地味鉄庵

鉄道趣味の果てしなく深い森の中にひっそりと (?) 佇む庵のようなブログです。

泰緬鉄道の旅 (3) GE製のシブい罐

2014-04-25 00:00:00 | タイの鉄道


 トンブリー駅にて魅惑のスイッチャーによる入換が行われる一方、本務機としてクラの中から出て来たのがこちら、結構古典的な(?)デザインが魅力的なGE製の電気式DL・4001型です。この罐は一応、タイ国鉄の本線用機関車としては最古参の部類に入り、しかもシンプルな旧塗装で残る個体も少なくなく見かけることから、恐らく近い将来登場する中国製新型罐(たぶん北車大連か南車資陽製?)によって置き換えられる可能性が大だと思われますが、この日の牽引機である4005は新塗装となりピカピカであることから、このグループの中でも最後まで残るのでしょうか。そう考えますと、このハデな新塗装でも喜ぶべきなのでしょうか……。ともあれ、使用停止となった腕木式信号機との組み合わせも、将来的にはそこそこ貴重になると思われますので、とりあえず1枚!



 その後は無事に、前から2両目の日本製・半鋼製ボックスシート車の座席をゲットしまして、とにかく白人観光客と地元客で座席が埋まる光景に仰天しつつ、いよいよ7時50分に発車……と思いきや、7時30分発のランスアン行となるべき編成(ランスアン発の快速列車)が未だ到着せず、しかも直近の交換駅であるタリンチャン・ジャンクションからこちらに到着するのを優先させるため(逆にこちらが先発すれば、7時半発の列車は恐らく車内整備を経て9時半以降発となってしまうことでしょう)、結局8時15分頃まで待たされてようやく発車……(幸先悪ぃ~。鬱)。というわけで、ランスアン行に乗るはずであったタイ人客もことごとくナムトク行に乗せるかたちとなり、ナコーンパトムまではほぼ全席埋まりまくり。ナコーンパトムで大幅に乗降があったあとも、基本的にカンチャナブリーに着くまでは、タイ人・外国人がそれぞれ半々程度な車内が続きました。タリンチャンからナコーンパトムまでは、非常に立派な複線を滑るように走り快適ですが、ナコーンパトムから先の単線では例によって優等列車優先で待たされ、さらにノーンプラドック・ジャンクションから泰緬鉄道=ナムトク線に入りますと、線路状態が格段に悪くなりガタガタと揺れながらの走りとなりました。ミャンマー国鉄の幹線急行と比べればはるかにマシな乗り心地ですが……。
 そんな中、ノーンプラドックからは車内販売のオバチャンが数人乗り込んで来まして、笹の葉で包んだミニ弁当(タイ風タレの鳥めし)や魚肉つくねの類を売りに来ます。一応昼食用にパンを持参しておりましたが、試しに買ってみるとこれがなかなか美味い♪ 但し、10バーツで小腹を満たすという程度のものですので、車内販売で腹一杯になろうと思ったら何度でも呼び止める必要があるでしょう (笑)。
 こんな感じで何となく腹の中が潤ったあとは、ボックスシートの自分の席を完全に放棄しまして、荷物ごと最前部の車両(1949年・日本製のロングシート改造車)のデッキに移動し、罐が発するディーゼル発電機の轟音の中にほんのりと混ざる釣掛サウンドを楽しみつつ、デッキのドアを開け放って全身を田舎の風景の中にさらしたのでした。そして列車は、約40分遅れでカンチャナブリーに到着~! 罐は一旦切り離され、団体用の特別車を迎えに行ってしまいました。そして私は入換の一部始終を撮った後、引き続き1949年製ロングシート車のデッキを死守する体制に入ったのでした。その理由は……つづく (笑)。

西武東証1部再上場記念・黄色い4扉車

2014-04-24 00:00:00 | 都市民鉄 (首都圏)


 西武がかつての堤商店的体質により証券取引法違反の罪に問われ、東証第1部上場企業としての座を失い、ハゲタカファンドの餌食となって時が経つこと久し……。グループ全体の利益に占める鉄道部門の比重が6割を占めるほどグループ各社の収益が悪化していたところ、例えばバブルの城・赤プリの完全解体に象徴されるように大鉈が振るわれた結果、今や利益における鉄道の比重は3分の1まで下がるなど諸事立て直しが進み、昨日ようやく再上場を果たしてグループロゴも新たに制定し直した旨、新聞の全面広告において大々的に告知されておりました。まぁ依然としてハゲタカファンドをめぐる問題は不透明といわれますが、ともあれ副直によって神奈川県民にも西武への馴染みが少しずつ生まれているところでもありますので、利害関係のない一ヲタとしましては是非頑張って頂きたいものです。まずは、社史が全くないという状況を何とかすることが当面の一大課題でしょうか。



