詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

新倉葉音「見られている」、長嶋南子「赤い靴」

2021-11-15 11:10:26 | 詩(雑誌・同人誌)

新倉葉音「見られている」、長嶋南子「赤い靴」(「Zero」17、2021年11月03日発行)

 新倉葉音「見られている」は、カラスとの出会いを書いている。

誰もいない樹林
萌え木のドームの下で
ひとりだけのピクニック
おにぎりを手にとると
嘴細鴉が低空飛行で向かってきて
隣のベンチの背に留まった
首を回してずっとこちらを見ている
春を楽しみにきただけなのに
気が気ではない

 カラスは人間のまわりへ平気でやってくる。いたずらもする。気になるね。狙ったように、糞を落としてくることもある。詩は、つづいていく。

ふといなくなったが
ゆっくりする気にもなれず
立ちあがり見あげると
ヤツはいた
横へと伸びた桂の枝に留まって
私を見下ろしている
急いで通り過ぎ 振り向くと
座っていた足下をつついている

縄張りで覚えこんだルーティンを
こなしているだけなのだと思うと
途方に暮れるが
生きるためのルーティンを
毎日こなしている私と
そう変わりはない

 「ルーティン」ということばのなかでカラスと新倉が一体になる。生きているものはみな似ているのだ。「ルーティン」をことばにして、ことばは、こうしめくくられる。

とりえあず今日一日は
いつもと同じに終わるのだろう
同じ場所で
私もヤツも

 「途方に暮れた」けれど、「ルーティン」がその「く途方に暮れる」ことから救い出してくれる。
 なんでもないことのようだけれど、こういうなんでもないことを、そのまま「ことば」にするというのはいいなあ、と思う。ひとはことばなしでは、それこそ途方に暮れる。ことばがあるから考えることができる。
 ところで。
 この詩では、私はあえある部分(四行)を省略して引用している。その四行は、読者が想像すればいいことかな、と思ったからである。
 せっかくの詩なのだから、なんでもないことでも、やはり、その人だけにしか書けないことを書いてもらいたい。
 長嶋南子の「赤い靴」は、長嶋にしか書けないことを書いてる。

手をつないで歩いていた
交番の前にくるとパッと手を離し
赤い靴履いて
胸元の大きく開いたワンピースを着て

ずっと赤い靴履いている
手をつないで歩いた男の顔を忘れ
別の男は似合うねといって死んでいった

 と、いっても、私はこういう書き出しを長嶋にしか書けないことと思っているわけではない。瀬戸内寂聴だって書くだろう。人目をひきつけるけれど、これはある意味では「定型」である。「定型」だから長嶋も安心して書いている。これくらいの「遍歴」は、いまでは「遍歴」とは言わないし、エピソードとも言わないかもしれない。「別の男は似合うねといって死んでいった」ときうことばの強靱さには、長嶋を感じるけれど。
 このあと詩はどんどん転調していく。

だれもいなくなった部屋で
あたたかい肌が欲しくなって
ネコを飼う
四つ足に赤い靴を履かせる
ネコは避妊手術をしたので
フェロモンが分泌されない
わたしのフェロモンは食べてしまった

 肌が「恋しく」なって、ではなく「欲しく」なって。いいなあ。避妊手術からフェロモンの話に変わっていくところもいいなあ。
 でも、ネコに靴を履かせるって、ほんとうかなあ。私は、ネコには近づかないことにしているので、こういうことはわからない。ネコの出てくる詩は、読みたくないなあ、と思いながら、それでも読んでいくと、詩はこんなふうに変わる。
 新倉がカラスと「ルーティン」で一体化したように、長嶋は「赤い靴」をとおしてネコと一体になる。

赤い靴履いたら踊り狂うしかない
ネコもわたしも狂い死にするの
だからね
生きているのがとても好きになる つかのまだけど
ほら ネコがおもちゃをくわえて飛んでくる
遊び呆けよと
おもちゃのネズミがいった
たのしいね たのしいねネコ

 いいなあ。この最終連は長嶋にしか書けない。「赤い靴履いたら踊り狂うしかないね/ネコもわたしも狂い死にするの」のネコを手をつないで歩いた男に書き換えてみたい。「生きているのがとても好きになる つかのまだけど」もいいなあ。男がいったのか。男に対して長嶋がいったのか。
 わからないけれど、こういうことも「一体」になった男と女のことばだから、どっちが言ってもいいのだ。
 でも、ここまでも瀬戸内寂聴も書くかもしれない。私は瀬戸内寂聴を一冊も(一ページも)読んだことがないので、かってに想像しているだけだけれど。
 おもちゃのネズミの呼びかけもいいけれど、最後の一行がとってもいい。私の嫌いなネコが出てくるけれど、それでも気に入っている。
 「たのしいね たのしいね」
 これを、長嶋はどんな声でいうのか。声に出さずに、こころのなかだけでいうのか。そして、そのこころのなかだけでいったために、こらえきれなくなって、ことばが詩になってふきだしてきたのか。長嶋の「肉体」を突き破って、ことばが、そこにことばとして存在している。この「たのしいね」に私はどれだけの感情をぶちまけることができるか。私の感情をこのことばのなかに捨て去って(あるいは、そうすることで忘れることができなるかもしれないのだが)、きょうを生きていけるか。
 「感情」はだれにでもある。思想と同じように。
 だから、詩には、その感情の入り口だけを書けばいい。あとは読者の仕事。

 私が新倉の詩で省略した部分と、長嶋の最終行を、比較することができる人がいれば比較してみてください。

 

 

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