ルドルフが思いがけずほろ酔い気分になって羽目をはずしたため、ヤーシャが力ずくで彼をオーリャから引き離したのだが、そのすべての舞台となったのはバスルームだった。それからルドルフは声をあげて泣きながら、いつの間にかズボンのポケットからこぼれ落ちていたお金を拾い集めていた。
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なぜズボンのポケットからお金(小銭だろう)がこぼれ落ちたのか、その理由は具体的に書いていない。しかし、理由はわかる。ルドルフに対してヤーシャが力ずくで何事かをしたからだ。そのとき、何かの拍子で小銭がこぼれたのだ。こういうことは、ひとはだれでも経験することかもしれない。何かの拍子で誰かと喧嘩し、そのとき小銭がポケットからこぼれる。そういう誰もが経験すること、その面倒な細部をナボコフは省略するのだが、この省略の仕方は絶妙である。その一方「泣きながら」という細部をしっかり書き込む。誰かと喧嘩したときズボンから小銭がこぼれる--そういう激しい喧嘩は誰にでもあることだが、その結果、「泣きながら」小銭を集めるということは、誰にでもあることではない。誰にでもあるのは--たぶん、小銭をそのままにして、その場を立ち去ることだろう。しかし、ルドルフはそうしなかった。そういう、ふいのリアリティをナボコフはしっかりと書き込む。これがナボコフの魅力である。
これにつづく文章も私は大好きだ。
皆にとってなんと辛く、なんと恥ずかしいことだったろう。
(74ページ)
喧嘩は辛い。それはなぜか。そのあとに「恥ずかしい」という感情がやってくるからである。もしかしたら恥ずかしさこそが辛さの原因かもしれない。感情をひとことで書くだけではなく、その感情をもう一歩踏み込んで書く。そのとき、そこにリアリティが生まれる。
ロリータ、ロリータ、ロリータ | |
若島 正 | |
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