1・1 産経新聞はその役割を終わったか。命題の真偽を述べよ。 正論路線の行方
産経新聞はもとに戻ったね。もととは何時ぞ。森善朗君が新米記者だったころかな。その頃はマイナーな経済紙、企業新聞といったところ。日経には及びもつかないが一応格好だけ。日経といっても当時のことだよ。経済紙としては権威があった。
産経は企業の御用聞きみたいなもので、左翼的組合が全盛期だったから、ある会社が御用組合を立ち上げるといえば、左翼組合つぶしの記事をでっち上げるというようなことをやっていた。かなりブラッキーなもので業界紙的なところがあった。
その後、気がついてみたら正論路線とかいっていいことを言うようになった。その功績は認める。いまでも産経はマイナーだがその当時は3Aといった感じね。しかし、富田未亡人の会見記を臆面も無く載せるようではもとに戻ったようだ。誰の指図かしらないが。救いはあまりにもひどい記事のために記者がわざとそういう風に書いて消極的な抵抗をしたのかな、と取れないこともないことだ。
1・3 森善朗は産経に影響力ありや
ところで、本屋にある政界紳士録のようなものを立ち読みしたら森善朗氏の職歴はただ新聞記者とある。どこの新聞社と書いていない。たしか産経と聞いたことがあるな、と本屋に確かめにいったのだが、会社の宣伝はしちゃいけないと遠慮したのかな。
念のために他の議員のページを開くと、中川秀直氏なんかは日本経済新聞記者と誇らしげに書いてある。
オイラも馬鹿だ。帰ってから気がついてインターネットで検索した。ヤフーで調べると大学卒業後昭和35年から3年間産経新聞記者をしていたとある。ヤフーのは書式が同じようで会社名まで書けといわれたのだろう。これから見るとマイナーな産経にいたことを森善朗氏は気にしていたとみえる。
日経(中川)ゴール、産経(森)アシストという構図かな。新聞が政治屋の走狗になってはいけない。