風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

夢青葉 11月

2011年11月13日 | 詩吟
11月の夢青葉のお稽古は、昇段試験の後、始めての集まりです。

それぞれ、すれ違った人たちに賞賛のシャワーを浴びていたはずだから、あらためて伝えることはないのですが、十分な実力を備えて、合格されたことをみんなで喜び合いました。

姿勢が良いということを褒められたのが一番嬉しかったと言う私のコメントは、いまいち理解されていませんでしたが、先日受けた整体のセミナーの後日談と一緒に、正しい姿勢から、正しい発声が出来ることをくどくどとしゃべりすぎくらいに話しましたら、納得してもらえました。

「そういえば、詩吟のときは自然と姿勢が良くなっているね。」と、立ち上がったときスッとその姿勢になっていることに、今日、初めて気がついたようです。


そして、胸を開く体操も、言われるからしていたのが、意識が変わってきたのが感じられました。

胸を開いて、硬さをほぐすと無駄な力が喉周りにかからない、そして、力んで苦しそうな様子から開放されることも、おぼろげにわかってくれたのかなぁ・・・


お口の体操もまず滑舌が良くなるのは、理解のうえでしたが、そのほかにも意味があること、そして、今日指摘したャCントは、思いがけないものだったので、驚いたようでした。


それは、ハ行を言っていたとき起こりました。
ふるさとの人たちにありがちな、「は・ひ・ふ・へ・ほぉ」さらに続いて「ま・み・む・め・もぉ
となってしまったこと。

小さなことですが、これを見逃すと、ふるさとの人たちがよく注意される「わたり」に繋がっていくのが、問題なのです。

申請中とは言え、今日からは有段者ですから。少し、指摘する内容が、細かくなりました。


本人が気づいて直したいと思うところも、これからは、出てくることでしょうが、本人が気づいてどうしましょうというのを待っていたら、にっちもさっちも行かなくて、直すのに時間も手間も体力も知力も目いっぱいかかるのです。

本人が気づく前に、基本に関わることは、訂正していかねばもったいないことになると思って、口に出すのです。

何しろ、ゼロスタートですから、何でも遠慮無しに言えますから。

夢青葉では、それが当たり前ですから、きっと傷つく人は居ないでしょう。(居るのかなぁ?)

そして、何より、彼らが素直であるということが、上達の早道だと思います。

こうして、成功を重ねていくと、本人たちより、私のほうがいい気になって天狗になりそうで、浮「気がします。

今、正直言うと、ちょっと、得意です。。。

それには、今、私自身が、ほんとに心地よく発声が出来つつあって、うれしくてたまらないこともあります。まだ、完成してないのに。

厳しく鍛えられながら、辛くても、先が明るいことが信じられていた学生の頃の、高揚感があるからです。

「つべこべ言わずに、嬉しいときは飛び上がって喜べばいいんだよ」と、どこからか聞こえました。
         
         はい!、了解、素直に喜ぶことにいたします。

もし、天狗になったら、鼻をへし折ってくれる吟友はいるんだろう?  いるよね!




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スケートのおねえさん

2011年11月12日 | こたろう語録
昨日と、今日は、アイススケートに釘付けになってる。
そのなかでも、すずきあきこさんのことで、大人たちは盛り上がってる。

かあさんは、最近、感受性が特に敏感になってきていて、いろんなことに心奪われている様子。
とくに、今日もフリーを踊った後、僅差であさださんを抜いて、1位になったこともあって、震えるくらいの興奮と感動が有ったらしい。

一時は、感受性を失くしたのではないかと疑うくらいの時期があったので、僕は、心配してたんだよね。よかったなぁ~


話がそれたけど、昨日のショートプログラムで、あきこさんは、「あきこさんの体から音楽が鳴っている」と評されるくらいのすべりをやった。

かあさんは、音楽に引っ張られて踊るものと思っていたけど、昨日の明子さんを見て、音楽と一体化するのでもなく、あきこさんが奏でているかのような踊りを始めてみたんだって。

そうか・・・・・

それから、かあさんは、僕がちょっかいを出しても、ちっとも乗ってこなくなって、僕は嬉しくなかった。


その時、母さんの頭の中を覗いてみると、詩吟と伴奏のことが、渦巻いていた。
ぼくの理解をこえることなので、話せないけど、とっても重要なことらしい。

なにしろ、僕が生まれる前からやっていた詩吟は、古いやり方だったんだって。
そんなやり方が絶対に正しいと何十年も貫いていたけど、モンゴルから帰ってきて、詩吟を再開したとき、浦島太郎気分だったらしい。

