詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

谷川俊太郎「かなしみ」ほか

2023-04-15 22:59:19 | 現代詩講座

谷川俊太郎「かなしみ」ほか(朝日カルチャーセンター、2023年04月03日)

 受講生が持ち寄った著名人の詩を中心に読んだ。

花明り  東山魁夷

花は紺青に暮れた東山を背景に、
繚乱と咲き匂っている。
この一株のしだれ桜に、
京の春の豪華を聚め尽くしたかのように。
山の頂が明らむと、月がわずかに覗き出る。
丸い大きな月。
静かに古代紫の空に浮かび上がり、
花はいま月を見上げる。
月も花を見る。
これを巡り合わせというのだろうか。
これをいのちというのだろうか。

 日本的、古典的、格調高い……東山魁夷自身の絵を、もう一度、ことばで再現したような作品だ。「古代紫」「繚乱」ということばのほかに「聚め尽くした」という少し変わった文字遣いのことばもある。一種の「気取り」かもしれないが、こういうことばのつかい方は、詩にとっては大切なことである。つまり、「ふつうのことばとは違う」という印象をうむことばが。それが「豪華」というものだろう。
 この詩は、しかし、そうした「豪華」なことばのあとに、

これをいのちというのだろうか。

 という一行があることだろう。花(さくら)と月の「巡り合わせ」に同席する。それができるのは「いのち」があるからだ。生きているからだ。この「いのち」は生きていてしあわせという喜びだけではなく、「いのち」がつづいていく喜び、作者の「いのち」をこえて、花と月、宇宙が生きていくという発見が突き動かしたことばだと思う。
 最後の一行がなければ、美しいことばを組み立てた、美しい世界でおわっている。「いのち」ということばが、完結した世界を破壊し、押し広げている。

秋夜 算数  伊東信吉

終りコオロギらしい虫が鳴いている。
ひそひそ絶え絶え泣いている。

師走入りの前夜、十一月三十日の燈下に、
孫むすめと遊んでる。

七十余歳下のはるかな年齢(ところ)から来て。
掌(て)に包みこんだ、

玩具ふう計算器から、手軽に、
彼女が数え取る。

満九十三歳は正味九十二年です。
そう?
ここで、算用数字に字(じ)変(がわ)りします。

 1年365 日×92年=33.580日デス
 33.580日+閏年23回=33.603日デス

昔、聞いたどこぞの寺の小仏( こぼとけ) 数は三万三千三百三十三体だった。
あれより多いな。

え、計算まちがいじゃないな、
生きまちがいじゃないな、え。

たじろぐ私に、
苦もなく彼女は言う。
今年の分を合せてほぼ三万四千日です。

 老いて、孫娘と遊んでいる。生きてきた年月を日数に換算して、あれこれ話している。単に掛け算だけではなく、閏年の日数を足しているところが律儀でとてもおもしろいし、(たぶん、孫娘は、この「正確さ」を自慢したかったのだと思う。私は、ここまで気づいている、と)、それにつきあい「計算まちがい」「生きまちがい」と、ことば遊びをしていることも、この詩に「余裕」のようなものを与えている。
 この詩では、その「計算」のおもしろさにかくれているが、三連目が不思議で楽しい。「年齢」と書いて「ところ」と読ませている。実際に計算してみると、そうなるかどうかわからないのだが(つまり、孫娘の年齢がいくつなのかわからないのだが)、私は伊東と孫娘の年の差が「七十余歳」のだと思って読んだ。つまり、娘(孫娘の母親)が孫娘を生んだときが「七十余年前」なのだろう。それは、なんというか、娘から生まれたというよりも、「はるかなところ(宇宙)」からやってきた「いのち」のように思える。
 「掌に包み込んだ、」は次の連の「計算器」につながっていくのかもしれないが、「いのち」を包み込む、生まれてきた子どもをしっかり抱くというような印象で私には響いてきた。
 これは直前に読んだ東山の詩の「残響」のようなものが私に残っていて、「いのち」のつながりを「宇宙」と結びつけているのかもしれない。

