熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

子供映画の世界・・・ポケモン

2007年08月17日 | 生活随想・趣味
   このお盆休みに、孫に付き合って2回子供映画を見に出かけた。
   「孫悟空」と「ポケットモンスター ダイヤモンド・パール」である。
   2回とも、シネコンのワーナー・マイカル・シネマズなので、小劇場ながら、歌舞伎座などよりイスも音響も上等であるし、2時間と少しの暑さしのぎには丁度良い。

   三蔵法師の仏教を求めての筆舌を尽くしがたい苦難の旅を思えば、換骨奪胎も甚だしいが、孫悟空は、御馴染みの娯楽映画で、殆ど印象には残らないが、それなりに面白かった。

   ポケモンの方は、TVも含めて何度か見ているが、よく考えてみれば、別に考えなくても良いのだが、ストーリーは、結構、子供離れしていて難しいのである。
   それに、ポケット・モンスターと言うが、ピカチューのように可愛いプチ・モンスターではなく、今回は、異次元を代表するモンスター・ディアルガとパルキアの壮絶な戦いなのである。
   「時と空が溶け合うとき、大いなるいかりが世界を包む」と言った高級な予言に導かれた時のモンスターと空のモンスターの戦いで、これに人間世界の楽園アラモスタウンに住むポケモン・ダークライが追っ払うべく戦いを挑む。
   結局、最後は、苦心惨憺して、主人公のサトシ少年とピカチューが、アラモスタウンにある時空の塔の音楽塔にオラシオンと言う祈りの音盤を嵌めこんで楽を奏すると、ディアルガとパルキアの戦いが終わり、町が救われると言う話である。

   最近、ハーバードの教授が言い出して、4次元の世界が脚光を浴びている。
   とにかく、このポケモンの話のような説が成り立つのかどうかは別にして、普通の大人にも良く分からない概念なので、このポケモンのストーリーが、幼稚園や小学生の子供に分かる筈がない。異次元のポケモンの遭遇が、何故、町をメルトダウンさせるのか、子供に聞かれて上手く答えられるママがいるのであろうか。
   しかし、何故か、分かっても分からなくても子供たちに人気があって、今回でこのポケモン映画も、10周年記念を迎えたという。

   この頃、子供にとって映画やTVの世界は、分かると言う概念ではなく、感じる、からだ全体で反応すると言う次元で考えないと、理解できないような気がしている。
   同時に、この映画も、言うならば、IT時代、科学技術万能時代の新しい子供たちの童話であって、形を変えた夢の世界かも知れない。
   自分に強烈な印象を植え付けたインパクトだけが、強く増幅された形で記憶に残ると言うことであろうか。

   このお盆休みに、TVで過去の劇場版ポケモン映画を放映していたので、DVDに録画しておいたら、孫が熱心に見ていた。
   映像と音響効果を上手く駆使して作りあげたポケモン映画は、やはり、大したものだと思いながら見ているのだが、私には分からない形で、子供たちに強烈なメッセージとインパクトを与えているのであろう。
   子供にかえって、その世界を感じてみたいと思ったりしている。
コメント
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