自民党憲法改正草案再読(32)
(現行憲法)
第79条
1 最高裁判所は、その長たる裁判官及び法律の定める員数のその他の裁判官でこれを構成し、その長たる裁判官以外の裁判官は、内閣でこれを任命する。
2 最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後十年を経過した後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする。
3 前項の場合において、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は、罷免される。
4 審査に関する事項は、法律でこれを定める。
5 最高裁判所の裁判官は、法律の定める年齢に達した時に退官する。
6 最高裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、これを減額することができない。
(改正草案)
第79条(最高裁判所の裁判官)
1 最高裁判所は、その長である裁判官及び法律の定める員数のその他の裁判官で構成し、最高裁判所の長である裁判官以外の裁判官は、内閣が任命する。
2 最高裁判所の裁判官は、その任命後、法律の定めるところにより、国民の審査を受けなければならない。
3 前項の審査において罷免すべきとされた裁判官は、罷免される。
4 最高裁判所の裁判官は、法律の定める年齢に達した時に退官する。
5 最高裁判所の裁判官は、全て定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、分限又は懲戒による場合及び一般の公務員の例による場合を除き、減額できない。
よくわからない。気になるのが改正草案の2項の「法律の定めるところにより、国民の審査を受けなければならない」の部分。現行憲法では「法律の定めるところにより」ではなく、憲法そのもののなかに書かれている。憲法から法律に「格下げ」されている印象が残る。
これと同じことは改正草案の5項(現行憲法では6項)の「分限又は懲戒による場合及び一般の公務員の例による場合を除き」ということば。最高裁判所の裁判官の「分限又は懲戒」って、何? 誰が、その処分を決める? 国民審査の「罷免」以外の処分があるのか。もし、あるとすれば、そしてそれを誰がするかといえば、1項に「最高裁判所の長である裁判官以外の裁判官は、内閣が任命する」(改正草案)とあるのだから、内閣が処分するのだろう。これでは、裁判官の「地位」は内閣次第である。つまり、内閣が求めていない判決を出すということは、事実上なくなるのではないのか。司法の独立はなくなり、司法は内閣の「下部機関」になってしまうのではないか。「三権分立」は崩壊する。
それを裏付けるのが「一般の公務員の例」(改正草案)ということば。現行憲法には登場しない「一般の公務員」ということばが突然出てくる。最高裁判所の裁判官は「一般の公務員」と同列になっている。内閣の意志次第で「異動」できるのだ。「異動できる」とは書いてはないが、「解任」という形の運用がはじまるのではないか。
「任期」から「十年」ということばも消えている。いったん任命されれば「十年」は最高裁の裁判官でいられるはずなのに(国民審査による罷免をのぞく)、その「保障」が改憲草案では消えてしまっている。
この「任期」の問題は、最高裁判所だけではなく、下級裁判所にも書き込まれている。
(現行憲法)
第80条
1 下級裁判所の裁判官は、最高裁判所の指名した者の名簿によつて、内閣でこれを任命する。その裁判官は、任期を十年とし、再任されることができる。但し、法律の定める年齢に達した時には退官する。
2 下級裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、これを減額することができない。
(改正草案)
第80条(下級裁判所の裁判官)
1 下級裁判所の裁判官は、最高裁判所の指名した者の名簿によって、内閣が任命する。その裁判官は、法律の定める任期を限って任命され、再任されることができる。ただし、法律の定める年齢に達した時には、退官する。
2前条第五項の規定は、下級裁判所の裁判官の報酬について準用する。
「任期十年」(現行憲法)が削除され「法律の定める任期」(改憲草案)になっている。これでは「身分保障」は骨抜きだろう。内閣の気に食わない裁判官は、次々にやめさせられてしまう。
「任命」については、「最高裁判所の指名した者の名簿によつて、内閣でこれを任命する」が踏襲されているようにみえるが、実際は、どうなるだろうか。
裁判官ではないが、学術会議の会員は、学術会議が提出した名簿に従って任命されるはずだったが、菅は、名簿通りの任命を拒否した。同じことが裁判官でも起きるだろう。
この問題を考えるとき「これを」という「テーマ」を提示することばを削除した意味は大きい。改憲草案は「テーマ」をみえにくくするのである。裁判官の任命(任期)がテーマなのに、あたかも「内閣の権限」がテーマのように書き換えている。「内閣はこれこれができる」に書き変えられている。現行憲法は、「内閣はこれこれをしてはいけない」なのに、逆の意味になっているのだ。