かなしみ  谷川俊太郎

あの青い空の波の音が聞こえるあたりに
何かとんでもないおとし物を
僕はしてきてしまったらしい

透明な過去の駅で
遺失物係の前に立ったら
僕は余計に悲しくなってしまった

 「遺失物係の前に立ったら」という一行が、この詩のすべてをあらわしているという意見と、「遺失物係ということばは、リアリティーを与えているが、嫌い。詩にはつかえない」という意見があって、とてもおもしろかった。このことばは好き、このことばは嫌いというのは、とても大切な感覚だと思う。その好き嫌いがなくなれば、きっと詩はおもしろくなくなる。
 私は、この詩では、最終行の「余計に」ということばが、とても好きだ。それで、受講生に「余計に」というのは、どんなことばに言い換えることができるか、という質問をしてみた。
 「もっと」「むだ(に)」「なおさら」という声が出たあと、「とんでもない、でもいいかなあ」という声が出た。
 これは、とてもおもしろいし、この詩の「本質」に迫っているかもしれない。
 「とんでもない」は、二行目にも出てきている。
 この二行目の「とんでもない」は、では「余計」と言い換えることができるか。
 ひとによって違うと思うが、私は「できる」と思う。「おとし物」だけれど、それは絶対に必要なもの、たとえば百万円の入った財布とかではない。たぶん「かなしみ」のように、もしかしたらない方がいいもの(余計なもの)かもしれない。余計なものなんだけれど、ないと、物足りない。
 何か矛盾したものが、谷川の書いている「おとし物」には含まれている。
 そして、この「矛盾」が、「いのち」につながっているのだと思う。それは東山の詩の「巡り合わせ」に通じるかもしれないし、伊東の老人(自分)と孫娘のつながりに通じるかもしれない。伊東と孫娘の肉体は同じ血を分け合っているが、その分け合い方は「直接」ではない。「間接的」である。この「間接的」は「絶対的」ではない、ということである。言い直すと。たとえば、祖父と孫というのは、実際には「会わない」こともある。祖父が死んでから生まれる孫もいる。血がつながっているということを「直接(実感として)」知っているのは「母」だけである。
 もしかしたら存在しない何かを「実感」として表現していく(産み出していく)のが、詩というものかもしれない。

 受講生の作品。

月華  青柳俊哉

無数の水紋
花の意匠のような 月の表面を 
めぐる 光とかげの境界

そのうえで 羽搏いている
光にも かげにも属さない
ゆらぎのなかにしか
生存できないもの
薄羽かげろうの 虚数の
花のうえに透ける 冬蝉の羽

世界があることに 秘されている
思惟のかたち 水の指紋の
ような月華

 月の表面を光が移っていく。光と影の間で何かがざわめいている感じ、生きているものがあるのではない。それを書いてみたと青柳は語った。
 「薄羽かげろう、冬蝉、花のうえに透ける、など揺らぐ感じがいい」「月の見方がおもしろい」「世界があることに 秘されているが印象的」「花の意匠、思惟のかたち、という表現が好き」
 私は「水の指紋」がとても気に入っている。水に「指紋」などない。けれど、ことばにするそのとき、「水の指紋」が出現する。それは「薄羽かげろうの 虚数の」の「虚数」についても言えるかもしれない。存在しないけれど、ことばにした瞬間、存在してしまうもの。
 でも、それは、いったい何?
 何かは、読者がそれぞれ自分で考えればいいことだと思う。わからないけれど、何か「はっ」と感じる。
 東山の詩では「いのち」ということばになっていた。谷川は「とんでもない」や「余計に」ということばで、「何か」を書こうとしていた。伊東は「まちがい」(計算まちがい、生きまちがい)ということばのなかに、「まちがい」をこえる「ほんとう」を暗示しているかもしれない。「年齢」を「ところ」と読ませることも「まちがい」なのだけれど、「まちがう」ことではじめてたどりつける何かがある。
 「要約できない」というよりも、それは「要約」や「説明」を拒否して存在する「新しいことば」であり、それは「新しい存在」を告げているのだと思う。

