詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

Antonio Baños「ME DUELE EL CORAZÓN 」

2023-04-22 23:33:21 | 詩集

Antonio Baños「ME DUELE EL CORAZÓN 」("Cuando se rompe el silencio" )

 スペインの詩人の詩は、ロマンチックである。Antonio Baños の詩を読んだ。

ME DUELE EL CORAZÓN

Me duele el corazón de no verte.

Me duele cuando despierto de mi nostalgia,
cuando escucho la alondra cantando en mis silencios,

cuando los atardeceres de mis días finitos suenan en la lejanía sin sonido aparente. 

Me duele el corazón de no verte.

Me duele, cuando la vela de mi vida
se consume lenta, irremediablemente,

cuando la leña de nuestros deseos
cruje como llanto de ausencia y desespero.

Me duele el corazón de no verte.

Me duele cuando mis manos solo acarician recuerdos,
cuando rozo tu piel en la retina de mis ojos,
cuando todo expira en mí, no tu recuerdo.

Me duele el corazón de no verte.

Porque… el amor duele,
duele de tanto querer,
duele de querer quererte

 二つのことば(フレーズ)が繰り返される。それが音楽的な効果を上げている。ひとつは「Me duele el coraz n de no verte 」、もうひとつは「cuando」。このとき「cuando」以下のことばが少しずつ変化していく。目覚めから、人生の夕方、そして、夜。暖炉で燃える薪の炎は、詩人の欲望の炎である。その赤い炎は太陽を思い出させるように、いまはそこにいない「あなた」を思い起こさせる。
 そして、最終連なのだが。
 ここでは「cuando」はつかわれない。かわりに「porque」(なぜなら)がつかわれる。同時に「no verte」がつかわれずに「quererte」が登場する。
 このことは、なにを意味するか。
 繰り返される「cuando」は「porque」と言い換えられる。「no verte」は「quererte」と言い換えられる。つまり、意味としては「cuando=porque」、「no verte=quererte」なのである。そして、それを言い換え、同じものであると感じたとき、この詩は、Antonio のものではなく、読者のものになる。


あなたに会えなくて心が痛む。

憧れから目が覚め
私の静寂の中でヒバリが歌うのを聞くとき

私の残りの日々を知らせる夕日が
音もなく遠くで鳴り響くとき

あなたに会えなくて心が痛む

私の人生のキャンドルが
ゆっくりと無情にも燃えていくとき

不在と絶望の叫びのように
欲望の薪がパチパチと音を立てるとき

あなたに会えなくて心が痛む

私の手が思い出を撫でるとき
目の網膜にあなたの肌がよみがえるとき
あなたの記憶ではなく
私の記憶が消えていくとき

あなたに会えなくて心が痛む

なぜなら... あなたを思うとき
愛が、あなたを愛しすぎた愛が
その激しさで私を傷つけるから

 


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高柳誠『輾転反側する鱏たちへの挽歌のために』

2023-04-22 21:51:27 | 詩集

 

 高柳誠『輾転反側する鱏たちへの挽歌のために』を開いて、私は、困惑する。行分け詩、いわゆるふつうの詩のスタイルなのだが、各行が長く、ほとんど同じである。同じ長さの行でそろえられた詩もある。標題になっている作品の冒頭。

輾転反側する?たちへの挽歌のために
まずは斬首された蛸が用意されるべきであろう
慟哭に沈潜する深海魚の群れに一錠の光がさして
海溝はおのれの内なる深淵の詭計に耐ええずに
狂い咲きのサンゴを沈黙の岸辺に投げつける
析出し続ける半島の白亜紀になずむ堆積から
喪われた時の骨格がしずかに浮き上がる
両側にかしずく白鳥の翼をもつ双生児たち
その影に怯える夥しい魚卵の鮮明な痕跡は
瀝青の内部に隠された生命進化の遍歴譚に
自らのありうべき肖像を加えようと企てる

  最初の方こそ一行の長さが乱れているが、それが少しずつ調子をあわせ、同じ長さになる。これは、ある意味では読みにくい(リズムを強制される)が、その読みにくさが、なんといえばいいのか、船酔いのような愉悦を誘う。苦しいのだけれど、不思議な誘惑がある。
 そして、そう書いた瞬間に思うのだが。
 これは高柳が企てたものなのか、それともことばが高柳をそそのかして、そうさせているのか。
 そもそも、この詩集は何を狙って書かれたものなのか。もちろん、詩人は最初からすべての計画を立てて、それにあわせてことばを動かしていくわけではないだろうけれど、詩人を最初にこの一群の作品に駆り立てたものは何なのか。なぜ、高柳は、短文スタイルではなくて行分けにしたのか。
 こういうことは、真剣に、あるいは厳密に、「調査」してはいけない。直感で、何かをいわなければならない。
 この詩で(その書き出しで)印象に残るのは、各行の長さである。これと、視覚の印象。その視覚の印象には感じが多いということも加わる。ことばのスピードが漢字によって加速し、そこには何かが隠されているという感じがする。何が隠されているか。音である。
 漢字は表意文字。意味を持っている。鱏はエイと読むのか、カジキと読むのか。どちらたぶんエイと読ませるだと思うが、かわらかなくても、魚であるということがわかる。そして、それを読んでみたい(音にしてみたい)という気持ちにも誘い出す。
 それは鱏という一文字よりも、一行全体として、何か「音」を誘ってくる仕組みをもっている。
 一行目。

はんてんめんそくするえいたちへのばんかのために

 「ん」の音が繰り返し登場し、一行を短く感じさせる。二行目は「された」「される」「まず」「ざんしゅ」というさ行濁音、それは「された」「される」のさ行とも呼応する。三行目は「ちんせん」「しんかい」、「ちんせん」「いちじょう」「さして」の「ち」、さ行、ざ行の交錯。
 この「音」は、もしかすると、実際に「声」にだしたときの音ではないかもしれない。少なくとも、私は声に出して音を確認するわけではなく、耳がかってに、いや、喉や舌がかってに肉体の中につくりだし響かせる音であって、それが積み重なって響くのである。
 私は「交響曲」の楽譜は読むことができないが、高柳の今回の詩集は、肉体を総動員してことばの「音(その音楽)」を聞くための詩でできているのかもしれない。

 そういえば。
 というのは変な理屈だけれど。楽譜の左右の長さはみんな一定だよね。そのなかで音が上下に動くと同時に、音の長短(音符の長さ)が変化し、全体を立体的にする。
 高柳の「音」の響きあいは「和音」、その繰り返しの「間隔」は「リズムの変化」(こう言っていいのかな?)を表現しているかもしれない。
 音楽(交響曲)に意味がないように(あるのかもしれないが)、詩も、意味がなくてもいい。音とリズムがあって、それに肉体ひたすとき、肉体のなかからことば(声)を発するときの喜びが沸き上がってくれば、それでいい、ということがあってもいいと思う。
 この表題作は、こう締めくくられている。

アルゴマン花崗岩の秘匿された喜びの歌に
始原の闇の欠片が雲母となって紛れ込んで
造山運動の底に眠る通奏低音をゆり起こす
大地の亀裂から鮮烈な熱泉が吹き上がり
世界は眠たげな黄昏一色に染められる
夏の両腕に抱き取られた夕景を受肉しながら


 「秘匿された喜びの歌」がこの詩にはあり、それは「通奏低音」である。「雲母」には「きらら」とルビがふってあるのだが、それは「欠片」を「かけら」と読ませるためかもしれない、というようなことも、私は思うのだった。

 


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