アメリカ政府は、第二次世界大戦後から1980年代までは、アフリカや中近東も含めて開発途上国にとっては、成長促進の救世主のような存在であった。
アメリカは、第三世界が、その独自性を維持し、長年の経験に培われた自分達に最も適した経済政策を推進することに理解を示して、容認してきたお蔭で、成長を果たせたのである。
ところが、レーガン時代に入ると、アメリカは、政策を転換し、自由放任主義(laissez-faire )の解釈を「貴方のやりたいやり方でやれ」から、「我々のやり方でやれ」に変更したので、開発途上国の成長は、一気にスローダウンして、経済格差が拡大し、経済不況を惹起してしまった。
しかし、ワシントンの意向に抵抗して、独自のの経済政策を推進した東アジアの国々は、ブームを維持した。
何故か。
ここからが、アムスデンの本書のタイトル「帝国からの逃避――天国と地獄をめぐる発展途上世界の旅 Escape from Empire: The Developing World's Journey through Heaven and Hell 」である「帝国からの逃避」の核心部分で、アメリカ帝国の意向に逆らって、独自の道を進めば進むほど、経済発展すると言う厳粛なる事実の開陳となる。
「帝国からの逃避」では、開発途上国が、最も自由に独自の政策を取れば取るほど、国家経済は、より早く発展する。
従って、アメリカの最近の常軌を逸したフレキシビリティの欠如、すなわち、自分達の影響下に従うべく、ワシントンコンセンサス如きの一方的なルールや法体制や制度組織を押し付けたので、発展途上国の経済成長は、頓挫してしまった。
しかし、自分たち自身で自分達独自の経済力を打ち立てて来た二大巨人中国とインドの挑戦を受けて、このアメリカの帝国主義的な単細胞的なドクトリンは、背景に押しやられつつあると言う。
アメリカは、これまでの対外経済政策を改めて、地球温暖化など世界の問題の益々のグローバル化に対処するためにも、共同責任の下に、権力の共有意識を持つべきだと言うのである。
アムスデンは、アメリカ帝国を、二期に分けて、第一帝国を戦後から1980年代まで、第二帝国を、その後のヴェトナムの残り火と日本との競争時代以降としていて、慈善的で政治的にも知恵のあった第一帝国時代を天国、絶対主義的でイデオロギーに凝り固まった第二帝国時代を地獄として、
この二つの時代のアメリカの開発途上国に与えた影響と関係について言及して、アムスデンは、世界のみならずアメリカも、権力の新しい中枢が、第二帝国時の強権的なイデオロギーではなく、発展を促進した第一帝国時代の思慮深い政策に従えば、良くなることは間違いないのに、と言っているのである。
20世紀の超大国であり覇権国家であったアメリカ、その帝国としての国家政策が現出した発展途上世界の天国と地獄の歴史的軌跡をめぐる旅を展開しながら、アムスデンは、「帝国からの逃避」こそが、発展途上国の成長ドライバーであったと言うのだが、それでは、世紀末から今日にかけてのアメリカの存在は、一体、何だったのであろうか。
アムスデンは、アメリカ帝国のイデオロギー一辺倒の強権的絶対主義政策を批判しているのみならず、西洋諸国が後発国に課した植民地政策の悪辣さについても、強い調子で糾弾している。
植民地主義が、如何に成長の芽を摘み取ったかは、常に独立を保った日本と、イングランドの王冠の下に徹頭徹尾搾取され続けてきたインドの繊維産業の推移を見れば一目瞭然だと言う。
また、興味深いのは、第二次世界大戦後に、世界の近代産業の軌道に参入することに成功した国の総ては、戦前に製造業の経験を積んだ国だったと言って、宗主国や米国の援助やサポートなど一切無益だったと言うのである。
更に、比較優位の誤謬についても言及し、代替工業化政策の推進こそ、国家の産業育成政策の根幹であり、その成功故に、輸出国家へとしての発展があったことを例証している。
