詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

君野隆久「大黒町通」

2021-04-26 09:35:55 | 詩(雑誌・同人誌)

君野隆久「大黒町通」(「左庭」46、2021年02月12日発行)

 君野隆久「大黒町通」は全行引用したくなるおもしろい詩だ。でも、長くて引用できない。一部だけ引用する。

「夜」という長い詩を書こうとずっと思っていた
真夜中に松明のはぜる音を人々が聞いている場面から始まり
円筒形のものが風を切る音や
警報や子どもの叫び
さまざまな物音のあと
この詩はやがて空があかるみはじめる予兆の寸前で終わる予定だった
しかし考えてみれば自分の生はどうみても夜ではない


 と、始まる。まあ、いろいろなことを考えながら、缶ビールをもって(当然、飲みながら)大黒町通を歩く、歩きながら考えたことを書く。そういう詩である。
 こういう作品の場合、ことばが「正直」であるかどうかだけが重要になる。どんな詩でも「正直」が重要だが、ぼんやりと考えたことを考えたままに書くときには、とくに重要である。
 君野の「正直」は、書き出しの一行の「ずっと」のなかにある。持続である。その持続は、この詩を読めばわかるが「一生懸命の持続」というよりも、かなり「だらだら」した持続である。だから、人によっては「持続」とか「ずっと」とかという表現はつかわずに「だらだら」と呼ぶかもしれない。他人からみればもちろん「だらだら」でもあるし、自分で振り返ってみても「だらだら」かもしれない。でも、自分のことだから、そこで「だらだら」と言わずに「ずっと」と言って、少し自分を励ます。

古色の残るこの街も土地のところどころが
移植のため外科医に切り取られた皮膚のように
方形の更地になっている
奥に細長い家屋がぽっかり空無になると
隣り合っていた建物の無防備な壁や小窓が視線と空にさらされて
居心地悪そうにしている


 いま、地方の町にかぎらず、かなりおおきな町でもこうした風景に出会う。おもしろいのは「移植のため外科医に切り取られた皮膚のように」という比喩である。どうしてこんなおもしろい比喩がやってきたのか。君野は自分の皮膚をだれかに提供したことがあるのか。あるいは、自分の皮膚を自分の患部に移植したことがあるのか。それとも君野は外科医なのか。よくわからないが、ここには独特の「来歴」がある。舞台に役者が登場した瞬間、「存在感」を感じることがある。私の知らない「来歴」を抱え込んで舞台に出てきている。それが知りたい、という欲望に突き動かされて役者に視線が集中する。そのときに似た感じ。えっ、君野って、どういう人間? こんなふうに「正直」に「来歴」をさらけだして、これからどこへ動いていく?
 「耳塚」を見る。

(それはまったく異様なほどの大きさだ)
豊臣秀吉が慶長の役で削いだ朝鮮や明の人の耳や鼻を葬ったという
ばからしい話だ
人を殺してそれを祀る
まつるくらいなら最初から殺さなければいい


 この「耳塚」の「耳や鼻を」「削いで」のなかには、先に引用した「外科医の皮膚の切り取り」に通じるものがある。耳や鼻を削いでも「致命傷」というわけではないが、そこには、事故や病気で死ぬのとは違った、なまなましいうごめきがある。
 こうしたことばを経て、詩は急展開する。

だけどおまえも人を殺したな
おまえは母を殺した
それから女を殺した
子どもと
若い人間もたくさん殺した
おまえはそれを供養してもいない
胸にあるのは耳塚よりももっと生臭い貝塚ではないか
だから昼間から酒を飲んでごまかそうとしているのではないか


 ここにある「人を殺した」は、ほんとうの「殺人」ではない。比喩である。「たくさん殺した」君野が、詩を書いているとは思えない。
 で、その比喩の先に「耳塚よりももっと生臭い」ということばがでてくる。この「よりもっと」にも、私は、最初に触れた「ずっと」に通じるものを感じた。「もっと」は強調。「ずっと」も強調である。「よりもっと」は「より」ということばがつけくわわって強調がさらに強調されている。
 君野は、そういう「強調」のなかへ入っていくのである。
 引用が前後するが、「外科医」が出てくる連の最後に、こういう二行がある。

すこしずつ自分の船底が
路の古びた含羞と同期してくる気がする


 「同期してくる気がする」。ここには、ある方向へ動き続ける動きがある。方向が決まるというのは、一種の「強調」である。そして、それは「すこしずつ」なのである。この「すこしずつ」というのは「ずっと」に通じる「持続」である。「よりもっと」というのも、持続し、その結果「すこしずつ」が積み重なって、ひとつの「結果」になる。
 こういう変化が「正直」に書かれている。
 最終連の一行目。

耳塚から北へ上がる路幅はいちだん狭くなる


 ここには「いちだん」ということばが書かれている。「ずっと」「もっと」「いちだん」は、そのことばがなくても「大筋の意味(概略)」は通じる。何かと比較して「ずっと」「もっと」「いちだん」というのだが、そのとき、そこには何らかの「基準/起点」というものがある。それを君野は守り通している。
 何を守り通しているのか、私は、君野を個人的に知らない。(君野の詩を初めて読んだと思う。かつて読んでいたとしても、記憶にない。私はすでに認知症である。)だから、何を守り通しているのか、具体的には書けないが(推測できないが)、守り通しているものがあるということろに「正直」を感じるのである。私はそういうことを感じさせてくれることばを含んだ詩が好きだ。「ずっと」「もっと」に正直な思想(肉体)を感じる。

 

 

 

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