 というわけで昨日は、そんな西武の黄色い電車を激写してみました♪ 勿論あれこれ忙しい中では、わざわざ再上場記念と称して西武撮り鉄な一日を過ごすことは不可能でありまして、あくまで西武池袋線にほど近い事業所を仕事で訪れたついでです (笑)。この新年度から数ヶ月間、以前出入りしていた事業所に再び定期的に納品することになりまして……そのついで鉄と再上場記念日がたまたま重なっただけですが、まぁ何はともあれ目出度い機会であることは間違いないでしょう。たった20分間の撮影でしたが……(^^;)。
 それにしても、2~3年前に同じように仕事ついで鉄をした際と比べますと、3扉車が本当に来なくなってしまったなぁ……という事実を痛感せざるを得ません。新101系が全滅したのはもとより、3000系すらも余程ラッキーでない限り来なくなったという……(確か池袋線は999編成+αしか残っていないのでしたっけ……。それゆえ、今回はほとんど当然のように来ませんでした -_-)。その代わりに、来るわ来るわ、笑電が……。
 というわけで、新2000系や9000系といった黄色4扉車が来るだけでも本当に御の字な時代になったのだなぁ……と痛感しております。しかも、戸袋窓を完全に埋めたリニューアル新2000系ではLED化されていますが、戸袋窓が残る車両(超やっつけな簡易工事で戸袋窓埋めがなされた9000系も含む)では幕が残っているのも嬉しいですね♪ そして何と言っても……新2000系やNRAが通過するたびに、東急8500系と103系のサウンドを足して2で割ったかのような気合い十分の走行音が響くのには癒されます♪ う~ん、またそろそろ、西武に乗って秩父に行きたいなぁ……と。
 それにしても、一部編成に掲げられた「地球にやさしい」HM、何度見てもインドネシア運輸省マークに見えてしまうという……(汗)。


生駒山麓の公共交通 (3) 生駒ケーブルすずらん

2014-04-23 00:12:00 | 保存・園内・特殊車両


 近鉄奈良線、そして生駒といえば、これを忘れるわけには行きません……生駒ケーブル!! もともと近鉄奈良線の建設目的のひとつには、生駒聖天・宝山寺への参拝客輸送が想定されており、生駒トンネル工事のさなかに免許をうけたのち、大阪電気軌道の専務取締役が生駒鋼索鉄道社長代行に就任し、1918年の開業から間もなく大軌に合併するなど、最初から近鉄(大軌)奈良線と運命共同体として建設されたのがこのケーブルカーの縁起であるとのことです。その後大軌は宝山寺~生駒山上間を建設して今日に至っているわけですが、とりわけ鳥居前(生駒駅前)~宝山寺間は1・2号線の二系統を擁し、検査やケーブル交換に伴う運休を断固しないという体制がとられているのみならず、交換が行われる中間点は複々線+ケーブルカー線路を跨ぐ踏切があるという点で、本邦で最も充実したマニアックなケーブルカーの一つであると言えましょう。



 というわけで、個人的に鉄活動に復帰したここ13~14年来、対象の間口を半鋼製釣掛式電車から見た目がシブい車両一般に広げたこともあり、是非一度この生駒ケーブルも訪れてみたかったのですが、まさに鉄活動復帰のタイミングとほぼ時を同じくして (2000年)、宝山寺1号線の1928年製古典車両コ1・コ2、及び山上線の1953年製コ5・コ6が廃車となり、よりにもよって宝山寺1号線は「ブル」「ミケ」、山上線は「ドレミ」「スイート」といった女子供向けなコッテコテ車両となってしまい、宝山寺2号線の旧型車コ3・コ4は1号線の検査・点検時や初詣&黄金週間などの超繁忙時しか走らなくなった……ということで悲嘆に暮れていたのでした (何と大袈裟な! ^^;)。肝心のコ3・コ4にしても「ゆめいこま」として結構派手なラッピングがなされ、何かイマイチ……。こうして、出張ついで鉄で近鉄奈良線に乗る機会は度々あれど、結局生駒ケーブルに立ち寄る機会は無限に先延ばしとなってしまったのでした。他にいろいろ撮るものもありましたし (汗)。
 しかーし! 昨年夏に生駒ケーブル95周年を記念し、宝山寺2号線の2両がラッピングを止め「すずらん」「白樺」と再び命名されたということで、「これは是非、1号線の運行である可能性が高いとしても、宝くじを当てに行くという覚悟で乗って撮りたい!」という欲望がムラムラと……(笑)。そこで去る3月、JRWバスで遊び呆けた京都出張の翌日は、暗い雨模様につき高速な列車を撮りようがないこともあり、ついに生駒ケーブルを訪れる機会が来たな……という天の声が聞こえたような気がしまして (ウソ)、京都からサニーカーの特急に乗って西大寺へ! さらに阪神9000系に飛び乗って生駒に到着! 期待と「動くのがブルミケだったらどうしよう」という不安で心臓が爆発しそうな気分で (アホか!)鳥居前駅に向かったのでした。
 すると……よっしゃー!!本日は2号線が運転!! 折悪しく、宝山寺から上の生駒山中は雨雲に隠れるという最悪の空模様ですが、EOS5D MⅡ持参ですので関係なし!! まずは宝山寺まで一往復するぞ……ということで、ICカードもスルッとKANSAIも使えないことから券売機で切符を購入し勇躍乗車したのでした (続く)。