この成長の軌跡を地で行ったのが日本であり、これに追随したアジア諸国や中印の経済成長こそが、ワシントンコンセンサス無視の果実であったと言うのであるから、アメリカのレーガン以降の弱肉強食の市場原理優先の自由市場経済が、如何に不毛であったかを強調して余りある。
このあたりの論陣の凄まじさは、IMFや世銀、米国政府の新興国に対する政策なり姿勢が、アメリカ帝国よりであって、被援助国にとって、如何に、悲劇であったかを論じて糾弾し続けているスティグリッツより、遥かに激しくて厳しい。
さて、余談になるが、アムスデン説を取るまでもなく、例のTTPだが、所詮は、アメリカ帝国にとって、良しとする政策と言うことは疑いなかろう。
TPPから疎外されるよりも、TPPに加入する方が、遥かに利点が大きいとは思われるが、
以前に、ダニ・ロドリック著「グローバリゼーション・パラドックス」の書評で書いたのだが、スティグリッツの指摘により、要するに自由市場経済が拡大するだけであって、弱肉強食の市場原理が働くので、無防備では問題がある。その意味でも、ロドリックの見解に従って、はっきりと、日本の国民国家の国益を維持できるように、最善の努力を傾注して当たるべきで、好い加減な妥協をすべきではないと言うことである。
ところで、興味深いのは、アメリカの裏庭だと言われ続けてきたラテンアメリカに対するアメリカの経済政策の失敗を、アジアと対比しながら言及していることである。
中国が、アジアと言う金の卵を持っていると言ってアジアと連帯の将来性を述べているのだが、考え方によっては、非常に困難だとは思うが、アメリカの将来にとっても、膨大な資源と広大な市場を持つ対ラテンアメリカ経済外交政策を改めて、金の卵と化すことが、賢明な方針であろうと思う。
アムスデンの指摘に拠れば、既に、アメリカの第二帝国は、中印の挑戦によって破綻しかかっているのであるから、アメリカも、もうこれ以上失うものはない筈なのである。
アメリカは、第三世界が、その独自性を維持し、長年の経験に培われた自分達に最も適した経済政策を推進することに理解を示して、容認してきたお蔭で、成長を果たせたのである。
ところが、レーガン時代に入ると、アメリカは、政策を転換し、自由放任主義(laissez-faire )の解釈を「貴方のやりたいやり方でやれ」から、「我々のやり方でやれ」に変更したので、開発途上国の成長は、一気にスローダウンして、経済格差が拡大し、経済不況を惹起してしまった。
しかし、ワシントンの意向に抵抗して、独自のの経済政策を推進した東アジアの国々は、ブームを維持した。
何故か。
ここからが、アムスデンの本書のタイトル「帝国からの逃避――天国と地獄をめぐる発展途上世界の旅 Escape from Empire: The Developing World's Journey through Heaven and Hell 」である「帝国からの逃避」の核心部分で、アメリカ帝国の意向に逆らって、独自の道を進めば進むほど、経済発展すると言う厳粛なる事実の開陳となる。
「帝国からの逃避」では、開発途上国が、最も自由に独自の政策を取れば取るほど、国家経済は、より早く発展する。
従って、アメリカの最近の常軌を逸したフレキシビリティの欠如、すなわち、自分達の影響下に従うべく、ワシントンコンセンサス如きの一方的なルールや法体制や制度組織を押し付けたので、発展途上国の経済成長は、頓挫してしまった。
しかし、自分たち自身で自分達独自の経済力を打ち立てて来た二大巨人中国とインドの挑戦を受けて、このアメリカの帝国主義的な単細胞的なドクトリンは、背景に押しやられつつあると言う。
アメリカは、これまでの対外経済政策を改めて、地球温暖化など世界の問題の益々のグローバル化に対処するためにも、共同責任の下に、権力の共有意識を持つべきだと言うのである。
