熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

十二月大歌舞伎・・・成駒屋の「弁慶上使」・福助の素晴しい芸

2005年12月26日 | 観劇・文楽・歌舞伎
   歌舞伎座の十二月は、勘三郎と成駒屋、そして、玉三郎の歌舞伎である。
   勘三郎と玉三郎の舞台には、観客の人気も高く期待も大きいが、今回は、福助と橋之助、児太郎の活躍が印象的であった。
   「弁慶上使」の橋之助と福助の兄弟、「恋女房染分手綱 重の井」の福助と児太郎父子、の舞台である。

   橋之助は、先月団十郎の代役で素晴しい武智光秀を演じたし、今回の弁慶、そして、「松浦の太鼓」での大高源吾で、益々、立役での風格を増してきている。
   NHKの大河ドラマの毛利元就の頃と比べれば、その成長は著しい。

   ところで、今回の「弁慶上使」での福助のしのぶの母おわさであるが、実に情感豊かなしっとりとした舞台であった。
   私が始めて「弁慶上使」を観たのは、もう10年以上も前で、この歌舞伎座であった。
   弁慶は故羽左衛門、おわさは芝翫で、福助はしのぶで出ていた。
   あの時は、自分の始めて契った相手が弁慶だと知った時の芝翫の初々しい恥じらいと嬉しそうな仕種が印象に残っているが、羽左衛門の弁慶も豪快で凄かった。
   このおわさは、近年殆ど故歌右衛門と芝翫が演じており、謂わば成駒屋のお家芸で、福助にとっては成駒屋の芸と伝統の継承と言う大変な舞台であった筈である。
   
   この「弁慶上使」は、弁慶が生涯に一度しか女性と契らず、一度しか泣かなかったと言う伝説を踏まえた身代わり狂言で、とにかく、奇想天外だが面白い。
   話は、
   義経が平家の平時忠の娘卿の君(芝のぶ)を正妻にしているので、頼朝が謀反を恐れてその首を差し出せと言う。
   その使いに弁慶が来るが、侍従太郎夫妻(弥十郎、竹三郎)と語らって、良く似たしのぶ(新吾)を身代わりに差し出すことに決める。
   母おわさは、しのぶの父親を探して対面させるまではダメだと反対して、実家である本陣宿に泊まった稚児と契りを交わしてしのぶを身ごもった経緯を語りながら、ちぎれた稚児の振袖の片方を見せる。
   主君の為に侍従はしのぶを殺そうとするが、何者か襖の後からしのぶを刀で刺す。武蔵坊弁慶であった。おわさは動転する。
   弁慶は、おわさと同じ振袖の片方を見せる。おわさは、恋焦がれたい思い人に会えた喜びを全身で示す。
   弁慶は、襖の陰でおわさの話を聞いてしのぶが自分の娘であること知ったが、生きて対面すれば未練が残ると思って刺したと言う。
   しのぶが意識のある間に、自分が父であることを明かせられなかった身の不運を悔い弁慶が号泣する。
   
   重要な役割を果たすのは、弁慶の残した「ちぎれた振袖の片袖」。おわさは着物に縫い付けてある片袖を示して一夜を交わした稚児に会いたい一心を掻き口説く、弁慶も大紋を脱いで片方を見せて、二人がしのぶの両親であることが分かる。
   しのぶが殆ど虫の息なのに、弁慶が契りを交わした相手だと分かると、側ににじり寄ろうとして近づき、嬉しさに表情を変えて、乙女のようにうっとりそわそわ恥らう福助のおわさ。
人生の中で、一番嬉しいことと一番悲しいことが同時に起こった時のおわさの心境はいかばかりか、その時の心の分裂・喜びと愁嘆場を福助は実に巧みに演じていたが、やはり、咄嗟に出るのは、一生涯思い続けていた瞼の夫のことであろうか。
   弁慶にとっても、おわさにとっても、人生たった一度の契りが翻弄した二人の人生を、福助と橋之助兄弟は、実に情感豊かに演じてくれて胸が痛かった。

   父親芝翫が、「芝翫芸模様」の中で、福助の襲名のところで、福助について興味深い話を語っている。
   父親と同じ様に、一時期俳優になりたくないと思っていた福助は、高校を中退してから芝居に専念するようになったのでスタートが遅くなった。
   他人より遅れているので追いつくためにはどうしたらよいかと聞かれたので、「芝居を沢山見なさい。お前のタイプなら女形なので、女形の舞台をノートを取らずにジックリ見なさい。」
同じ舞台でも、歌右衛門、梅幸、雀右衛門の舞台を全部見て覚えるように、そして、どんな役が来ても大丈夫な役者になるようにと教えたと言う。
   客席から、黒御簾から、舞台の袖から、同じ舞台でも色々な所から、福助は確実に実行した。

   このおわさもそうだが、夜の部の重の井も実に上手い。
   あの何とも言えない滲み出すようなしみじみとした温かい色気と言うか人間味のある豊かな品格は何処から来るのであろうか、父親とはタイプが違うが、実際には、当然父親である人間国宝芝翫の芸を一番継承しているのであろうと思う。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする