詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

ハニ・アブ・アサド監督「クーリエ(過去を運ぶ男)」(★)

2012-07-29 11:18:43 | 映画


監督 ハニ・アブ・アサド 出演 ジェフリー・ディーン・モーガン、ジョシー・ホー、ティル・シュヴァイガー

 映像の色調が黒く冷たい感じで統一されている。登場人物は少ないわけではないのだが、その他の人物(エキストラ)が少ないので、これは変だなあ、と思ってしまう。ニューオリンズが舞台だが、街に人がいない。それが非常に奇妙なのである。
 まあ、この奇妙な雰囲気、情報量を極端に抑え、画面もカメラの力で押さえつけている感じは、「クーリエ(過去を運ぶ男)」という謎めいたというか、気取ったタイトルにはぴったりなのだが……。
 男に持ちかけられた仕事というのが「シーヴィル」(だったと思う)とかなんとかという聞き慣れない名前の男を探し出し、鞄を届けるというもの。この、なんとも不思議な仕事というよりも、私は、「シーヴィル」という繰り返し出てくる名前に、とても変な感じを持ってしまった。一回かぎりならそうでもないのだろうけれど、何度か出てくる。そこに「秘密」があるということは、うすうす感じられる。
 で、ね。
 私の感想は「ネタばらし」をして書いてしまうのだが、こんなひどいトリックは映画ではない。
 昔、クーブリックの「シャイニング」に「レッドラム」ということばが同じようにつかわれていたが、ちゃんと伏線として生きていた。子どもが鏡を見ながら、鏡のなかの自分と話す。そのとき「レッドラム」と口にする。一種の「予言」だね。子どもには「未来」ガ見える。そして、それは「鏡」に映っている。鏡文字なのだ。「レッドラム」は「マーダー」。これが、あの水平にすーっと動く揺れのない映像で展開されると、ぞくぞくっとするねえ。いま思い出してもこわい。いちばんこわい映画だ。
 脱線した。
 「シーヴィル」も鏡文字。エルビスである。(ほんとうの名前は、シーヴィルなんとかかんとかというのだが、どっちにしろ、まあ、エルビスのライブショーと関係があるということだけわかればいい。)--で、この映画がひどいのは、それを最後の最後になって、突然、秘密は「鏡文字にありました」というところである。実際、そこに突然「鏡」が出てくる。その直前にも、「エルビス」役の男が鏡をつかって扮装するところが出てくるが、主役の男と鏡の関係は、それ以前には出てこない。出てこなかったと思う。--つまり、「鏡」の伏線がなかった。シャイニングには最初から「鏡」がキー・アイテムとして登場していた。映像化されていた。
 で、この「鏡文字」の「エルビス」の登場によって、男は、実は、鏡に向き合うようにして自分の過去と向き合い、過去へ旅していた。そこには、男の隠された秘密があった……。という具合にストーリーは急展開する。
 まあ、それはそれでいいさ。映画なんだから、どんなふうに観客をだまそうと、それはそれでいいのだが、と言ってもいいかもしれないけれど。
 ひどいなあ。あまりにも、ひどい。
 これって、この展開の仕方、謎解きというのは、映画じゃなくて「小説」でしょ? しかも、英語の小説。日本語の字幕「シーヴィル」からエルビスはとても遠い。小説ならSIVLE→ELVISは鏡文字というか、逆並びは想像がつくが、日本語じゃわからないでしょ? 
 まあ、それやこれやで日本語のタイトルも「運び屋」や「配達人」では説明不足と感じ「過去を運ぶ男」という謎解きのための補助線を仕組んだのだろうけれど。
 ひどいね。がっかりだねえ。
 ジェフリー・ディーン・モーガンは、私は、スクリーンで見た記憶がないのだけれど、なかなかいい男である。かげりがあって、しかも線が細くない。目が大きいのだが、その目に憂いがある。哀愁がある。簡単に言うと、男臭い色男である。それが一生懸命肉体をつかって演技する。アクションが人間ぽい。トム・クルーズやなんかのように身軽で軽快ではない。そういう男が拷問にあって苦しむシーンというおまけまでついている。色男が血まみれになって苦しむというのは、何かぞくぞくさせるものがある。--こういう部分が、この映画の手柄である。そのいちばんの見せ場(?)にあわせて、全体の色調も統一する。そして、その色調の不思議な統一によって、これは実際の現実ではなく、ある特定の視点から見た世界ということを象徴するという具合に、とても手が込んではいるのだが……。
 しかしなあ。やっぱり「シーヴィル→エルビス」というのは、いくら舞台がニューオリンズといったって、日本人の観客には最後の最後までわからないよなあ。アメリカ人にだって、音を文字化するという習慣がない人にはわからないと思う。
 原作があるのかどうかわからないが、「小説」を「原文(英語)」で読むなら、この「謎解き」アクションはそれなりにおもしろいと思う。

 ジェフリー・ディーン・モーガン。こんな色男がいたのかと、確認するだけになら見てもいい映画。色の統一感から映画のテクニックを学ぶということの参考にもなるかもしれない。でも、この映画から映画のカタルシスを期待して見にゆくとがっかりします。
                        (2012年07月28日、中州大洋4)



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