熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ピーター ナヴァロ著「米中もし戦わば」

2017年04月22日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   「トランプ政策顧問が執筆!」と言うことで、
   ・経済成長のために必要な原油の中東からの輸送ルートは、太平洋地域の制海権をもつアメリカによって抑えられている。
   ・空母と同盟国の基地を主体にした米軍に対抗するため、安価な移動式のミサイルで叩くという「非対称兵器」の開発を中国は進めてきた。
   等々、真実と著者の提言が正しいかどうかは別にしても、とにかく、興味津々の話題の連続で、非常に面白い。
   
   アンガス・マディソンの説を引くまでもなく、中国は、19世紀の半ばまで、世界一の超大国であった。
   しかし、1839年に勃発したイギリスとの第一次アヘン戦争に始まって、1945年の日中戦争の終結までの殆ど一世紀は、列強によって、中国は、軍事支配、海上封鎖、領土の割譲、多額の戦争賠償金、主権の侵害、大量虐殺など、ありとあらゆる苦難に直面して「屈辱の100年間」と言う途轍もない歴史的な辛酸を舐め、外国からの侵略を二度と許すまいとして、軍事力を増強するのは、当然だと言うことであろうか。

   しかし、この思想は、はるかに先を行っている。
   先に、このブログで、マイケル・ピルズベリーの「China 2049」の、「秘密裏に遂行される「世界覇権100年戦略」、すなわち、「100年マラソン:グローバル・スーパーパワー覇権国家としてアメリカにとって代わる中国の秘密戦略」について書いたし、
   精華大学のデビッド・リー教授の中国台頭論、「アヘン戦争を皮切りにして西側の列強によって国家を蹂躙された長い屈辱の歴史を晴らすべく、富国強大政策を推進して、大唐大帝国の栄光を再び!1500年前の偉大な帝国唐の時代の復興を、と言う中国の未来への願いを紹介した。
   このことは、習近平が、”中華民族の偉大な復興を実現することは我々の中国の夢、民族の夢だ。”として、多次元な「中国の夢」を宣言しており、中国が米国を凌駕して、世界一の覇権国家になることは、既に、中国の国是となっている。

   そう思って、このナヴァロの本を読めば、決して驚くべきことではなく、中国が、この夢に向かって如何に邁進しているか、太古に孫子の兵法を生んだ国中国であるから、アメリカが如何に対峙できるか、
   力づくで抑え込もうとしても、「百戦百勝は善の善なるものに非ず。戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」を地で行っている中国の、法規や常識を超えた人を食ったような強かな頭脳戦略が透けて見えて、非常に興味深い。  
   この本のタイトルは、「Crouching Tiger」
   臥虎には特別な意味があるのであろうが、crouchとは、かがむ、しゃがむ、うずくまる、(卑屈に)腰を低くすると言う意味があるようで、エドワード・ルトワックが「中国4.0」で説いた低姿勢の初期の頃のアメリカを手玉に取った中国の姿勢を言うのであろうか、面白い表現である。

   驚異的な快進撃を遂げて、既に、アメリカ経済へもリーチの差にまで追いつき、凌駕するのは時間の問題だとするのなら、人類にとって良いことなのかどうかは分からないが、中国にとっては、夢の実現には、正に、千載一遇のチャンスと言うべきであろう。

   これまで、何回か論じたが、ミアシャイマーが、大国政治の悲劇で論じた「すべての大国は、生き残りを賭けた問題として、世界的な優位性、すなわち、「覇権」を求める」と指摘しているが、更に、中国はアジアの覇権を願っているのだから、中国がアメリカを犠牲にして台頭することをアメリカは阻止しなければならないと結論付け、これは、つまり「戦闘開始」ということであり、アジアで新たに始まった昔ながらのこの大国ゲームはそう簡単に終わりそうにないと、述べていると言う。

   冒頭で、海上封鎖されれば、中国経済は壊滅するとして、中国が輸入石油の大半と世界貿易で流通する物資の約3分の1がマラッカ海峡を通過しており、これをアメリカが抑えると言う中国の「マラッカ・ジレンマ」について論じており、
   第一・第二列島線突破せよと世界の制海権を握ろうとする中国の動きなど、尖閣や南沙・西沙を巡る九段線問題での鬩ぎ合いや国際法を無視して軍事力を使わずに領土拡大を達成する中国の強かさなど詳細に論じていて、非常に興味深い。

   ナヴァロは、米中の戦力比較など個々に詳細に論じていて面白いのだが、サイバースパイによって盗み獲ったアメリカの最先端技術や機密情報を兵器製造にフル活用し、更に、ヨーロッパの最新軍事技術や米国の進出企業の技術などを「民間利用」の名目で利用するなど、如何に、タダ乗り技術取得に長けているか、
   時によっては、資金不足でとん挫しているアメリカを凌駕するような第五世代戦闘機の開発増産など、米ソの軍縮規制で維持されていた国際ルール無視で、質量ともにどんどんアグレッシブに、軍備拡大や技術開発を実施している現状などを紹介している。
   要するに、今現在は、アメリカの軍事力なり国力、覇権力は、中国を凌駕しているであろうが、その差は、どんどん縮まっており、中国に追いつかれるのは時間の問題だと言うことであろうか。

   先に紹介した孫子の「戦わずして人の兵を屈するは善の善なるものなり」と言う戦略については、中国では、総合国力の視点から世界を見ていると言う。
   いわゆる、ジョセフ・ナイの説くハードパワーとソフトパワーの融合かつ適切なバランスによるスマートパワーの活用なのであろうが、
   最後に、ナヴァロは、中国が、ワシントンで巨額のカネをばらまいて、その圧力で米国メディアを屈服させて操作し、また、ハリウッド映画さえ中国をネガティブに描けない現状に追い込み、研究・教育機関にも中国批判を自主規制させるなど洗脳する孔子学院の現状などを述べながら、中国の脅威を直視すべきであると警告を発して、本書を結んでいる。

   民主主義と言うか自由主義と言うか、我々欧米文化で培われた政治経済社会で常識化している公序良俗なりシティズンシップなどの思想や価値観が、そのまま通用しそうにない中国との知的乖離に、もどかしさを感じながら読み終えた。
   勝てば官軍負ければ賊軍なのかも知れないが、最近のブレグジットやトランプ現象など、全く予測が不可能となった時代の潮流をどのように理解すればよいのか、複雑な気持ちになっている。
   
コメント
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