豊原清明『白い夏の死』(ふたば工房、2021年01月31日発行)
豊原清明『白い夏の死』の「あとがき詩」の書き出し。
深爪の指の痛みに悶えながら
生活している
蜘蛛が 生き写しの蜘蛛が今日も
現れないでいて
この家のどこかに棲んでいる
「生き写しの蜘蛛」とは何だろうか。「蜘蛛」そのものではない。豊原に蜘蛛として認識されている何か。その何かをあえて言えば「生き写しの蜘蛛」ということになるのだろう。それが、
現れないでいて
と言い直される。「現れない」から、ふつうに考えればいるかいないかは、わからない。いないと考えてもかまわない。しかし、豊原には「いる」ことがわかっている。
「どこかに棲んでいる」は、どこかに「隠れている」なのだが、「隠れている」だけではなく、隠れて「生活している」。
豊原が「深爪の指の痛みに悶えながら/生活しているように」、「生き写しの蜘蛛」は隠れて生活しているのだ。
この家
で。「この家」の「この」には、深爪のように「痛み」がこもっている。「悶え」が動いている。
この一連目を、二連目で、こう言い直している。
暗い壁が目前にあって
乗り越えられない
壁が
壁に囲まれて
クラッシュされて 繰り返される 壁潰し
この壁は壊れることがない
ここにも「この」が出てくる。でも、その「この」は何を指しているのか。目の前にある「暗い壁」なのかもしれないが、その「この/暗い壁」は、別の「壁に囲まれて」ているから、「この壁」というよりも「あの壁」だろう。しかし、豊原は「あの」を「この」と言い換えている。「あの」と「この」では「この」の方が切実である。「あの」なのに、いつも「目前」にあって、つねに「乗り越えられない」という気持ちを生み出すのである。
でも、こういう「意味」は書いてもしようがない。それは私の「誤読」であって、豊原は「壁」の向うにいて、豊原の世界を生きている。
私は、次のようなことばの展開が好きだ。
人は家の中の静物
おしっこする草のように
空しいことに金をかける風賭博の亀
匙の入った
ヨーグルト容器
おねんねする石と石 (荒地の心)
思わず歩道に「私」を放つ
サト子は傲慢な女か
知るはずもない
電柱に隠れて
人様のラインを見る「私」には
わかりようもない
すべてが絵空事の関係
ある朝
ハンバーガーマクドナルドの前で
サト子は立っていた
フィッシュバーガーを口にして
唇に汁が着き
備え付けの紙切れで拭う
口紅が乱れて
ぐちゃぐちゃになった (悦楽・サト子 ラインを引く)
「ラインを見る」はスマートフォンのアプリではなく、人の「輪郭」と読みたい。
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