風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

その4

2020年01月17日 | 徒然に日々のことを
そして、平成29年12月には、その実現に向けて、最初の行動として、KANGIN TOKYO NEWS掲載をしたのだが。
たった1行の教場情報ですが、その記入内容の升目には、厳然たる意味と権威があって、自由裁量の教場管理部分と、幹事会管理部分があるということ。
自分が携わりながら、わかっていなかったのです。

そして、私が、掲載の追加条項を担当であるがゆえに、了承なしに書きみました。

これは、結果的に、独断先行となり、「ダメ!」と指摘を受けました。

その点は、じっくり幹事会にて、説明をし、しぶしぶ了解を得ました。
KANGIN TOKYO NEWSのしっかりとした運営が、私の中で、はじめて、明らかになった時のことです。

お叱りを受けるほど大事な決断であった事を再認識して、さらに、その気持ちは変わらず、前進あるのみ。

おかげで、少しずつ可能性が見えてきた。

あと一押しは、「往復4時間の道のりはつらいよ」と、愚痴をこぼしてみた。

後ろ向きの説得で、情ないけれど。意外とそう言う根幹にかかわらないことや、情に訴える部分が、効いたのかもしれない。

いや、そうじゃない?偶々、機が熟したの?  あぁ、そうかも。



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その3

2020年01月17日 | こたろう
私の教場への考え方は、独り歩きできるまで、丁寧に育てる。育ったら、手放す。

学びピアでの経験が、その考え方を具体的にして行ったように思います。

最初の見込み違いが、持てる力を出しきることを教えてくれました。
ちっちゃな雪粒が、ちっちゃなままで乙に澄ましているはずだったのだが。
失敗という衝撃で、動きだし転がりだしました。

転がりながら、どんどん大きな雪玉に成長して、いつしか「5周年」と呼ばれるようになりました。

ただの幸運ではなく、メンバーの心意気と人とそれまで機会ががなく出せなかった能力が、開花しました。


その時に中心で、働いていたうちの二人は、都合で、ほどなく退会の意思表明をなさいました。

せめて、20周年が終わるまではと会員登録を延長していましたが、それも、この三月で、終了です。

旅立つときは、少々の抵抗感がなくては、寂しいよね。

嘘でもいいから、涙を流して別れを惜しみ、その先は、粛々とそして嬉々として、新生活を楽しんでいただきたい。


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その2 横道

2020年01月17日 | 徒然に日々のことを
きらり!教場だより掲載のために作ったロゴは、メンバーの増減に合わせて、作り直しました。
話がそれるけれど、あの頃は、まだ、写真を載せるのは、あまりなかったね。
載せても、あまり顔のわからない写真だったね。
今は、堂々と一人のアップ写真が掲載されている。

それだけ、KANGIN TOKYO NEWSが会員の気持ちに入りこんで、身近になり、会員さんたちも遠慮がちではなく、自己主張をするようになったということなのかなぁ。

ただの、連絡用の紙ではなく、会員相互の掲示板以上の役割を果たすようになったということだねぇ。
その陰に、どれだけの、知恵と労力が積み重ねられたことか。

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10年目の独り言 その1

2020年01月17日 | 詩吟
一本の電話から、記憶を過去へとさかのぼり、独り言が、始まる。

そうそう、夢青葉誕生は、平成22年の4月。

4月には、11年目に突入するんだねぇ。

何か良いことが起こりそうで、期待に胸を膨らませています。

大きなストレスと緊張から解放されて、緩やかに思考がほどけてきます。

夢青葉の5周年は、夢松風とのただの合同練習会のはずだった。
不手際と幸運とが重なって、ぎりぎりのタイミングで、当初の予定のこじんまりしたレストランではなく、客席200の大きな会場を借りることになりました。
午後の半日8千円という安い使用料も魅力でした。
しかも同じ建物の最上階に、レストランもあり、懇親会も楽々でしたねぇ。


人は、外観に惑わされるものだから、お客様は、会場を見て大々的にぶちかましたと思ったことでしょう。
当初大きすぎる箱で、ちまちまと侘びしい会になるのではないだろうかという心配は、杞憂に終わり、次々と参加者が増えていって、何度もプログラムを書きなおしたねぇ。
会員の頑張りと熱気で、大きすぎるとは感じなかったよねぇ。