それから、伴奏について、発声について、呼吸法について、ズーーーーット考え続けていたみたい。

さいきん、発声と呼吸との関係が、明らかになって、納得して、実践し始めたらしい。

それは、どうやら成功しているみたい。

だって、母さんが詩吟の練習を始めると、部屋から出て行きたくなったけど、このごろは、別に同じ部屋でのんびりしていても平気になったんだよね。

耳の敏感な僕が、騒音になれるわけはないのにと思っていたんだけど、どうやら、かあさんの詩吟の声が、違ってきたんだねぇ。

ぼくは、きっと、かあさんといっしょに、感動しなきゃいけないんだね。

  これを  花開いたって言うんだね!










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立冬なのにと立冬だから

2011年11月09日 | 

  まだまだ、咲いてるよ 驚き!
  ながーい間、次々と花がさいてるよ
  最初だけ葉をかじったけど、今は見るだけ

 
                     父さんが種から育てたサボテン
                  僕の頭の半分よりちょっと小さいくらいだよ




僕は、母さんより寒がりだから、カーペットを出してもらった。

去年は、ふかふかのホットカーペットだったけど、僕が爪とぎをするから危ないといって、こっちのホットカーぺットに代えてくれたんだよ。
ぼくは、あったかければいいから、文句は言わない。

父さんの言う「スフィンクス スタイル」で、写真に納まった。
僕がせっかくあくびをして、シャッターチャンスをあげたのに、かあさんったら、シャッター押すのが遅いから、口を閉じちゃったよ。
残念。





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徒然に、おもうこと

2011年11月07日 | 詩吟
一日中、セミナーのしあわせな余韻に浸っていました。

井本先生は、整体は子供でも出来ます。
あれこれ理屈を言わないで、直感で、全てを見通すことが出来るからだそうです。

熟練の施術者は、対象が横たわるだけで、問題の箇所がわかるそうです。そして、優しく背骨に沿って撫でれば、さらによくわかるそうです。

なまじな知識は、却って、正しい判断を損なうと。


セミナーの終わりに、感想をといわれて、「いろんなことを感じました。」と応えた私よりもはるかに年配の女性がいました。

すごい答えだなぁと思ったら、グループリーダーの先生が、ぽんと膝を打ちました。

常に控えめで、自身無さげにしていらっしゃった方が、こんなすごいことをおっしゃるのかと、いちいち言葉に出して反応していたわたしは、いかにも下品であったと、反省しきり。

そうよ、ここでは、すっかり見透かされているのだから、能弁でいることは無いのです。

詩吟も整体も習い覚える道は、同じなのね。
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整体生活セミナー

2011年11月05日 | 徒然に日々のことを
          =井本整体2011年秋の東京セミナー=

   ~すっきり目覚めて、元気な一日~
            「体を緩めて深い眠りへ」

二日間のセミナーは、これでもかといほどの充実した内容で、まったく初めての人から、セミナー常連から、プロとしてすでに活躍している人まで、出席者の経歴経験は、様々です。

わたしは、膝の痛みから整体の先生を知人から紹介され、その先生が、井本整体の生徒として修行中の山田先生でした。

御世話になっている間も精進なされて、今では井本整体として開業をなされています。

興味のある人にはどなたにもと門戸を開放する井本先生の方針で、「井本整体って何?」と疑問を持った私にも、セミナーを受けることが出来るので、今年で二度目の受講です。

わたしの、今のテーマは「深息法」なので、両日とも先生のマンツーマンサメ[トのもとで、時間としてはあっという間なのですが、実践してみて、ちゃんとした呼吸が出来ていることを実感しました。

呼吸法は、体を整える上での入り口であり、出口であると感じました。
深い深い息は、体の芯を支え、体の新陳代謝を促し、眠るときはより深く、活動する体には活力を与えるように思いました。

そのほか、沢山の本当に盛りだくさんで、井本整体の入り口に来たばかりのわたしには、その香りとエキスを嗅いだくらいで、自分の体に実現するにはまだ程遠いのですが、その雰囲気の中に居るだけで、体とは、気持ちの有り方と正しい姿勢で成り立っていることがよくわかります。

井本整体の良いところは、なすがままにされているのではなくて、簡単な体操のようなものを教えていただいて、自分で、体を整えていくというのが、一般的に今まで私の知る整体とは大きく違っていることです。

