小川三郎『忘れられるためのメソッド』(七月堂、2023年11月16日発行)
「もの思う葦」に
仮に人間だったとしたら
座っているのと走っているのとでは
どちらがいいだろうか。
という行がある。馬と人間とどちらがいいか、という設問を受けての展開なのだが、私はこの「仮に」につまずいた。このあと「仮に走っているのだったとしたら」「仮に裸だったとしたら」とさらに展開するのだが、この繰り返しもおもしろい。なぜ、小川は繰り返したのか。
何か、強引なものがある。「むりやり」がある。
だいたい小川は人間なのだから「仮に人間だったとしたら」ということば自体にむりがある。「仮に馬だったとしたら」ならば、まあ、自然だ。
この不自然さの中に、どうしても書かなければならない何かがある。「馬」がある生き方の「象徴/比喩」だと言う前に、「仮に」が「比喩」なのである。「比喩」とはある存在を別のことばで言いなおしたときの、その「ことば」ではなく、「ことば」にした瞬間に、「ことば」の背後に隠れた存在を、隠したはずなのにより強烈に押し出すための運動なのである。
より強烈に、その存在が「世界のすべて」であるかのように存在させるために、いったん別な「ことば」で隠すというのが比喩の運動である。
だから、考えよう。「仮に」は何を強烈に噴出させるために準備された「比喩」なのであるかを。
「仮に」に似たことばというか、同じような運動をすることばに「別に」がある。「重要性」という詩の中に出てくる。
そこの花瓶に生けてある花が
本物かどうかなんて
別にどうでもいいことだ
この「別に」もなくても意味は同じ。そして、この「別に」も「仮に」と同じようにこの詩の中で繰り返される。そして、何かしら強引に意識を動かすように働く。
この「重要性」には、「仮に」「別に」の対局(?)にあるものを「本物」と読んでいるように私には感じられる。「本物」がある、しかし、一方「本物」でもないものもある。詩は、多分、その「本物ではない」と思われているものこそ「本物である」ということばの運動かもしれない。
「本物」を別なことばで、どう言うか。小川は、とても丁寧な詩人なのだろう。自分自身の思考に対して丁寧にことばを動かす人間なのだろうと思いながら、私は詩を読み、その丁寧を裏付ける行に出会った。
「樹上」という作品。
ならばもう私たちには
ほんとうのことなど
必要なかったはずなのに。
「本物」と「ほんとう」はどう違うか。「本物」は「私(小川)」とは無関係に存在する。「本物の花」は誰にとっても「本物」である。しかし、「造花」が「私(小川)」にとって「ほんとうの花」であるということもある。
誰かから「造花」をもらう。それは「造花」だが、「私にとってはほんとうの花だ」と言うとき、そこには「こころ」が含まれる。「こころ」が含まれるとき、それは「ほんとう」なのであり、その「ほんとう」は他人から見れば間違っているかもしれないが、そういう他人の客観的(?)判断など、どうでもいいのだ。
先に引用した「仮に」も「別に」も、「こころ」が発したことばである。「仮に」理性の運動として、こう考えることができたとしても、あるいは理性はそれを「別に」してそう考えるかもしれないが……。「こころ」はそういう「理性」の運動を拒絶して、「こころの求めるほんとう」をとらえるものである。ここに「正直」がある。
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