懐かしい。実に、温かくて懐かしい。
懐かしさが、心の中一杯に広がって、しみじみとした感慨に誘い込む。
冒頭の岬の突端の波打ち際で絵を描く人物の描写から始まって、私のこの映画に感じた第一印象は、これであった。
英題が、Cape Nostalgia 、ふしぎな岬の鄙びたコーヒー店を舞台にした感動的な物語である。
小津安二郎の映画のように、ごく平凡な市井のストーリーを主題にした映画なのだが、正に、国際級の作品で、
第38回モントリオール世界映画祭ワールドコンペティション部門に出品して、審査員特別賞グランプリとエキュメニカル審査員賞と言う快挙を遂げたのであるから、万国共通の感動と共感を呼ぶ秀作なのである。
この映画は、高倉健の主演映画「あなたへ」の小説版の作者である森沢明夫が、浦賀水道を隔てた、三浦半島の久里浜港の対岸、房総の鋸南町元名1番地に実在する喫茶店「岬」をモデルにして著した小説『虹の岬の喫茶店』が、底本になっているので、玉木節子さん経営のこの岬のコーヒー店を訪れる人も多いと言う。
「岬カフェ」は、一昔前の古風な雰囲気を醸し出したムードのある佇まいで、音楽はなかったが、古いレコードが立てかけてあり、土の香りがする色々な陶器のコーヒーカップが、懐かしい。
店主・柏木悦子(吉永小百合)は、カフェの裏で"何でも屋"を営む甥の柏木浩司 ( 阿部寛)と小舟で対岸の小島に出かけて、湧き清水を汲んできてコーヒーを淹れるのだが、途中で、島の片隅にひっそりと咲く野の花を摘んできて、小さな陶器の花瓶に挿す。古風なコーヒーミルにたっぷりとコーヒー豆を注いで挽き、美味しくなあれ、美味しくなあれ、と囁きながら、ネルドリップで丁寧にコーヒーを淹れる。
この悦子の祈りを込めた心づくしのコーヒーを楽しみに、岬の常連たちが集い、岬を訪れた旅人が立ち寄る。
この映画は、これらの人たちと悦子の心の触れあいを、限りなき愛情を込めて描いた物語である。
常連客に囲まれた悦子にとって最も大切な人物は、叔母悦子に思いを馳せながら親衛隊気取りで純粋一途の問題児である浩司で、その二人のふれ合いを支え続けている不動産会社の常連客のタニさん (笑福亭鶴瓶)も大切な人である。
浩司にけしかけられて、純情一途に30年間憧れ続けて来た悦子に、大阪への転勤を迫られたタニさんは、特大の鯛を買ってきてカルパッチョを調理し、一世一代の大舞台・最後の晩餐に誘って、甲州ワインで乾杯しながら、恋心を吐露する。
吉永小百合の優しさであろう、愛の告白をしようとシドロモドロのタニさんの姿を映しながら、カメラを外して、外で、首尾は如何にと覗き見している浩司にフォーカスして、しばらくして、部屋から出て来たタニさんが、照れ隠しかにっこりと笑って、大きなペケ印を両手で示すシーンを映して終っている。
大阪への連絡船が、岬の沖を通過する時、カフェから飛び出してきて手を振る悦子の姿を遠望したタニさんが、必死に手を振りながら号泣する、悲しくも美しい恋の物語の終わりである。
地元の秋祭りの日に、漁師の徳さん:竜崎徳三郎 (笹野高史)の娘・みどり(竹内結子)が、親に逆らって一緒になった男と別れて数年ぶりに帰郷する。
素直になれない父娘だが、死期を迎えた徳さんは、みどりに看取られて逝き、生命保険証書を見て親不孝にみどりは泣き伏す。
このみどりだが、ラストシーンで、島への小舟の上で、浩司の子供を身籠っていると告白し、悦子の祝福を受ける。
他に、園芸を営む柴本孝夫(春風亭昇太)と恵利(小池栄子)の華やかな結婚式と田舎が嫌になって去る恵利、パーティで酔客に口説かれている悦子を助けようとする浩司が巻き起こす乱闘事件など面白い挿話が鏤められているのだが、
これらを取り巻く、温かくて善意の人たち、牧師の鳴海 (中原丈雄)、住職の雲海 (石橋蓮司)、医者の冨田(米倉斉加年)、行吉先生(吉幾三)などの芸達者なベテラン脇役陣の活躍が、楽しい。
また、ブラザーズ5(杉田二郎、堀内孝雄、ばんばひろふみ、高山巌、因幡晃)が、田舎のグループサウンド隊として、パーティなどで演奏して、彩を添えている。
余談ながら、落語家の昇太は、いまだに独身の筈だが、結婚式でのハチャメチャ幸せ絶頂の花婿を演じ、結局、土下座して拝み倒しても逃げられてしまうのだが、どんな心境だったのであろうか。
もう一つ、歌舞伎俳優の片岡亀蔵が、気弱なドロボー として登場して、しみじみとした味のある演技を披露していた。