相鉄三昧な黄金週間迫る・黄金色モニ2000

2014-04-22 00:00:00 | 事業用車両


 も~う幾つ寝ると、相鉄特~っ急~! しかも湘南台特急は8連ということで、7000系が入るかもと思うと楽しみ♪ そんな、相鉄がアツくなる黄金週間が間もなく迫って参りますね♪ というわけで、モニモニモニ~っと、消えて久しい黄金色……と申しますか山吹色のモニ2000の画像をアップすることに致します♪♪



 え?何で今さらこんな画像を引っ張り出したのかって??……まぁ良いではないですか。この車両は当ブログがイイ加減な更新しかしなかった零細ブログだった頃に(今でもテキトー更新ですが ^^;)引退を迎え、未アップ画像がまだあることを久しぶりに思い出しましたので……。では、何故思い出したのかと言えば、それはまぁまた来週☆♪

新ヤンゴン熱鉄記 (9) キハ181赤・中

2014-04-21 00:00:00 | ミャンマーの鉄道


 キハ181の5連1本を活かしたヤンゴン環状線「エアコンヤター」(ヤターは車両の意)は、当初こそJRW時代の塗装に近い (明るいブラウンの部分が伊豆急ペールブルーを薄くしたような色に変わっております)塗装でデビューしたとのことですが、その後間もなく、シンガポール資本のインスタントコーヒー販売会社がスポンサーとなった全面ラッピングを纏って今日に至っています。路線バスと同様、鉄道車両にもラッピング化の波が押し寄せ始め、冷房車ゆえ非常に目立つキハ181が早速媒体として目を付けられたということで、個人的には少々「アチャー!」という気分です。しかしこれもまぁ、何としても収入を得たいミャンマー国鉄の思惑から、ちょうど昨年秋~冬頃に鉄道車両の広告ラッピングが解禁となったことと時期を同じくしてしまった結果ということで、致し方のないところでしょう。不幸中の幸いなのは、デザインセンスが悪くないためか、いろいろ英語やビルマ語のロゴや模様が入っても、何のかの言って編成美と呼びうるものが漂っていることです。窓の上部に貼られたラッピングも、日除けとしてはそれなりに有効ですし (笑)。



 というわけで、そんなキハ181を撮るべく、ひたすら炎天下で待ち続けたのですが (日傘代わりの折りたたみ傘は必携!←地元の皆様も日常的に使用)、時刻通りにやって来るはずはなく、しかしたまに時刻通りにやって来ることもありますので (とくに、真っ昼間の反時計回り・ヤンゴン1035発は、最もダイヤ乱れしにくい時間帯でもありますので、概ねダイヤ通りか?)、やって来そうな時刻から実際に通過するまでのあいだ、決して気を抜くことは出来ません。しかも、見えてから撮り終えるまで、スピードがトロいため結構時間がかかり、その間に対向列車が迫って来ますと「カブる……」とヒヤヒヤしたことは何度も……。こんな感じで、滅多に来ないキハ181を撮影するのは相当ハードルが高いことですが、無事に撮影出来た際の喜びは大きいですね♪ 基本的に、撮影地は私が独占しまくりですし……(笑)。
 ちなみに、今回アップしたRBE-P 5033=キハ181 49と、前回アップしたRBE-P 5032=キハ181 48では、正面のラッピング面積が異なるのですが、果たしてそれは何故?? あと、ご覧の通り残念ながら、キハ181-49の特急エンブレムは抜かれてしまっております (泣)。
 ヤンゴンのキハ181、もちろん撮るだけでなく乗っていますが、その際の感想はまた改めて……。

 なお、キハ181「エアコンヤター」は、概ね以下のようなスケジュールで運行されています (見たまま。駅にはビルマ文字で書かれたエアコンヤター時刻表が掲示されています)。 
* 朝インセイン出庫→7時30~40分頃、ヤンゴン着。
* すぐに折り返してヤンゴン740~750頃発。時計回りに一周して、ヤンゴンに10時10~15分頃着。
* ヤンゴン1035発。反時計回りに一周して、ヤンゴン1320頃着。
* そのまま環状線東半分の区間運転となり、ミンガラドン1430~1440頃着。
* すぐに折り返し、ミンガラドン→ヤンゴン。ヤンゴンからは、16時にピィ本線のバガン方面パコック行急行が発車した直後にインセイン行として発車。(インセイン到着後は、確かもう少々走るはずですが、撮影に余り適さない時間)