熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ホメーロスの イーリアス物語

2020年08月17日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   孫のために買ってあったバーバラ・レオニ・ピカードの「ホメーロスの イーリアス物語 」を読んだ。(岩波少年文庫)なので、中学生用だが、縮刷版と言うことで、遜色はなさそうである。
   本来なら、岩波文庫などのホメーロスの「イーリアス」原文翻訳本を読むべきなのだろうが、トインビーの歴史の研究もサマヴェルの縮小版を読んで問題なかったと思っているし、どうせ、翻訳であるから、とにかく、手っ取り早く筋を追いたかったのである。

   「イーリアス」は、ホメーロスの壮大な叙事詩で、もう一つの「オデュッセイア」の前編と言った位置づけで、主人公は、ギリシャの勇将アキレウスである。
   「怒りをうたえ、女神よ。ペーレウスの息子アキレウスのかの呪われし怒りを。」と言う詩で始まっているように、「アキレウスの怒り」が主題なのである。
   ギリシャ軍が、トロイに遠征して、トロイア城を包囲攻撃した10年戦争の最後の50日を主題としていて、舞台は、トロイア城、トロイア海岸に設営されたギリシャ軍の野営陣地、その間に広がるスカマンドロス川の平原で、激しい両軍の戦闘と、アキレウスとトロイアの総大将ヘクトールとの壮絶な戦いが描かれている。

   この物語の発端は、トロイア王プリアモスの息子パリスが、神々の女王ヘーラー・知恵の女神アテーナ・愛と美の女神アプロディーテという天界での三美神のうちで誰が最も美しいかを判定させられた「パリスの審判」で、アプロディーテを選んだことで、この時に、パリスは、アプロディーテから絶世の美女でスパルタの王子メネラーオスの妻となっていたヘレネーを妻にするよう唆されていて、訪問時に恋をし略奪してトロイヤに連れ帰った。ことによる。
   メネラーオスの兄アガメムノーンがギリシャ軍の総大将になって、ヘレネーを取り返すべく、求婚者仲間たちを集めてトロイアに攻め寄せ、トロイア戦争が勃発した。
   ヘレネーを返してギリシア勢に引き上げてもらおうという提案がなされたが、パリスが反論し膠着したので、10年間トロイア戦争が継続し、結局、最後はトロイの木馬作戦が功を奏して、ギリシャ軍のトロイア占領で幕が下りた。

   このギリシャ神話を信じたハインリヒ・シュリーマンが、トロイアやアガメムノーンのミケーネなどを発掘して史実確認の端緒を開いたというのが非常に興味深い。
   トルコの田舎は車で少し走ったけれど、トロイアへは、行ったことはないのだが、ミケーネへは一度行ってライオン門を潜り、アテネの国立考古学博物館でアガメムノンのマスクと称されるマスクや黄金遺品などを観てギリシャ神話に思いをはせた。
   
   
   いくらヘレネ―が絶世の美女だと言っても、それだけで、トロイア戦争が起こったとは思えないのだが、訳者が触れているように、この物語の紀元前1700年から紀元前1200年頃にかけてあった、次第に激しさを加えてきたトロイヤとギリシャの制海権をめぐる対立抗争が引き金となったようである。
   黒海に通じるマルマラ海の入り口に位置するトロイアなどの同盟国が、黒海貿易を独占して巨利をはくしていたので、ギリシャの戦艦が、この通路であるヘレスポントス海峡の航行権を要求して争ったと言うのである。
   当時は、多少違ったかも知れないが、ギリシャは、乾燥地帯であって、耕地面積が限られているので、豊かな農耕地の広がる植民都市の開発は必須でもあった。

   この物語は、ゼウスを筆頭にしてギリシャの神々が登場して、それぞれに加担して背後で操るという神と人間が入り乱れての活劇物語で、右に転び左に転びで非常に面白い。
   パリスが審判で肩入れしたアフロディーテは、当然、トロイア贔屓で、銀の弓を持ったアポローンや軍神アレースがトロイア軍に味方、
   パリスに憤懣やるかたないアテ―ナは勿論、神々の女王ヘーラ、ヘーパイトソスはギリシャに味方、ゼウスは、是々非々主義だが、本質的にはギリシャに肩入れ、
   しかし、ギリシャ神話の神々は、至って人間くさくて気まぐれで、途中で手を抜くは、考えを変えるはで、神々に必死に祈っても、信用出来ず、必ずしも霊験あらたかでないところが面白い。

   もう一つ、叙事詩物語だから面白いのだが、「イーリアス」の「アキレウスの怒り」の発端も、また、女性の話。
   ミロのヴィーナスなど美しいのは、確かに、女神像ばかりだが、ところが、ギリシャでは男の子が生まれる方が良いと、店の主人が語ってくれたのを、何故か覚えていて、どっちか分からない。
   アポローンの矢による疫病の発生で窮地に立ったギリシャ軍は、アポローンの怒りを鎮めるために、身の代に、アポローンの神官クリュセースに、総帥アガメムノーンが戦利品として略奪した娘クリューセーイスを返すことになったので、アガメムノーンは娘を失う代償として、アキレウスの戦利品であるブリーセーイスを自分のものにする。怒り心頭に達したアキレウスは、その後、ギリシャ軍が窮地に立って、拝み倒されても、集会にも出ず、戦闘にも参加しなくなる。しかし、アガメムノン以下名だたる英雄たちが傷つき総崩れとなり、陣地の中にまで攻め込まれたので、アキレウスの盟友パトロクロスは、アキレウスがアガメムノンの侮辱を頑として許さずに出陣を拒否するので、仕方なく代わりにアキレウスの鎧を借りて出陣する。しかし、ヘクトールに討たれ、アキレウスの鎧も奪われてしまう。
   アキレウスは、パトロクロスの死を深く嘆き、ヘクトールへの復讐を決心して出陣して、ギリシア勢とイーリオス勢が見守る中、アキレウスとヘクトールの一騎討ちが始まる。アキレウスはヘクトールを追いまわして討ち果たして、パトロクロスから奪った自分の鎧をヘクトールから剥ぎ、戦車の後ろにつなげて引きずりまわし、復讐を遂げて満足して凱旋する。

   この物語の主役であるアキレウスの叙述は、如何にも、冷酷無比で自分勝手な態度で終始しており、何が、ギリシャきっての名将であるのか分からないのだが、最後に、年老いたトロイア王プリアモスが、ヘルメスの助けもあって、単身危険を冒して訪ねてきて、息子ヘクトールの遺体の返還を懇願したので、誠意を尽くしてもてなして遺体を引き渡し、葬儀が済むまで休戦を守った。
   ところで、このアキレウスも、どうしようもない馬鹿男であり、ヘレネーを奪ってトロイア戦争の因をなしたパリスに討たれて死ぬ。
   略奪されてトロイアへ連れてこられたへレネーだが、トリスタンとイゾルデの如く、アフロディーテに惚れ薬を飲まされたわけでもなかろうが、トロイアに来てみて、パリスが、男前だけで、その実のなさ無能ぶりに気づいて邪険に扱うあたりの描写が興味深い。
コメント
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