 「まちがう」ではなく「ちがう」と言い直してもいいかもしれない。「ちがう/ちがい」を見つけ出していく、「ちがい」をひきうけてみる。「ちがう」を生きてみる。それが詩や文学を楽しむこと。
 私は講座では、受講生の「感想」に疑問を投げかける。それは、受講生の「感想」が間違っているという意味ではない。私の「感想」が正しいというのでもない。「ちがい」があるということを伝えたいのだ。そして、その「ちがい」をことばでできるようにすることが「生きる」ということなのだと私は感じている。
 何をどう理解しようが、生まれた人間は生きて、死んでいくというのは、今のところだれもが知っていること(真実)だと思う。死なない人間はいないから。そうだとするなら、どうすることもできない「真実」のなかかで、どれだけ「まちがい」を生きられるかを楽しんだらいいのではないだろうか。
 ちょっと余計なことを書いてしまった。

 


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野沢啓「言語暗喩論のたたかい--時評的に3」(2)

2023-04-15 22:52:54 | 詩(雑誌・同人誌)

野沢啓「言語暗喩論のたたかい--時評的に3」(「イリプスⅢ」03、2023年04月10日発行)

 野沢啓「言語暗喩論のたたかい--時評的に3」は、「言語暗喩論」をひと休みして、ある賞めぐるあれこれを書いている。
 これは、私のように、あまり接触のない人間には、すこぶるおもしろい文章であった。何がおもしろいといって、野沢は「言語暗喩論」の完成に向けでことばを動かしている人間だと思っていたら、ほかのことにも関心があったということがわかったことである。「言語暗喩論」を脇においておいても、まず、書いておきたいことがある。
 なるほど。

 しかしまあ、「人事」というのもの、おもしろいものだなあ。「人事」であるから、そこに書かれていることは、別の人から別の「出来事」に見えるかもしれない。「出来事」は、それに直面した人の数だけ存在する、ということだろうなあ。
 もしそうであるなら。
 「ことば」という「出来事」も、「ことば」に向き合う人の数だけ、その「個別な様相」を持っていることになるだろう。
 そう考えれば、野沢が今回書いていることも「〇〇暗喩論」というような「論」として成り立つかもしれない。「詩人賞暗喩論」「詩人賞選考委員暗喩論」。何の「暗喩」? もちろん「詩人会(界?)人事」の「暗喩論」である。詩人賞、詩人選考委員、その選考過程は、すべて何かの暗喩である。
 野沢は「人事」と言わず、まあ「時評」と言うのかもしれないが。

 しかし、と、私はもう一度「しかし」を書く。
 結局ね、私は、野沢が書いているのは「野沢暗喩論」なのだと思う。「言語暗喩論」も「野沢言語暗喩論」、人事について書けば「野沢人事暗喩論」。だから、すべては「野沢暗喩論」なのである。
 詩の言語が他の言語に先立つというのは、結局、野沢の言語は他の人の言語に先立つという主張につながるんだろうなあ、と思う。そういう意味で、あらゆることは「野沢暗喩論」を、さまざまに展開したものだろうなあ、と思う。
 別の形で言い直すと。
 私は野沢の「詩の言語」を特権化した主張には疑問を感じるが、野沢が野沢を特権化する主張にはまったく疑問を感じない。それでいいのだと思う。「詩の言語」ではなく、野沢の言語(主張)をテーマにして「暗喩論」を展開すれば、非常に説得力があると思う。少なくとも、私は納得する。
 詩を書く人は大勢いる。小説を書く人も大勢いるし、哲学を書く人もいる。ことば以外に色や形に取り組む人もいれば、音に取り組む人もいる。そのなかから詩を選んで、詩を特権化していることに私は疑問を感じるが、「野沢自身」を特権化して書くのであれば、私はほんとうに納得する。だれだって自分を「特権化」して書く権利も持っていれば、自由も持っているし、義務も持っている。

 今回書いているように、もっと野沢を特権化して論を展開すれば「言語暗喩論」はとても説得力のあるおもしろいものになると思う。野沢を特権化するのではなく、詩を特権化しようとしているから、私は疑問に思うのである。言い直すと、詩を特権化することで、野沢を正当化しようとしていると感じ、いやあな気持ちになるのである。今回のように、野沢を特権化して、その野沢が特権を駆使して詩を書いている、詩論を展開しているということで突っ走ればいいのだと思う。
 今回の野沢の書いている文章は、とても率直な、野沢自身の声に満ちた(野沢の声だけで書かれた)文章だと思った。

 


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