熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

竹本住大夫著「七世竹本住大夫」

2016年08月20日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   住大夫を、初めて聴いたのは、もう、25年ほど前のロンドンでのジャパンフェスティバルでの「曽根崎心中」であったと思っている。
   その後、帰国してから文楽に通っており、先の「七世竹本住大夫引退公演」も、大坂・東京ともに鑑賞させて貰っているので、随分多くの浄瑠璃を楽しませてもらったことになる。

   それに、住大夫の著作や関連本は、殆ど持っており読んでいるので、大概の逸話など住大夫の興味深い話は知っているつもりだが、最新と言うことで、この本を読んでみた。
   履歴書も含めて、他の本は、どちらかと言えば、住大夫の芸論や文楽に関する話題が主体を占めているのだが、この本は、住大夫の生い立ちや幼少年時代、学校生活や兵役での苦労等々から始めて、人間竹本住大夫の人生を、日本社会の激動と変遷をバックにして、克明に聞き書きしていて、その中から、住大夫の文楽に対する芸論や思い入れを浮き彫りにして、その激しくも雄々しい生きざまを活写しているので、非常に面白い。
  
   住大夫の文楽への傾倒は、おやっさんが人間国宝にもなった大夫であり文楽の世界に近接していたということもあろうが、この本の帯に書いてあるように、
   ”文楽、歌舞伎から映画、宝塚、高校野球にプロ野球、昭和初期のモダン都市文化の精髄を浴びて育った少年時代”の影響も強いであろうと思う。
   何でもよいから役者になりたかったと言っており、「お前の頭に合うかつらはないで」と言われたと述懐しているが、勉強もせずに、映画館や芝居小屋に入りびたり、大学時代、戦争中に、学校をサボって浜寺の海水浴に行って、喫茶店でだべりながら、野球の練習に行こうかとしたところ刑事に尋問されたと言っている。勉強は、何にも分かりまへんねん、と言っているのだが、役者や映画俳優、野球選手や宝塚のスターなどの名前や逸話を克明に覚えていて、舌を巻く。

   戦後、食わず食わずの貧窮時代に、公演日数が足らないのが辛くて、先輩のところの稽古場へ行って声を出させてくださいと、何とか稽古して一寸でも身につけようとして、気を紛らわせた。やっぱり貧乏してこなあきまへんな。と言う。
   芸の厳しさで興味深いと思ったのは、大隅大夫が、住大夫に、犬猿の仲の父の住大夫に、「茨木屋」の床本に朱を入れて貰ってくれと頼んだら、父住大夫は一晩かかって朱を入れて渡し、大隅大夫は、その本で舞台を務めたと言う。

   初代吉田玉男のことについて語っているのが興味深い。
   あの人とやったら安心して浄瑠璃語れまんねん。私は人形見てませんで。人形見てんでも寸法合うんですよ。あの人はまた、浄瑠璃の本をよく読んでましたわ。浄瑠璃の本を読んで、文章を理解して、それで人形を遣うてますさかいにね。速いとか遅いとか、そんなこと言うたことおまへんな。
   あの人とは、何も考えんと語れましたな。と言う。
   人形を見んでも、何となく雰囲気がこっちに伝わってくる。息でんな。そういう応える人形遣いは今いまへんな。紋十郎師匠と玉男はんでしまいでんな。人形のほうから迫ってくるのは、まあ、簑助君だけでんな。とも言う。
   もう一つ興味深い芸論は、
   紋十郎師匠が、人形で出来ない振りをするのが役者、人間ではできない振りをするのが人形と言っていたが、この頃、人形遣いはみな、人形と自分の体がぎゅっとひっついてますわ、もう勘十郎君一人でんな。

   動物が嫌いだと言う住大夫、「国性爺合戦」の虎も、「傾城反魂香」の虎も恐ろしいと言うから、勿論、阪神タイガースも嫌い。
   こともあろうに、兵隊で馬の世話の担当になった。こんな国が戦争したら、負けるのが当たり前でっせ。
   上官から、銃と馬は大事にして、「お前らは赤紙で来るねん。」人間はもう、2銭か、そんな切手で来ると言うて哀れでした。と言う泣き笑いの馬物語も面白い。
   

   東京の歌舞伎に出演すると、この時は役者は踊るだけで台詞は言わない。文楽が出演すると歌舞伎も活気が出て、お客さんも喜んでくれて、給料が倍になって良い。
   しかし、歌舞伎は要領が分かったら後は楽なのだが、文楽の舞台に戻ると、怖くなる。文楽は、勉強するとこ、修羅場でんな。文楽は、毎日が勉強ですさかい、毎日違うんで緊張します。と語っている。

   この本には、初代吉右衛門たちとの歌舞伎との交流、東京と大阪の客の対応の違いや、花柳界との交流やそれを通じての贔屓筋との展開、等々、文楽や芸論以外にも、興味津々の話題満載で、とにかく、昭和史を駆け抜けてきた偉大な芸術家の人生が描かれていて並みの小説よりもはるかに楽しませてくれる。
   
コメント
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