それぞれの抱えている問題に特化した体操があるのですが、一つの体操をきわめることでも、体全体が連鎖的に整っていくということです。

わたしの場合、腰椎3番の体操をして、緩めることが、一番必要なので、それのャCントを懇切に教えていただきました。
その他の体操も、説明を受けましたが、今回だけでは、覚えられなくても感じる事が大事ですよと習いました。

井本先生は、つやつやとしたピンク色に染まったお顔はを観ていると、安心感があり、張り上げない声は、スッと心に忍び込みます。

道場は、礼儀正しい人にあふれ、「施術させていただきます」と謙虚に礼を尽くされる真摯な様子は、その思いに触れてさらに、整体の効果が上がるものと感じました。

命を握っているのに、ちっとも偉そうにしない井本先生は、生徒や弟子たちに敬愛され、畏れられていました。

深息法を知ったことで、詩吟での大きな可能性をいただきました。これからどういう方向へいくのか、それはこれからゆっくりと考えることとしましょう。

とりあえず、留守番の夫に施術してみると、大きな効果があり、へなチョコ施術でも、ャCントを上手に見つけられたら、1~2分で効果があらわれたので、二人で驚きました。

沢山の感謝を胸に、千駄ヶ谷の道場を後にしました。

駅まで、北海道から指導の手助けに来てくださった熟練の先生と同道しました。
なくなった姉に似た目元をしているその先生は、淡々としていながら、初心者のわたしによく目配りをしてくださっていました。 感謝。


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高い声

2011年11月03日 | 詩吟
確かに、音程の高い声の方が、耳に訴える力を持つと思う。
着物を着ていると目を引くのとオナジではないかという気がする。

コンクールで勝つのは、確かに高い声の人らしい。
私は、コンクールの会場にあまり行かないから、よくわからないが、コンクールに出場する人は口をそろえて高い声じゃないと勝てないと言う。

だから、1本でも高い声を出そうと、躍起となるらしい。

十分な発声練習をしないまま、高い声に挑戦するのは、喉に負担がかかり危険な気がする。

会津吟行で、3本の高さで長時間詩吟を繰り返したので、7本の高さの私には、本当に良い発声練習になりました。

愉快にしゃべり、温泉で心もほぐされて、喉の調子は最高潮だったから、オルティンドーも楽に歌えたし、12月の練成会に出吟する吟も披露しようという気になった。

12月は、気温も下がり、何よりも発声練習をしないまま、舞台に上がるという、喉にとっては劣悪条件下、そして、心の方も緊張し切って、壇上で衆人看視の最悪の条件下で詩吟をするわけだから、これから練習を積んだとしても、あの時以上の声が出せるだろうか。


伸びやかな発声をする方法を、身に付けるのが急務。
高い声が良いからと、喉の準備が出来ていないのに、高い音で練習を続けるのは、あまりに危険すぎるのではないかと思う。

高い声が出ただけでは喜ぶのは、早すぎる。
誰が聞いても、無理をしないで出てきた声と聞こえる音を出さねばならない。
高音に伸びが無くては、意味が無い。
失敗して、「高い音に挑戦したものだから」と、不完全なものを発表して言い訳をしてはいけない。


高い声を出そうと意識するだけで、体が硬くなり、カラオケでは伸びやかに声を出しているのに、詩吟になると喉を絞めて伸びやかさを失い、息が足りなくなる現象は、何処から、直していけばよいのだろう。

私自身のことを考えてみると、間違った筋肉を使った発声をしていて、喉に負担がかかり、喉でこぶしをまわしていたのです。
オルティンドーでは、声の揺れや、微妙な音の変化は、喉ではなくお腹を使うのです。
詩吟でも、耳障りな音は、喉で細工をしていたのがわかります。
それは、詩吟でも同じで、しっかりと支えられた音を出せれば、いかようにも声を遊ばせることが出来る。

どんなに上手な人の吟でも長時間聞いていると、耳が疲れてくる。
そうなると、男性の吟を選んで聞くようになる。
心地よい吟とは、なんだろう。
勝つ吟と、何処が違うのだろう。


夢青葉のこどもたちが、関吟の基礎を習得して、自分らしい伸びやかな吟をするようになるのは、何時のことだろう。

基礎を習得するまでは、細かいことに指示を出し訂正し、やかましく言うことになるのです。
その様子を人は、「厳しい、きつい」と言う。

その段階を卒業したら、その人なりの吟をしてもらって、いつもニコニコ聞いていたいと思う。

なまじ、教えるようになったから、言わねばならないのだ。
斜に構えた吟でなければ、どんな吟だって素敵なのだ。

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