橘上『SUPREME has com』(いぬのせなか座、2023年01月31日発行)
橘上『SUPREME has com』は、松村翔子、山田亮太と一緒に出版した4冊組の『TEXT BY NO TEXT』の1。
それ以上、書くことはない。
ことばは、私にとってはいちばん大切なものである。ことばがないと考えることができないからである。そしてことばで考えるということは「文体」を生きるということである。
最近、私は、スペインの詩人と知り合い、彼といっしょにスペインの作家の文章を読んでいるのだが、スペイン語であっても、私は日本語を読むときと同じ読み方をしてしまう。いくつかの動詞、いくつかの名詞の呼応のなかから、そのことばのなかで動いている肉体を考える。つまりことばをとおして肉体を重ねる。そのなかで世界をつかむ。
ときどき、それがまったくできないときがある。
きのう送られてきたテキストは、子どもが、自分の持っている鞄の匂いを気にする内容だった。鞄が臭い。それは、動物の皮をなめしてつくるときのにおいである。日にさらされてにおいを持つ。想像はできるが、私は、そういう体験をしたことがない。
つまり、そのにおいが持つ、生と死の交錯、それにかかわる人間の暴力というものを、頭で想像できるけれど、肉体として思い出せない。そういうものを出発点として、私は「考える」ということができない。まだ、ことばになっていないものを感じるということはできない。どこまでが、すでにことばになっていることか、わからないからだ。
「においを感じる」「においからさまざまなことを知る」という「文体」を生きることはできるが、その「におい」が狩猟と関係づけられるとき、私はその「文体」を生きることはできない。単に、想像するだけだ。そして、私は「想像」を語ることを好まない。すっかり面倒くさくなってしまった。
書くことはない、と書いたし、書いてもしようがないと思うが。たとえば、「現代はもう現代詩(NO シャブ NO LIFE EDIT)」のなかに、こんな行がある。
「同じことを知っているお友達と、お友達にしか通じない言葉で」
「死ぬまで会話のパーティーしてればいいじゃん(いいじゃん!)」
私は、私のことばがだれかに通じるとは、もう考えていない。通じなくても、ぜんぜんかまわないと考えている。だれかに通じるように考えるのではなく、私には考えたいことがあるから考える。そして、私の考えていることがいったいどこにたどりつくのか私は知らない。だから、もし私のことばが通じたとしても、そんなことはもう私には関係ないこと、知らないこと、どうでもいいことである。
だから、自分では何も書かなかった(ことばを残そうとはしなかった?)、ソクラテスは偉大だなあ、と私は心底思うのだが、そんなことを思っていると、こういう行が待ち受けている。
「アンタは何を知ってるの?」
「俺はなんにも知らねぇぜ」
「知らないふりするな!」
「俺が何を知ってて何を知らないか、アンタ知ってるの?」
でも、ソクラテスは「俺が何を知ってて何を知らないか、アンタ知ってるの?」とは言わないだろうなあと感じる。「アンタは何でも知っている。しかし、俺は何にも知らない」とは言うかもしれない。
そういう気持ちなのだ、私は。
橘上は、橘上が書いていることはもちろん書いてないことも何でも知っているのだろう。しかし、私は橘上が書いていることは何にも知らない。
橘上『SUPREME has com』は、松村翔子、山田亮太と一緒に出版した4冊組の『TEXT BY NO TEXT』の1。それ以上、書くことはない、とはそういう意味である。
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