アムスデンは、アメリカ帝国を、二期に分けて、第一帝国を戦後から1980年代まで、第二帝国を、その後のヴェトナムの残り火と日本との競争時代以降としていて、慈善的で政治的にも知恵のあった第一帝国時代を天国、絶対主義的でイデオロギーに凝り固まった第二帝国時代を地獄として、
この二つの時代のアメリカの開発途上国に与えた影響と関係について言及して、アムスデンは、世界のみならずアメリカも、権力の新しい中枢が、第二帝国時の強権的なイデオロギーではなく、発展を促進した第一帝国時代の思慮深い政策に従えば、良くなることは間違いないのに、と言っているのである。
20世紀の超大国であり覇権国家であったアメリカ、その帝国としての国家政策が現出した発展途上世界の天国と地獄の歴史的軌跡をめぐる旅を展開しながら、アムスデンは、「帝国からの逃避」こそが、発展途上国の成長ドライバーであったと言うのだが、それでは、世紀末から今日にかけてのアメリカの存在は、一体、何だったのであろうか。
アムスデンは、アメリカ帝国のイデオロギー一辺倒の強権的絶対主義政策を批判しているのみならず、西洋諸国が後発国に課した植民地政策の悪辣さについても、強い調子で糾弾している。
植民地主義が、如何に成長の芽を摘み取ったかは、常に独立を保った日本と、イングランドの王冠の下に徹頭徹尾搾取され続けてきたインドの繊維産業の推移を見れば一目瞭然だと言う。
また、興味深いのは、第二次世界大戦後に、世界の近代産業の軌道に参入することに成功した国の総ては、戦前に製造業の経験を積んだ国だったと言って、宗主国や米国の援助やサポートなど一切無益だったと言うのである。
更に、比較優位の誤謬についても言及し、代替工業化政策の推進こそ、国家の産業育成政策の根幹であり、その成功故に、輸出国家へとしての発展があったことを例証している。
この成長の軌跡を地で行ったのが日本であり、これに追随したアジア諸国や中印の経済成長こそが、ワシントンコンセンサス無視の果実であったと言うのであるから、アメリカのレーガン以降の弱肉強食の市場原理優先の自由市場経済が、如何に不毛であったかを強調して余りある。
このあたりの論陣の凄まじさは、IMFや世銀、米国政府の新興国に対する政策なり姿勢が、アメリカ帝国よりであって、被援助国にとって、如何に、悲劇であったかを論じて糾弾し続けているスティグリッツより、遥かに激しくて厳しい。
さて、余談になるが、アムスデン説を取るまでもなく、例のTTPだが、所詮は、アメリカ帝国にとって、良しとする政策と言うことは疑いなかろう。
TPPから疎外されるよりも、TPPに加入する方が、遥かに利点が大きいとは思われるが、
以前に、ダニ・ロドリック著「グローバリゼーション・パラドックス」の書評で書いたのだが、スティグリッツの指摘により、要するに自由市場経済が拡大するだけであって、弱肉強食の市場原理が働くので、無防備では問題がある。その意味でも、ロドリックの見解に従って、はっきりと、日本の国民国家の国益を維持できるように、最善の努力を傾注して当たるべきで、好い加減な妥協をすべきではないと言うことである。
ところで、興味深いのは、アメリカの裏庭だと言われ続けてきたラテンアメリカに対するアメリカの経済政策の失敗を、アジアと対比しながら言及していることである。
中国が、アジアと言う金の卵を持っていると言ってアジアと連帯の将来性を述べているのだが、考え方によっては、非常に困難だとは思うが、アメリカの将来にとっても、膨大な資源と広大な市場を持つ対ラテンアメリカ経済外交政策を改めて、金の卵と化すことが、賢明な方針であろうと思う。
アムスデンの指摘に拠れば、既に、アメリカの第二帝国は、中印の挑戦によって破綻しかかっているのであるから、アメリカも、もうこれ以上失うものはない筈なのである。