10日の新聞見出しにはどでかい見出しで「家族の合意」という文字が躍る。
臓器移植ネットワーク医療本部長の小中某女が記者会見で高らかに宣言した。今回のケースで生前本人の明確な臓器提供拒否の表明がないうえに家族全員の合意を取り付けた(家族の総意)から手続き上は完ぺき以上だと言いたかったのだろう。
浅はかな女だ。前にも述べたように家族の説得過程に5日もかけて「総意」を勝ち取ったそうだが、その経過を完全に国民の前に可視化する義務がある。もし出来ないなら国会の証人喚問に呼び出すべきだ。改正法が適法に実施されたかどうか、大事な最初のケースだから徹底的に可視化可能な状況で国民の検証に晒すべきである。
また、これでもか、と自分の立場を補強するつもりなのだろう、死亡した本人も生前口頭で合意していたという。浅はかな女だ。余計なことをいうからますますボロが出る。
聞いてみると、臓器移植の問題をテレビで放映したときに、見ていた本人が家族に自分も提供したいといったという。これが正式、適法な意思表示とみなされるのか。バカも休み休み言え。
この「記憶」も臓器屋が無理やりに誘導してひねり出させたものだろう。
自分の臓器提供について拘束力のあることを言うのは、遺言の有効性と同じに考えなければいけない。口頭で言ったと記憶しているなどが証拠になるのか。
その時に遺言のように立会人もいないし、文書化もしていない。もしこの口頭の同意があったということを盾に取るなら小中某女は即刻刑事被告人となろう。
だいたい、常識で考えて御覧。家族とテレビを見ている。それはいろいろ感想をいうだろう。それはうたかたに本人にも忘れ去られることもあろう。十分にねれていない感想なんていくらでも出てくる。
それが本人の死後、遺言と同様に扱われたら本人が生きていたらどう思うだろうか。常識で考えればわかることだ。