風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

新越谷論語

2015年12月29日 | 論語と

漢文学窓『里仁』の表紙今日のテーマは、表紙、裏表紙の言葉の学びです。

混沌、 成さざるなり、能わざるに非ざるなり、人間 万事塞翁が馬、譲は礼の主(おも)なり、など・・・


一つ一つの言葉は、はじめは知識として入ってくるが、須藤先生は、決して、たくさんの知識を与えようとしているわけではなく、知恵として心に残り、それが花開くことを心から願っていてくださる。
たくさんの言葉を知っているというのではなく、上手に使えて、初めて、学びが生きてくる。

詩吟も、数多く知っていることよりも、一つの漢詩を丁寧に学んで、存分に吟詠できるのを楽しみにしています。

先生と学び教えられながら、心の響く章句に感動し、心が働かせられるようになり、思い溢れて、語るようになる。

天の命之を性と謂う
性に率(したが)う之を道と謂う
道を修めるこれを教と謂う         (中庸より)


らんちのあと、須藤先生の御主人さまの車で、越谷市の花田苑にご案内いただきました。
残念ながらお休みでしたが、隣接の能楽堂の見学ができました。

公園内は、能楽堂付設のお部屋の大きなガラス戸から、見渡すことができました。
日本庭園のたたずまいと、能舞台の静かな空気が、シンと迫ってきて、何かがあふれそうな気がしてきました。

先生のメールには、「実踏」という言葉が使われていました。
先生には、その言葉を使う目論見があったようです。
のほほんと、構える私への、最小限のことば。春風だ。
この春風は、どこに連れて行ってくれるだろうか。私は、どこへ行きたくなるのだろうか。



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