それには、ひとえに「里仁」主催の須藤明実先生の後押しを忘れてはいけません。
そのころ、論語を読む会を、学びピア21の会議室で受講して居たことから、幸運を引き寄せました。そして、一緒に学んでいた、尺八の奏者にも、ご参加いただきましたよね。



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「長恨歌の世界へどうぞ」その1

2020年01月16日 | 論語と
須藤先生の越ケ谷コミュニティセンタ―の、講座「長恨歌」が、今日、第一日目を迎えました。

須藤先生が、読み解いて、その中の抜粋部分を、私たち吟詠メンバーが交代で、吟じます。
120行もある漢詩を、一挙に吟じきることは、未だかつてありません。
(yutubeで、関吟青年部が構成吟を乗せているようです。)
今日のように、解説をしていただいた上で、吟じるというのも、なかなかありません。

数年前にも須藤先生が「長恨歌」の講座を開きましたが、今回は先生の吟詠指示の箇所がかなり増えました。

一つには、須藤先生の私たちの吟詠への期待感が増大してきたこと。
二つ目は、吟詠でサメ[トするメンバーが増えたこともあるからでしょう。

先生は、自由にお話をして、おもいのままに吟詠の指示をする。
今日も、事前の打ち合わせとは違う順番で、講義がはじまり、思いがけないタイミングで吟詠の指示依頼がありました。
シナリオのない、運び方です。

それに、即座に対応できるのは、吟詠メンバーの実力のほどと、懐の深さであり、「人となり」ではないかと思う。

シナリオのない講義ができるのは、ひとえに、先生の深く広い学びと、周到な準備と、強い意志があるからこそです。
あまりに、語りたいことがあるので、その時の思いの強さによって、展開が変わってくるのでしょう。

私のような凡人には、到底、及びもつかないことです。

才能豊かな吟詠仲間が、どんなことにも、驚きもせず、淡々と、やってのけた。


今朝の娘の電話に、「ひととなり」というのが出てきたなぁ。


『優れた科学を生み出すのは「知性」だと多くの人は言う。
彼らは間違っている。
それは「人となり」である。 / アインシュタイン』



その言葉を、飲み会で、話題提供しようとしたら肝心な「人となり」の言葉が、どうしても口の端に登らなくて、やむなく断念。

いい気分の時に、したり顔で、この言葉を出さなくて良かった。
もう少しよく考えてみよう。

日本語の素晴らしさと、漢字の魅力についても、言及した今日の飲み会でした。




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福祉詩吟

2020年01月13日 | 詩吟

                                  横濱いろはかるた
乗り換えがこんなにスムーズな路線は、珍しい。最寄り駅を、一番前に乗ったら、あと3回の乗り換えが、すべて、最短の乗り換え口へとつながっているので、長い距離も、三回の乗り換えも、気持ちが弾むなぁ。

それは、交通機関の問題ではなく、行った先が、楽しくて仕方がないうえに、こんなに便利という思いからなのよねぇ。

持てるものを、全部総動員して、それが過不足なく、相手に届いて、何かが生まれる様子をつぶさに見ることは、喜び以外の何物でもない。

この会のリーダーは、そのように、気まぐれに参加して、良いとこ取りをしているのを、気前良くお許しくださっている。

心が自由だと、感覚が研ぎ澄まされる。
実は、私のこの感覚と直感とが、この会では、よく機能して必要なものと、思っています。

この感覚が機能しているうちは、邪魔にならない限り、参加したい。

というのも、この会は、他流の指導者の主催となっているので、ほどほどの距離感を保って、気ままな参加のサメ[ターに留めておきたい。


写真は、切り絵画家の辰巳雅章による横浜みなと開講50周年記念「横濱いろはかるた」です。
ここラメ[ルで、展覧会をしていました。プロフ-ルは、写真で、読みにくいでしょうが、見てくださいね。
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自由練習

2020年01月12日 | 詩吟
教室を離れて、女性三人の自由練習を始めて行いました。

女性三人6本という同じ条件で、それぞれの好きな吟題で、ひたすら合吟を目的とする。

良い楽器のために、最近教えてもらったばかりの体操も加えました。

発声練習も、丁寧に、その意味を考えながら、正しく行います。

頭の思いこみを、無くして、自由に言葉を繰り出すことに、注目しました。

その上で、合吟を三回ずつ。

一回目より二回目、二回目より三回目と当然のことながら、声が滞りなく出てくるので、吟が心地よく流れていきます。

その中で、低い音への発声の移行をスムーズにするための心づもりを、伝えました。
のどぼとけの当たりを触って、高い音を出すときと、低い音を出すときの違いをよく認識してもらって、漫然と声を出すのではないことを、知ってくださったかな。

