【教務主任通信】 宮沢賢治「やまなし」研究 7

クラムボンとは何か


はじめに、これまでの国語関係者が考えてきた様々な「クラムボン解釈」を列挙します。

①意味不明説 ②河ぐも説 ③アメンボ説 ④プランクトン説 ⑤川えび説
⑥Crab(蟹)からの造語説 ⑦水のあわ説 ⑧日光説 ⑨水の流れ説 ⑩魚説
⑪光の影説 ⑫谷川の神説 ⑬小さないのちの総称説 ⑭鎹(クランプ)説 等々

 子どもたちに「クラムボンとは何なのかを考えてみよう」という発問をしたら、それこそ際限なく意見が出されて、それだけで1時間の授業が終わってしまうことでしょう。実際に私も「クラムボンを考えさせる授業」をしたことがありますが、「宇宙人」とか「夢と現実がごちゃごちゃになっているんだ」という意見も出てきて収拾がつかなくなりました。

 クラムボンが何なのかを宮沢賢治は明らかにしていません。
学者の意見にはこのようなものがあります。
「これはカニ語なのであって、人間にとってクラムボンが何を指しているのか不明なのは当然。」
「カニとはひとつの生命体に過ぎず、クラムボンもまたひとつの生命体にすぎないので、それ以上クラムボンとは何かと問うことなど、何もないのである。」
「作者である賢治の感覚に寄り添い、次いで水中の蟹の感覚に寄り添い、クラムボンを感じ取ることによって、言葉で説明する以上のものを感覚で確かめていると言える。」
「カニ語だから人間には分からない。人間に決めつけられないように、わざとカニ語で書いている。だから、人間はそれぞれ自分で勝手にイメージしていいように作者はしている。」
「わからないままでいい。何かわからないけどおもしろい。おそらく賢治自身がクラムボンとは何のことだか読者が分かるとは絶対思っていなかった。しかしそのおもしろさは必ず伝わる自信があったのでしょう。」
「いずれにしても、かなり計算されてつくられ、そのことによって読者自らがイメージを広げることを可能にすることをねらって考えだされた表現である。」

こうした意見を受けて、西郷先生はこのように書いています。

クラムボンとは読者自らが「世界観の変革」を可能にすることをねらって考えだされた表現である。私は「わからないままの方がいい」とは思わない。また、「読者自らがイメージを広げる」だけでいいとも思わない。
明らかに「クラムボン」という造語には、わざわざこのような造語を用いた作者の明確な意図があるにちがいない。そのことをあきらかにするためには、まずは「光の網」とは何か、また、「月光の虹」「水の泡」「影」「夢」などのイメージとその意味は何か。そのことの解明からはじめなくてはならない。


文芸研の教材研究とは、このように深い部分まで食い込んでいくものです。単純な解釈だけしていては教師としての本当の実力がつきませんから、研究授業のチャンスを生かして、深々と学んでみる方がお得です。


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