東方のあけぼの

政治、経済、外交、社会現象に付いての観察

&石原慎太郎くんに与うるの書三

2009-10-13 09:27:14 | 社会・経済

(最初からおびえるな)

だれも報告を見ないうちから150-200億円を無駄金とは言っていないと思うがな?

それをのっけから「無駄金批判は受けて立つ」というのは何かに脅えているからではないか。フロイト流にいえば「潜在的原罪意識による錯言」ということになる。やましいことがなければ、詳細な報告書を出しますから精査をお願いしますと言えばすむことだ。

こういうのを、下世話では「語るに落ちた」ハナシという。

12日の産経新聞「日本よ」の最後の段落はひどすぎる。倫理的なコンクリートブロックが欠落しているのだろうか。ダムの崩壊は間近いのか。

これが石原くんの本音の部分か。彼はおそらく生涯で初めての挫折だろう。そのショックで本性が現れたか、あるいは老耄による欠損か。

都の危機的な財政を立て直したといばるが、それは都知事の当然の仕事だ。これまでの知事がひどすぎたにしても、あくまでも比較の問題だ。石原くんは前任者よりはよくやったかもしれない。

自分から銅像を建ててくださいと言うものではなかろう。

余剰が出てきたからオリンピック招致に使うのもよかろう。大義名分がたって、活動の内容が納税者に納得がいくものならば何も問題はない。しかし、余剰を作ったのは石原個人だから、それを何に使おうが勝手だとか、どう使ったか報告する必要がないといえばキチガイあるいは犯罪人になる。

君は知事として当然の職務を果たして財政を立て直したとしよう。作られた金は都の金庫に納められるべきものだ。いいかえれば都民に返されるべきものだ。その金をつかうのに、都民の承認が必要なのはあたりまえではないか。

聖書のどこかにあったが、主人から留守中のブドウ園の管理をまかされたものが、儲けた金が主人の金で主人に返すべきであるにもかかわらず勝手に管理人が懐にいれた話がある。

それと同じだ。


+石原慎太郎くんに与うるの書二

2009-10-13 06:54:13 | 社会・経済

日本が豊富に持っているオリンピック招致の経験を学ぶ努力をしないで、従来からの信念をまげて、政治的スタンスに反するような行動をオリンピック招致のためにとる。分裂症的言動といわなければならない。

石原くんは、イスラエルの砂漠に叫ぶ預言者のようなところがあって、大いに善しとしていたのであるが、オリンピック招致の障害になると思うや、チャイナの前に膝を屈した。なんたることか。

それ以外にしたことといえば、マスコミに何度か取り上げられている豪華な視察旅行くらいのものであろうか。

イギリスのコンサルタントを雇ったらしいが、法外にぼられているのではないか。「日本よ」のなかで投票後イギリス人がプレゼンはよかったのに残念だと石原くんのところに来たとアリバイ的なことを書いているがこれはぼったくられたイギリスのコンサルタントにつながる人物ではないのか。

高い料金を取っていながらお役に立てなくて、と詫びに来ただけだろう。本来なら、石原君や東京都は契約不履行でそのコンサルタントを訴えるところだ。それが欧米的な常識だから、向こうは先手を打っただけだろう。

それを自分の正当化に使うなど笑止千万だ。だから世界でせせら笑われるのだ。

とにかく、それでも上記すべてを足しても150億円になるとは思われない。詳細な活動、会計報告を速やかに、つまり粉飾、晦渋化の余裕を与えずに、出させる必要がある。

& 最終プレゼンテーションに賭けるというか、すがるというか、そういう態度は一発逆転的な発想で、それまでの招致活動が失敗だったことを認識して、かつ国民、都民の批判をそれからかわす思惑があるようだ。

なんだか、第二次大戦で「本土決戦」で一発逆転という発想と酷似する。最後にはカミカゼが吹くと国民を欺くようなものだ。大本営の秘密主義、情報操作を批判するなら、こんどの数年間にわたる招致活動の節目節目(あるいは年次報告)での招致活動の自己評価を最終報告書で正直にしめすべきだろう。