季村敏夫「薄明」(「河口から」8、2022年09月10日発行)
季村敏夫「薄明」について、私は何を書けるか。
地を覆う水に
はじまりはなく
終わりのない薄明
息をついて語ったひと
近づくおわりのなか
それでも はなやかに
ふだんと 変わりなく
一日のはじまりを慈しみ
より遠くへ呼びかけ
より近くへ
庭のいぶきを呼びよせ
せせらぎに洗われる山麓の
枝先に集まるものをみつめていた
「息をついて語ってひと」の「息をつく」にひきつけられた。なぜ、「語る」前に、息をつく(吐く)のか。いま「肉体」のなかにあるものを捨て去って、新しく「息」を吸い込み、それをととのえて「声(語り)」にするためだろう、そこには何かしらの「刷新」というものがある。
何を、どう、新しくするのか。
より遠くへ呼びかけ
より近くへ
「遠く」と「近く」。しかも、それは「より遠く」と「より近く」。この「より」には「呼びかける(呼ぶ)」という動詞を動かす「感情/意思」のようなものがある。
「息をつく」のは、この「より」を「より、明確に」するためである。
「呼びかける」のは「呼びよせる」ためであり、この呼応には「息」そのものの「呼応」がある。息を吐いて、息を吸う。往復があって、「息」が生きる。
それは「はじまり」と「おわり」なのだが、吐くと吸うのどちらがはじまりであり、どちらが終わりであるのか、ほんとうは決めることはできないのだが、その決めても無意味なことを、「息をつく」と選び取る。季村は、そのひとの、そのあり方に静かに共鳴している。
「新しく息を吸って」でも「力強く息を吸って」でもない。「息をついて」。その、静かな響きが、美しい。
これを二連目で、季村は、こう言い直している。
ほんのり風に染まり
水にくぐもる声
あの日 木の椅子から身を起こし
少し横を向き ほほえみ
ゆっくりと立ち上がるまでの
一つひとつの所作
かすれた息づかいまで
この世のものとはおもえなかった
「所作」と「息」。それは、ひとつのものである。
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