熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

国立演芸場・・・柳亭市馬:落語「禁酒番屋」ほか

2016年08月07日 | 落語・講談等演芸
   東京に出かけて、昼に時間が余ると、国立演芸場の定席に出かけることにしており、この日は、上席で、柳亭市馬がトリのプログラムであった。
   どうせ、何時もの定席であろうと思って、8月中席が、桂歌丸噺家生活六十五周年記念公演だと知らずに、チケットを取り損ねて残念に思っているのだが、普及料金の定席でも、結構、素晴らしい公演が行われることがあるのが、国立演芸場の良いところである。

   この日の落語は、入船亭扇蔵が「たがや」、川柳川柳が「ガーコン」、三遊亭窓輝が「武助」、橘家蔵之助が「ちりとてちん」、柳亭市馬が「禁酒番屋」であった。
   「たがや」は、先月の名人会で三遊亭萬窓で聞いているし、他の噺も何度か聞いているので、お馴染みであり、その都度、噺家の芸の差やバリエーションを楽しむと言うことである。
   東京には、噺家が300人いると言うことらしいが、これまで、沢山の噺家を聞いているのだが、何となく、聞いていて、面白くなかったり聞き難かったり、相性の合わない噺家などもいて、贔屓の噺家が出てくるのも分かるような気がする。
   
   市場は、師匠柳家小さんの話を始めて、永谷園の「 あさげ ひるげ ゆうげ」のコマーシャルに出ていたが、飲んでいたのを見たことがなかったと言っていた。そんなものであろうと思う。
   市場は、ヤットン節だと思うが、ひとくさり歌手としての美声を披露して客を喜ばせていたが、兄弟子の小三治と違って、殆どまくらを語らずに、「禁酒番屋」を始めて、30分、じっくりと語り終えた。
   この「禁酒番屋」は、YouTubeで、小さんの公演が聞けるが、市場は、これを踏襲したのであろう。

   ストーリーは、次のような浮世離れしたナンセンス噺。
   月見の宴で、泥酔した二人の侍が刀を交えて一方が死に、残った侍も切腹すると言う惨事で有能な家来を亡くした某藩の殿様が、「余も飲まぬ」と藩士一同に禁酒令を申し渡す。
   しかし、藩内きっての大酒飲みの近藤、酒屋にやってきて大酒を飲み、今晩中に一升届けよと命令する。
   禁酒の酒を届けて見つかれば、酒屋は出入り禁止となるのだが、近藤の小屋に行くには、「禁酒番屋」を通過しなければならない。
   困った酒屋は、菓子屋の梅月堂で南蛮菓子のカステラを買って中身を抜いて、五合徳利を二本、菓子折りに詰めて番屋に行き、許された拍子に、「ドッコイショ!」と荷を持ち上げたので、「水カステラ」だと抗弁するも、試飲されて、バレてしまって、飲まれてしまう。次に、油屋を装って通過しようとするが、水カステラと同じ匂いがすると、これも番屋役人に飲まれてしまう。
   2升もムザムザと飲まれてしまった酒屋は、頭にきたので、かたき討ちに、ションベンをもって行くことにする。小便だと番屋に言うのだが、酔いがまわってへべれけになっており、水カステラや油と同じだと思った番屋役人が、「今度はどうやら、燗をして参ったようだ、燗が過ぎたとみえて、泡だっておる」と言って飲むと本当に小便。怒った番屋役人に、「小便と言ったでしょ。」
   「この、正直ものめぇッ」

   酒は、百薬の長と言われながらも、何故か、禁酒禁酒と騒ぐ国や政府が、結構、歴史上に存在する。
   しかし、禁酒法厳しきシカゴでは、アルカポネが暗躍して暗黒街の様相を呈したのが、禁酒法が廃止されると、いっぺんに、平和が訪れた。
   今でも、酒は、政府にとって貴重な税収源。

   私には、晩酌をするなどと言った習慣はなかったのだが、欧米に長かった所為もあって、ワインを飲み始めてから、夕食時や会食時には、少し飲むようになった。欧米では、ワインは、飲む食べ物なのである。
   ほんのりとした気持ちになって、しみじみとした想いを語るのも、酒を嗜む愉しみかも知れないと思い始めている。
   
   
コメント
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