熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

夏野剛著「なぜ大企業が突然つぶれるのか」

2013年02月26日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   IT革命は、有史以来最大の革命であり、世界の行動原理を根本的に変えてしまった。
   世界最強を誇った日本のものづくり企業が苦戦し、IT企業が空前の利益を上げ、フェイスブックやツイッターが世界中に一瞬で広まり独裁政権をも葬り去ると言う現象を理解するためには、IT革命の本質を理解して、複雑系の視点に立って、国家も企業も個人も意識革命を起こさない限り、明日の日本はない、と夏野剛は説く。

   戦後の成長を支えてきた製造業が岐路に立っているのは、国際的な企業間競争によって一瞬で値崩れが起こり、利益が取れなくなる「商品のコモディティ化」にあり、今や、ITが、全産業のインフラになって、日本人が得意としてきた「モノづくり」と「モノではないもの」の区別が曖昧になり、製品のスペックではなく、アップルに象徴される「仕掛け」をどう作るかで勝負が決まる時代になった。
   IT革命のターニングポイントとなったのは、グーグルが創業した1998年で、次の三つの革命を引き起こした。
   ☆リアルからネットへの顧客設定の変化
   ☆情報の爆発
   ☆ソーシャルメディアによる、個人情報発信能力の拡大
   特に、ソーシャル革命の影響は甚大で、本来独立していた筈のユーザーが、夫々に作用し合って創意工夫によってビジネスを「創発」し、共鳴し合いながら自発的に動こうと「自己組織化」するなど、システムが独自に進化を遂げて行く「複雑系」の現象がいたるところに現れて、大きなうねりとなって国家さえも転覆させる事態に至っている。
   こんな初歩的な変化さえ理解できない菅政権は、3・11の翌日に、メルトダウンの可能性があると言う真実の情報が、一次情報であるツイッターで行き交っていたにも拘わらず、やっと3か月後に認めると言う失態を演じて、日本を窮地に追い込んだのだが、ITを駆使して積極的に一次情報をキャッチして現場感覚で判断を下しておれば避け得たと夏野教授は言う。


   ITが、全産業のみならず、政治経済社会は勿論、あらゆる分野のインフラとなった今日、物事が予測不可能に変化する「複雑系」社会では、ITこそが正に戦国時代の新兵器・鉄砲である。「長篠の戦い」で、騎馬戦が得意であった武田勝頼軍を、革新的な兵器であった鉄砲を駆使して撃破した織田信長になぞらえて、ITを武器として活用出来ないような経営者は、討死間違いなしであるから、即刻退場せよと夏野は説く。
   意思決定権を持つ人物がITを理解していないことは、「部下の命」を危険にさらすことであり、SNSを駆使して「外部脳」を活用しようとする若い社員の活動を阻止するなどは愚の骨頂で、このような凡庸なリーダーを温存する組織は、衰退産業としてそれ以上成長できず、市場規模が縮小して行く中で社員全員を養ってゆく収益を上げられず、仲間の雇用を打ち切る元凶となると言うのである。   

   
   我々が住んでいる政治経済社会が、「複雑系」であると言うのが、夏野理論の根幹だが、元々は、「複雑系とは、部分が全体に、全体が部分に影響し合い、要素ごとに切り分けた分析が困難なシステム」とする物理学や経済学の用語だと言っているように、「閉じた系」の対極にある。
   これまでの学問の多くが、全体ではなく、要素ごとに分解して、変数を固定して分析をしているので、現実の社会で起こる事象には、「閉じた系」のアプローチで得た知見や予測などとは違った矛盾が生じてくる。
   同じウォートン・スクールの経験があるので認識は同じだと思うが、アメリカでは、学際(interdisciplinary)と言う認識が当たり前で、学部でも、授業でも、固定した学問や科目・コースと言った考え方は希薄で、極めてその境界が曖昧であって、日本では考えられないような異分野間の相互乗り入れが常態なのだが、それでも、「複雑系」は本流ではなかった。
   しかし、最近では、経済学と心理学を合わせたような行動経済学が脚光を浴びてきたように、「閉じられた系」の経済学では、ガルブレイスが「悪意なき欺瞞」で説いたように、欺瞞が多くて真実から程遠いことが分かって来ている。
   まして、ICT革命で情報が爆発し予測不可能な激動の開かれたグローバル世界においては、閉じた系ではなく、複雑系思考で、対応しなければ、中々理解も出来なければ前にも進めないと言う状況になって来ている。

   日本の企業のトップが、秘書やスタッフからの2~3次情報に頼るのではなく、ITに親しみツイッターやフェイスブックに入れ込んで、一次情報に直接接して情報社会に対応して経営に生かすべしと言う夏野教授の提言が、それ程、有効なものかどうかは分からないが、ITが、政治経済社会や全産業の基本的なインフラであることは間違いなく、この変化の激しいグローバル経済の行く末を的確に洞察して、逸早く最新情報にアクセスするためにも、ITを駆使して経営のかじ取りをしない限り、企業の将来は、危うくなると言うのはあながち間違いではなかろうと思う。

   夏野教授は、この新書で、きわめて多岐にわたって論じているので、個々の論点では異論もあるが、私自身は、ITに対する認識と複雑系に対する夏野教授の考え方は、大筋正しいと思っている。
   しかし、アマゾンのカスタマーレビューを見ていると非常に評価が悪いのだが、先に北川智子さんの本で論じたように、レビューアーの質が極めて悪くて、殆ど、夏野教授の論じているITや複雑系について分かっておらずにレビューを書いていることで、もし、この本の読者の多くが、あの程度の認識でICT革命なり「複雑系」理論にアプローチしているとするのなら、恐ろしさを禁じ得ない。
   この本で論じられている論旨の多くは、少なくとも、米国では常識である筈なのだが、
   日本人の一般的なICT革命なり複雑系への認識が、あの程度であるとするのなら、夏野教授の説く日本再生論ははるか彼方であり、ICT革命、デジタル革命後のグローバル世界での日本の立ち位置は、益々後退して行く。
   
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