世界の終わりの日 (ブックレット詩集16) | |
モノクローム・プロジェクト発行 | |
らんか社 |
草野理恵子『世界の終わりの日』(モノクローム・プロジェクト、2019年09月20日発行)
草野理恵子『世界の終わりの日』は、物語から詩がはみ出してゆくのか、詩から物語がはみ出してゆくのか。読む人の好みによって判断が分かれるだろう。
「孤島の水族館」の書き出し。
湾の中に浮かぶ孤島の水族館には客が一人もいなかった
空は寒々と墨色を深くし紐のような雨を降らせ
魚たちは鰓を使って手繰り寄せ昇っていった
足元に落ちている輪ゴムは湿り気を帯びて白く変色していた
これは小説の書き出しにもなりうると思う。四行目の「輪ゴム」には「過去(来歴)」があり、そこに物語が隠れている。輪ゴムの「湿り気を帯びて白く変色していた」は、そこにしかない「事実」であり、それは詩であると同時に物語である。
飼育員は嗚咽のような声を出した
吃音だったのかもしれない
私の目を見つめ続け
片肺を取ったためなのか体が傾いたまま
ここでは「吃音」「片肺」が世界を動かしている。しかも、急だ。過去はゆっくりとあらわれてくるとき効果的だが、あまり早いと「わざとらしさ」が気になる。「わざと」は詩のためのものである。散文は「わざと」をつけくわえるときは、どこか一か所でいい。つまり、泣かせどころ。ふたつの過去が急に出てくると、物語が強引に動かされている感じがする。それは逆に言うと「吃音」「片肺をとったためなのか体が傾いた」の両方を詩にしたいという草野の「欲望」が見える、ということ。
物語(引用しなかった部分)を奥へ引っ込めた方が、作品として強固になると思う。
「黄色いアヒル」にも同じことを感じた。
私はずっと病気だったので風呂というものにあまり入ったことがなかった
その頃もまだ歩けなかったが
なぜか一人で風呂に入ったことがあった
窓からは山々が見え陽の光がまっすぐに差しこんできた
湯に当たったその光線があまりにきつく
私の腹を刺すかに思えた
湯に浮かんだプラスチックのアヒルが遮り
アヒルはゲコとカエルのような声をだした
「ゲコとカエルのような声をだした」が強い。そこには草野しか知らない「事実」がある。誰もが聞いたことがあるかもしれない。けれどことばにしてこなかった「事実」、その音を「ゲコ」と聞き取ったという正直がある。
次の連も印象的だ。
深い色の沼の水面に黄色いアヒルが揺れている
湯船のような沼に雨が降り注ぎアヒルを叩き続けている
決してアヒルは沈むことなく水面によみがえる
私は首まで沼に浸かりアヒルに手を差しだした
アヒルがじっと見ていた
風呂のアヒルに美しい黒い目がついていることをはじめて知った
「黒い目」の発見がとても強い。
でも、私は途中にはさまれた物語にはあまり感心しない。物語を土台にしないと詩が動きにくいのかもしれないが、詩が動いたら物語を消す(削除する)ということを試みてもいいのではないか、と思った。そうした方が、物語が「読者」のものになる。「意味」というのは誰もがもっている。でも、詩は、誰もがもっているのものではなく、ある瞬間に発見されて、そのとき突然存在するものだ。
一方、草野には、こういう文体もある。「孤島」の一連目。
歯に似た小さな花が足元に咲き乱れている
足を取られて何度も転んでしまう
その度に少しずつ小さな花に噛まれていった
それは恩寵のような至福の痛みだった
「恩寵のような至福の/痛み」という二重修飾がうるさいが、「歯に似た小さな花」と「小さな花に噛まれていった」の論理は、その過剰な論理ゆえにとても楽しい。ちょっとイタロ・カルビーノを思い出した。詩を捨てて、散文に徹底してみるのもおもしろいかもしれない。
詩と散文。どちらが草野の本質なのか、よくわからない。
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