詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

谷川俊太郎「かみきれ」、池井昌樹「つげさん」

2021-04-15 10:00:31 | 詩(雑誌・同人誌)

谷川俊太郎「かみきれ」、池井昌樹「つげさん」(「森羅」28、2021年05月09日発行)

 谷川俊太郎「かみきれ」の冒頭。
<blockquote>
なにかかいた
そのかみきれが
みつからない
なにをかいたのか
かいたのは
わたしだったのか
</blockquote>
 全行、ひらがな。
 池井もひらがなで書いている。そして、「森羅」は池井の手書きの文字で発行されている。この作品も同じ。そのため、一瞬、奇妙な印象にとらわれる。
 池井の作品?
 と、思ってしまうのだ。この思いを振り切るにはかなり「労力」がいる。池井のことばのうごきとは違うのだが、「肉筆」の、その「肉」が池井の形で迫ってくるのである。これを振り切るには、目で読むだけではダメだ。ワープロに打ち直し、「活字」にしないといけない。
<blockquote>
みなれたものばかりが
めにはいる
ちゃわん
しきぶとん
ちびたえんぴつ
あきびん
おはじきひとつ
おばは
いつからか
つえを
つくようになった
</blockquote>
 ここまでワープロで打ち直すと、あ、池井は違うな、と納得できる。「ちびたえんぴつ」「おはじき」は池井も書くかもしれない。でも「おはじきひとつ」の「ひとつ」は書かないだろう。さらに「おばは/いつからか/つえを/つくようになった」は絶対にかかないなあ。「おば」という不思議な距離感。肉親には違いないが、いっしょの家に住む感じではない。どこか「客観的」な肉親。
 この「客観性」が、たぶん、谷川の特徴。
 べたべたしない。どろどろしない。
 書き写す前、私は「おば」を「おばばは」と読んでしまったが、池井なら「おばば(祖母)」になるはずだ。
 で、そのあと。
<blockquote>
はなれたものを
ばらばらに
とびちったものを
ひとつか
ふたつに
まとめたくて
うたに
したくて
かいた
ことばだった
</blockquote>
 「はなれたもの」「ばらばらに/とびちったもの」は、池井には存在しない。孤立しているように見えるものがあるかもしれないが、それは孤立していない。池井が見るものは、かならず池井を超える存在とつながっており、何かを見ること(書くこと)は池井を超える存在とつながることなのだ。
 「はなれたもの」を「まとめる」ということを池井はしない。
 逆に言えば、谷川は、「はなれたもの」を「まとめる」ことによって、谷川自身をそこに出現させる。谷川は、谷川を超えるもの、ではなく、谷川自身を見つけるのである。
<blockquote>
なにを
かいたのか
その
かみきれが
どこかに
あるはずだが
どこにも
みつからない
みつからない
</blockquote>
 この繰り返しは池井が乗り移ったように見えるが、「みつからない/みつからない」は、やはり微妙に違う。
 あくまで、谷川は、谷川自身を探している。
 そして、
<blockquote>
みつからない
とくりかえしていると
そらには
よるになれば
ほしがみえてしまうと
こころぼそく
</blockquote>
 あ、宇宙と孤独(こころぼそく)。
 谷川は、自分自身と向き合うとき、それは宇宙と向き合い、自分の孤独を確かめるのである。
 谷川は、だれか(自分を超えるいのち/血/肉体)とつながるのではなく、宇宙とつながる。自分を宇宙の中においてしまう。
 この「宇宙」を谷川は、最後に、こんなふうに言い直している。
<blockquote>
いっそ
おおわらい
すればいいと
おもう
ああ
あのかみきれ
えではなく
ことばを
かいたはずの
かみきれ
そのかみきれは
かいたことばごと
みつからなくて
もういい
</blockquote>
 「ことば」である。「えではなく」とわざわざ断わっている。「ことば」が谷川にとっての宇宙である。「ことば」とつながることで谷川は「宇宙」を手に入れる。あるいは逆に「宇宙」とつながることで「ことば」を手に入れる、といってもいいかもしれない。
 そういうところが、谷川と池井の違いだ。
 そして、もうひとつ。
<blockquote>
おおわらい
</blockquote>
 これは、自分を意味から解放してしまう「ナンセンス」の笑いである。これも池井にはないものだ。
 最後の「もういい」はあきらめではなく、「ナンセンス」のだめ押しである。
 

 池井昌樹「つげさん」の全行。
<blockquote>
つげさんのことおもいだす
つまとことつましいゆうげ
にざかななんかつついてる
まんぞくそうなよこがおを
いつかだれかにえがかれた
えにっきのなか
あのよこがおを
つげさんのことはしらない
それからのこともしらない
それなのに
なぜだろう
つげさんのことおもいだす
おもいだすたびほっとして
いきている
ぼくもまた
いつかだれかにえがかれた
えにっきのなか
あんなかおして
</blockquote>
 「つげさん」とは漫画家、つげ義春のことだろう。池井とつげは面識はない。「しらない」と書いている。しかし、これはあくまで、個人的な接触はないということであって、思い入れとしてはつげとつながっている。熟知している。その「熟知」というのは、つげの暮らしを池井が「肉体」で繰り返すことで、つげのいのち(生き方/思想/肉体)につながるということである。「つまとことつましいゆうげ/にざかななんかつついてる」とは、池井の自画像であり、理想像(普遍像=永遠の姿)なのだ。それは「えがく」という動詞によって、複数の人間関係の中へ広がっていく。「宇宙」ではなく「世間」に広がっていく。

 あたりまえのことだが、谷川と池井は、まったく違う人間なのだ。同じように「ひらがな」で詩を書いても。

 


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