約束 | |
葉山 美玖 | |
コールサック社 |
葉山美玖『約束』(コールサック社、2019年07月20日発行)
葉山美玖『約束』の巻頭の「生まれる」は説明が不十分なところが詩になっている。散文になる寸前で中断してしまう。
1964年9月25日
東京広尾の愛育病院の一室で
私は生まれた
これは「事実」だろう。「事実」だけれど「一室」が実は余剰である。そして、そこに詩の萌芽がある。なぜ「一室」と書いたのか。「一室」と書くことで、葉山は葉山を葉山にしている。「ひとり」を意識している。
新幹線開通の年
さびれた単線電車のプラットフォームで
私は生まれた
二連目で、「一室」は「プラットフォーム」にかわる。新幹線のプラットフォームではなく「さびれた単線電車の」と書くところに、「一室性」があらわれている。すべてのひとに認識されているわけではない。「孤」、あるいは「個」への指向がここにある。
東京オリンピックの年
アベベ・ビキラの踏みつけた足の裏で
私は生まれた
ベトナム戦争勃発の年
トンキン湾で
私は生まれた
ビートルズが初来日した年
熱狂するファンの女の子の子宮に
私は生まれた
1964年
私は
そこかしこで生まれた
「そこかしこ」は孤立しているが、葉山によって結びつけられる。その結合体として葉山が存在する。それはいつでも「個(孤)」へ分離していくということでもある。
この接続と分離(切断)を葉山は、次々に別の詩のなかで展開する。
「帝国の逆襲」のTシャツを着た私は
一番近くのコンビニで
ベトナム男子の店員から
フライパンとほうじ茶ラテを袋に入れてもらう
ここが私の夜の休憩所
グエン君の黒縁眼鏡は
日本へ来るために
毎日がり勉した名残りなのかもしれない
「日本へ来るために/毎日がり勉した名残りなのかもしれない」は過剰(余剰)である。そしてひとは過剰/余剰によって自分をはみ出し、他人と接続する。あふれだしていかなければ、それは自分をこわしてしまうものでもある。過剰/余剰を受け止めてくれるものを葉山は探している。それを「孤独」と呼ぶと、過剰/余剰は抒情になる。
いつも通行人に挨拶を欠かさない
ネパール料理店の看板の
慣れない手つきのひらがなが目に鮮やかで
店の裏に積まれたキャンベルのトマトスープ缶が
24時間働け!と嘯いている
深夜営業のタクシーが流してゆく
客も乗せずに
夜のジャングルを流してゆく
「24時間」以降が、「事実」になりきれていな感じがする。特に「夜のジャングル」というのは葉山が見たものというよりも、すでに多くのひとが見て、「定型」にしてしまった風景である。グエン君の黒縁眼鏡やネパール料理店のひらがなのような「個」になっていない。そういうものをまぜることによって、「個」を際立たせているのかもしれないが。
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