この映画でもう一つ重要な挿話は、東京から虹を追いかけて、父親・大沢克彦(井浦新)と共に、少女・希美がカフェにやって来て、悦子の夫が描いた虹の絵を見つけて、これだと歓喜する。
コーヒー淹れの呪文で"魔女"と呼ばれた悦子は、希美を抱きしめて、大丈夫と呪文を唱えることを教えて、母親を亡くしたショックを少女の心から優しく溶かす。
この少女が、再び、大切な人が去って行く悲しみに沈んでいる悦子の前に現われて、知らないおじさんが現れて虹の絵の話をするのだと言うので、夫の写真を見せるとこの人だと言う。
悦子は、少女に絵を託して持って帰らせる。
この少女の登場は、幻想シーンとも言うべき設定で、最愛の夫のイメージが、この虹の絵に凝縮されていて、大切な人たちや、悦子を見守ってきた筈の命とも言うべき虹の絵を失って、悦子は茫然自失、コンロの火が燃え移るのを虚ろな目で凝視しながらも微動だにせず、岬カフェは、炎に包まれて燃え盛って行く。
さて、悦子の夫だが、HPによると、
”悦子をこの地へと導いたのは、今は亡き最愛の夫だった。スケッチ旅行で偶然訪れた岬で、美しい虹と出会った夫は、虹の絵を悦子に遺した。ひとりぼっちになった悦子は、虹をつかむような気持ちで、虹の岬に移り住んだのだった。”と説明されている。
原作の『虹の岬の喫茶店』を読んでいないので、よく分からないのだが、夫への思い入れが強かったために、タニさんにも靡かなかったし、浩司の気持ちにも応えられなかったのであろう。
ドロボーにも、盗って行ったらと勧めた虹の絵だが、そばにある時には、気付かなかったのだが、いざ、絵が消えてしまうと、限りなき寂寥感に襲われて茫然自失。
超能力を持った少女を登場させて、夫への思いを虹の絵に絡ませた現実・幻想綯い交ぜのストーリー展開が、興味深いところであろう。
この映画、成島出監督 の作品だが 降旗康男監督作品とも違い、山田洋次監督作品とも違った現代劇だが、初めての企画作品だと言う吉永小百合が、ただの、映画俳優ではなかったと言うことを証明しているのであろう。
メインテーマ 「望郷〜ふしぎな岬の物語〜」を弾く村治佳織のギターが、感動的である。
(追記)口絵写真は、公式HPより借用した。
懐かしさが、心の中一杯に広がって、しみじみとした感慨に誘い込む。
冒頭の岬の突端の波打ち際で絵を描く人物の描写から始まって、私のこの映画に感じた第一印象は、これであった。
英題が、Cape Nostalgia 、ふしぎな岬の鄙びたコーヒー店を舞台にした感動的な物語である。
小津安二郎の映画のように、ごく平凡な市井のストーリーを主題にした映画なのだが、正に、国際級の作品で、
第38回モントリオール世界映画祭ワールドコンペティション部門に出品して、審査員特別賞グランプリとエキュメニカル審査員賞と言う快挙を遂げたのであるから、万国共通の感動と共感を呼ぶ秀作なのである。
この映画は、高倉健の主演映画「あなたへ」の小説版の作者である森沢明夫が、浦賀水道を隔てた、三浦半島の久里浜港の対岸、房総の鋸南町元名1番地に実在する喫茶店「岬」をモデルにして著した小説『虹の岬の喫茶店』が、底本になっているので、玉木節子さん経営のこの岬のコーヒー店を訪れる人も多いと言う。
「岬カフェ」は、一昔前の古風な雰囲気を醸し出したムードのある佇まいで、音楽はなかったが、古いレコードが立てかけてあり、土の香りがする色々な陶器のコーヒーカップが、懐かしい。
店主・柏木悦子(吉永小百合)は、カフェの裏で"何でも屋"を営む甥の柏木浩司 ( 阿部寛)と小舟で対岸の小島に出かけて、湧き清水を汲んできてコーヒーを淹れるのだが、途中で、島の片隅にひっそりと咲く野の花を摘んできて、小さな陶器の花瓶に挿す。古風なコーヒーミルにたっぷりとコーヒー豆を注いで挽き、美味しくなあれ、美味しくなあれ、と囁きながら、ネルドリップで丁寧にコーヒーを淹れる。
この悦子の祈りを込めた心づくしのコーヒーを楽しみに、岬の常連たちが集い、岬を訪れた旅人が立ち寄る。
この映画は、これらの人たちと悦子の心の触れあいを、限りなき愛情を込めて描いた物語である。
常連客に囲まれた悦子にとって最も大切な人物は、叔母悦子に思いを馳せながら親衛隊気取りで純粋一途の問題児である浩司で、その二人のふれ合いを支え続けている不動産会社の常連客のタニさん (笑福亭鶴瓶)も大切な人である。