とたんに、低音の発声が良くなる。

今まで、意識になかったこと、知らなかったことを認識すると、それだけで、声が変わってくる。
おしゃべりの時と違って、楽器を操作するということへ、移行するのです。

さらに、もう三回続けて合吟。
目覚ましく、声が改善される。  ベリーグ~

二つ目の吟題の合吟では、口が良く開いて、「あ」の音がとてもよく響いて、クリアになる。
と同時に、「い」の音の苦しさが、クローズアップされる。

下顎を下げるのではなく、上顎を上げる口の開け方をすると、しっかり喉が開いて、柔らかい声が出てくる。

そんな感じで、基礎的な練習のみで、2時間半。

それぞれが、ストレスから解放されて楽になり、笑顔が出てくる。 
         これこれこの顔が私の望み


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嘘金

2020年01月11日 | 徒然に日々のことを
             説明文の正誤 前→名前  砂金の→のを取る

この1.5センチの鉱物の結晶は、お正月の玄関飾りにいつの間にかまぎれて、鎮座していました。
 
    黙って、置いた、夫の真意はどこにあると思う?



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体の左側

2020年01月10日 | 体を整える
左の肋骨を上げて、同じく左の肩甲骨を寄せる体操を、ご教授頂きました。

左には、心臓と胃があるので、そうでなくても負担がかかっています。
すこしでも健康に近づくためにも、簡単だけれども、深い意味のある体操を、正しくコツを覚えて、せっせと行わなくてはね。

この後、「長恨歌」の担当部分の練習のため、カラオケに行きました。
2時間の練習の後、すっきりすっかり、滓のように溜っていたものをさらに、吐きだしました。「あれ?なにをもやもやしていたんだっけ?」という気分になり、嬉しい驚きでした。

「心と体は、密接につながっているんですよねぇ!」と、山田先生と言いあったなぁと。

今日は、操法中に今までにない「毒」を吐きつづけたなぁと、下りのエレベーターで、一人赤面したんだった。
それも、何のことだった?と、思いだそうとしたけど、できなかった。
しばし、この幸せ感を持続しようと、無駄なことは止めにしたら、ずっと、幸せ感が続いている。


この処、「ぐちぐち、もやもや」が、確かに増えた。
ちょっと前は、「もやもや感」を溜めない、幸せ感満載の人だったよねぇ。
ちょっと前って、いつ頃から?
いつごろから、こんなに疲れを溜めていたの?

それを感じにくい体になっていたのでねぇ。
山田先生は、それと具体的に示さず、私自身が発見できるように導いていたのだねぇ。





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初青葉

2020年01月09日 | 詩吟
年明け初めての、夢青葉ではありますが、初吟会は、2月の全員が集まる日にする予定です。

今日は、通常の練習でした。

それぞれの課題を練習し、それぞれの問題点に触れて、優しく?厳しく。

今日は、会員さんの紹介で、見学が一人居らっしゃいました。

練習の模様をご覧になり、(「厳しく」のところは、お帰りになった後ですから、ご心配なく)今日の課題のコピーと、KANGIN TOKYO NEWSをお持ちいただきました。

さて、次回は、私が欠席の日ですから、その結果は、後日聞かせていただくこととなります。

ここ数年、第三木曜日に、お稽古が当たったときは、師範のK先生にお任せしています。

私には、無い魅力と、能力と、知識を持った、頼りになる「師範」ですから、何の心配もありません。


誰しも、今までと状況が変わらざるを得ない時は、不安を抱えて当然です。
むしろ、自信満々のほうが、危うい気がします。

状況の変化に備えるべく、こころしていただきたいと思います。

その時は、一人が抱えるのではなく、会員全員で、あたるように、日頃、吟詠以外のことでも小うるさく言ってきたことが、嫌な印象として残るのではなく、ためになったと、ずーっと後になっても良いので、理解していただけたらいいなぁ、と、常々、思っています。

高いと思えるツリーのその上にもまだまだ青い空が限りなく伸びていて、ツリーのてっぺんは、確かに高いけれど、この上なく高いわけではないよ。
それぞれの、伸びしろを可能な限りのばしていってほしいなぁ。





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