詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

黒岩隆「蔦紅葉」、中井ひさ子「毒」、吉本洋子「かたんかたん」

2019-09-03 10:08:48 | 詩(雑誌・同人誌)
黒岩隆「蔦紅葉」、中井ひさ子「毒」、吉本洋子「かたんかたん」(「孔雀船」93、2019年01月15日発行)

 黒岩隆「蔦紅葉」。

いつも待っていたのだ

月光のなか
裏庭の蔦が
垣を乗り越え
異様な速度で繁茂してゆく

藪を覆い 木立に絡み
蔦は魔の吸盤で
約束で動けぬものに
這い寄ってゆく

藪はまどろむ象となり
木立は火をなす龍となり

 黒岩はワープロをつかっているのかどうかわからないが、ここには「手書き」のリズムがある。かつて、詩は、こんなふうに一行一行が短く刈り込まれていた。たぶん、何度でも書き直すことで、凝縮するのだろう。
 「約束で動けぬもの」とは何の言い換えだろう。黒岩が見ている何か、しかし、それに与えられている名前(ことば)とは違うものを見ていて、それがこういう間接的なことばになっているのだが。
 その「約束で動けぬもの」は、這い寄ってきた蔦を通して、突然「自己」を語る。

藪はまどろむ象となり
木立は火をなす龍となり

 封じこめられていたのは「象」であり「龍」である。「象」は実在する生き物だが「龍」は想像の生き物である。
 「約束で動けぬもの」のなかには、想像力が動いている。
 想像力が蔦を突き破ったのか、蔦が想像力を吸収し、蔦自身が変身したのか。

逢魔が時
こころに茂った私の蔦は
空に伸び
電線を伝い
あかあかと翻り
地吹雪の湿原を這い
立ち尽くす凍鶴に
触るだろう

鶴は
たゆたう丹の塔になり
一度だけ カランと
鐘を鳴らすだろう
約束は
まだ守られてゆくだろう

いつも待っていたのだ

 「約束」がふたたび出てくる。この「約束」は、黒岩が黒岩に課した「約束」だろう。それを黒岩は、まだ、守っていく。
 破りたい思いがあるかもしれない。けれども、破らないと決めているのだ。
 想像の「龍」は、現実とも夢とも受け止めることができる「凍鶴」に触れる。触れた瞬間、「凍鶴」になるのだろう。これが黒岩の、黒岩自身の「制御」の仕方になる。
 「カラン」と鳴った「鐘」。それは、この詩のことでもあるだろう。

 詩は、黒岩がやってくること、黒岩が鐘の音を聞くことを待っていたのか。あるいは、黒岩が詩がやってくることを待っていたのか。
 私は、前者を取る。

 中井ひさ子「毒」の抑制は、黒岩とは趣が違う。

アパートの
鉄の階段下から

どくだみの
白い口が
声をかけてくる

毒けしお飲みよ

友に
渡された
毒ある言葉
からだのなかに
沈めたら

密かに育てる
楽しさ知った

にこやかに
手渡す先も決めてある

 中井もまた「待って」いるのだが、その「待ち方」が違う。もう狙いは決めている。ひそかな「約束」は「秘密」である。

 しかし、人の「約束」、何かを「覚えている」ことの「覚え方」は多様である。
 吉本洋子「かたんかたん」は、こう書いている。

声帯が弱い生き物は飼い易いのよ
発声能力が低い種族に生まれついて
偉い人たちに言い含められたのでしょうか
この国の狭小住宅に暮らす私たちには
小さななきごえは聞こえない
研ぎ澄まされた耳は急所だから
引っ張ったりしないで下さい
どんな生き物にもこころがあって
痛いと泣き声を出します
幼稚園の先生に教わったのに
ごめんね年を取ったら何でも忘れてしまう

 「忘れてしまう」と書いているが、「教わった」ということは覚えている。それが吉本を刺戟する。







*

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