浩司にけしかけられて、純情一途に30年間憧れ続けて来た悦子に、大阪への転勤を迫られたタニさんは、特大の鯛を買ってきてカルパッチョを調理し、一世一代の大舞台・最後の晩餐に誘って、甲州ワインで乾杯しながら、恋心を吐露する。
吉永小百合の優しさであろう、愛の告白をしようとシドロモドロのタニさんの姿を映しながら、カメラを外して、外で、首尾は如何にと覗き見している浩司にフォーカスして、しばらくして、部屋から出て来たタニさんが、照れ隠しかにっこりと笑って、大きなペケ印を両手で示すシーンを映して終っている。
大阪への連絡船が、岬の沖を通過する時、カフェから飛び出してきて手を振る悦子の姿を遠望したタニさんが、必死に手を振りながら号泣する、悲しくも美しい恋の物語の終わりである。
地元の秋祭りの日に、漁師の徳さん:竜崎徳三郎 (笹野高史)の娘・みどり(竹内結子)が、親に逆らって一緒になった男と別れて数年ぶりに帰郷する。
素直になれない父娘だが、死期を迎えた徳さんは、みどりに看取られて逝き、生命保険証書を見て親不孝にみどりは泣き伏す。
このみどりだが、ラストシーンで、島への小舟の上で、浩司の子供を身籠っていると告白し、悦子の祝福を受ける。
他に、園芸を営む柴本孝夫(春風亭昇太)と恵利(小池栄子)の華やかな結婚式と田舎が嫌になって去る恵利、パーティで酔客に口説かれている悦子を助けようとする浩司が巻き起こす乱闘事件など面白い挿話が鏤められているのだが、
これらを取り巻く、温かくて善意の人たち、牧師の鳴海 (中原丈雄)、住職の雲海 (石橋蓮司)、医者の冨田(米倉斉加年)、行吉先生(吉幾三)などの芸達者なベテラン脇役陣の活躍が、楽しい。
また、ブラザーズ5(杉田二郎、堀内孝雄、ばんばひろふみ、高山巌、因幡晃)が、田舎のグループサウンド隊として、パーティなどで演奏して、彩を添えている。
余談ながら、落語家の昇太は、いまだに独身の筈だが、結婚式でのハチャメチャ幸せ絶頂の花婿を演じ、結局、土下座して拝み倒しても逃げられてしまうのだが、どんな心境だったのであろうか。
もう一つ、歌舞伎俳優の片岡亀蔵が、気弱なドロボー として登場して、しみじみとした味のある演技を披露していた。
この映画でもう一つ重要な挿話は、東京から虹を追いかけて、父親・大沢克彦(井浦新)と共に、少女・希美がカフェにやって来て、悦子の夫が描いた虹の絵を見つけて、これだと歓喜する。
コーヒー淹れの呪文で"魔女"と呼ばれた悦子は、希美を抱きしめて、大丈夫と呪文を唱えることを教えて、母親を亡くしたショックを少女の心から優しく溶かす。
この少女が、再び、大切な人が去って行く悲しみに沈んでいる悦子の前に現われて、知らないおじさんが現れて虹の絵の話をするのだと言うので、夫の写真を見せるとこの人だと言う。
悦子は、少女に絵を託して持って帰らせる。
この少女の登場は、幻想シーンとも言うべき設定で、最愛の夫のイメージが、この虹の絵に凝縮されていて、大切な人たちや、悦子を見守ってきた筈の命とも言うべき虹の絵を失って、悦子は茫然自失、コンロの火が燃え移るのを虚ろな目で凝視しながらも微動だにせず、岬カフェは、炎に包まれて燃え盛って行く。
さて、悦子の夫だが、HPによると、
”悦子をこの地へと導いたのは、今は亡き最愛の夫だった。スケッチ旅行で偶然訪れた岬で、美しい虹と出会った夫は、虹の絵を悦子に遺した。ひとりぼっちになった悦子は、虹をつかむような気持ちで、虹の岬に移り住んだのだった。”と説明されている。
原作の『虹の岬の喫茶店』を読んでいないので、よく分からないのだが、夫への思い入れが強かったために、タニさんにも靡かなかったし、浩司の気持ちにも応えられなかったのであろう。
ドロボーにも、盗って行ったらと勧めた虹の絵だが、そばにある時には、気付かなかったのだが、いざ、絵が消えてしまうと、限りなき寂寥感に襲われて茫然自失。
超能力を持った少女を登場させて、夫への思いを虹の絵に絡ませた現実・幻想綯い交ぜのストーリー展開が、興味深いところであろう。
この映画、成島出監督 の作品だが 降旗康男監督作品とも違い、山田洋次監督作品とも違った現代劇だが、初めての企画作品だと言う吉永小百合が、ただの、映画俳優ではなかったと言うことを証明しているのであろう。
メインテーマ 「望郷〜ふしぎな岬の物語〜」を弾く村治佳織のギターが、感動的である。
(追記)口絵写真は、公式HPより借用した。