ここからはオジッセアス・エリティスの作品。
最初は「エーゲ海」。三つの断章で構成されている。しかも、その一行一行が短く、体言止めの行が多い。イメージが並列しながら世界が展開する。そのなかから一行だけを選び出すのはあまりにも乱暴すぎるかもしれないが。
花嫁、船を待つ。
「Ⅰ」の部分の二連目の最後の行。読み方は二通りに可能だろう。助詞「が」を補って花嫁「が」船を待つ。「と」を補って花嫁「と」船を待つ。後者の場合、花嫁といっしょに船を待つことになるのだが、意識の重心は「船を待つ」ではなく、「花嫁」になるだろう。船を待っている、ただ待っているのではなく、花嫁と待っている。意識は花嫁を離れない。花嫁と一体になっている。詩人が花嫁の気持ちになっている、という感じか。
どっちだろう。
手がかりは「が」を補ったときの印象である。(あるいは「が」を省略したときの印象である、と言い換えてもいい。)「が」があると、一行が散文的になる。読点で区切り、一呼吸置くと花嫁と船が同じ強烈さで迫ってくる。いや、花嫁の方が印象が強くなる。主語であることが、単に文法の問題ではなく、主役は花嫁だという印象になる。
ここからもう一度「と」を補った行を読み直すと、こんなことも考えられる。私は(詩人は)花嫁「と」船の両方を待っている。主語は、書かれていない「私」になる。花嫁は船に乗ってやってくる。私と花嫁が船に乗って旅に出るのではなく、私は船に乗ってやってくる花嫁を待っている。このときも、本当に待っているのは、花嫁。船は「補足」になる。
いずれの場合にしろ、この詩では、花嫁に焦点が当たっている。助詞を省略し、そこに読点「、」を置くことで、中井は「焦点」が何であるかを明確にしている。「が」にしろ、「と」にしろ、助詞を補った瞬間に、そのスポットライトは消え、平板な風景になる。
いったい原文はどう書いてあるのだろう。そのことが非常に気になる訳である。
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