、古建築や仏像、絵画、庭園と言った古社寺を訪れることが主体であった。

   犬養博士の「犬養万葉記念館」が明日香村に建設されたようだが、やはり、私自身万葉と言われれば、真っ先に出てくるイメージは飛鳥である。
   少し小高い甘橿の丘に上って見晴かす飛鳥の風景はやはり、明るくて大らかな万葉の雰囲気であり、何処となく陰湿な京都とは違う。
   飛鳥坐神社の境内からボーっと霞に霞む大和三山の優しい起伏を見ていると、今すぐにでも万葉の時代にスリップインするような心地がしたのを思い出す。

   もっとも最近明日香を訪れたのは、もう既に20年近く前になるが、便利で綺麗になり過ぎていたので、一寸万葉をイメージするには無理があった。
   私が、頻繁に飛鳥に通ったのは、もう40年近くも前のことだが、飛鳥寺も田んぼの中にあったし入鹿の首塚も畦道に埋もれていたし、石舞台もむき出しで上に上って長い間物思いに耽ることが出来たし、それに、酒舟石など何処にあるのか分からずに竹やぶを掻き分けて登っていった記憶がある。
   石舞台の裏から山の中に入り、山道を迷いながら登って行って談山神社のある多武峰に抜けたこともあるが、あのあたりは、まだ本当に田舎であった。
   春には、畑が一面の蓮華草に覆われて空高く雲雀がさえずっていて、温かい陽気に誘われて畦道でうたた寝する等、正に天国であった。

   飛鳥坐神社には、沢山の陰陽石が奉られていて、大きなしめ縄飾りの石の男根があったり、境内の石畳には精巧な女陰型の石の彫刻が嵌め込まれていたり、兎に角、万葉そのもので大らかである。
   もうすぐ行われるおんだ祭(お田植神事)には、五穀豊穣と子孫繁栄を祈念して、天狗とお多福の面を被った若者がセックスシーンを演じるのだが、TVで見た如何にも由緒正しい古儀式の開けっぴろげな威儀正しさが面白かった。

   猿石や鬼の俎あたりまでは行ったが、まだ、高松塚古墳など知らなかった頃であるが、最近では、奈良のあっちこっちで、昔懐かしい田舎風景が殆ど消えてしまっているのが何となく寂しい。
   入江泰吉氏の奈良の写真の風景は、殆ど消えてしまっているが、幸いにも、「万葉の花」だけは、そのまま残っている。
   
   犬養万葉記念館のホームページを開くと、犬養氏の人生最後の朗唱歌は、山部赤人の、
   わかの浦に 潮満ち来れば 潟を無み
   葦辺をさして 鶴鳴き渡る

   私の大学生の頃には、まだ、そんな懐かしい風景が、日本のあっちこっちに残っていたような気がする。
   貧しかったかも知れないが、人間がもっと弱くて自然と共生していた頃の方が、幸せであったのではなかったか、そんな気がし始めている。
コメント
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