熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

ジェイムズ ・スタヴリディス著「海の地政学」(1)

2018年05月03日 | 書評(ブックレビュー)・読書
    「海の地政学──海軍提督が語る歴史と戦略 Sea Power: The History and Geopolitics of the World's Oceans」と言う地政学でも、シェイクスピアの「テンペスト」から書き起こした、海の地政学をタイトルとした本で、非常に、興味深い。

   まず、タイトルのSea powerだが、Encyclopaedia Britannica によると、militaryと言うことで、Sea power, means by which a nation extends its military power onto the seas. Measured in terms of a nation’s capacity to use the seas in defiance of rivals and competitors, it consists of such diverse elements as combat craft and weapons, auxiliary craft, commercial shipping, bases, and trained personnel.
   海上における総合的な軍事力ということである。

   アルフレッド・T・マハンの「海上権力史論 The influence of Sea Power」を念頭に置いた書物なので、「海上権力」と言った方が良いのであろうか。
   著者は、この本で、海洋の地政学と、それが陸での出来事にどのように影響を与えているのか、海軍提督としての経験を踏まえながら、海洋と言う独特の存在が国際社会にどのような影響を与えているのか、を説こうと言うのである。

   この本は、「海はひとつ」と言う序論から、太平洋から北極海まで7つの海について書き綴って、最後に、「無法者の海 犯罪現場としての海洋」と「アメリカと海洋 21世紀の海軍戦略」において、現実問題をビビッドに展開している。

   まず、「太平洋 すべての海洋の母」について、私なりに印象的だと思った諸点について取り上げてみたい。

   太平洋であるから、当然、日本に関する叙述がある。
   日本は、色々な意味で、イギリスと地政学的にもよく似た国でありながら、なぜ、「太平洋の大英帝国」にならなかっとのかと言う問いかけである。
   答えは、沿岸地帯を侵そうと言う侵略的な国は少なく、広大な距離を超えなければ侵略が不可能な太平洋が、東への天然の緩衝地帯の役割を果たしたこと。四面敵に隣接したイギリスと違って、広大な太平洋を渡ろうとせず、西の沿岸を守り続け、東からの攻撃を受けずにすむと言う恩恵に甘んじたからだと言うのである。
   、恵まれた環境下にあった日本は、太平天国を謳歌できたが、列強との対決に明け暮れたイギリスは、いわば、トインビーのチャレンジ&レスポンスが働いたが故に、大英帝国に脱皮できたと言うことであろうか。

   太平洋戦争の海戦は、米軍も苦戦続きで激烈を極めたようで、日本の真珠湾攻撃の衝撃で、その後のアメリカ海軍が生まれたともいえると言う指摘も興味深いが、ニミッツはじめ活躍した米海軍の提督は、海洋と言う広大な地形の持つ意味を理解していたため、島をめぐる広範囲に及ぶ大規模な作戦を構築でき、結果的に日本海軍に勝つことが出来たと言う。   ミッドウェー海戦が分水嶺になったと言うことだが、日本軍にとっては、真珠湾ではチャンスを逸し、ミッドウェーでは、15分違いの手違いで、2度米軍空母の撃沈に失敗したと言うことも大きいであろうが、結局、資源不足と産業力の劣性によって、日本軍の戦略的選択肢が次第に少なくなってきたのである。
   いずれにしろ、著者の記述では、米軍にとっても、この太平洋上の海戦は大変であったようである。

   我々は、「太平洋の世紀」に生きていているのだが、環太平洋諸国は、TPPを通してであれ、中国のアジアインフラ投資銀行(AIIB)であれ、この地域の潜在的可能性を解き放とうとしており、前者がすべての関係国が批准し、後者が責任ある行為者へ発展することを望んでいると言う指摘は興味深い。
   著者は、穏健なリベラル派のようで、次の大西洋の章で、自由貿易や国際協調に逆らおうとするトランプを強烈に非難しているのである。

   中国のことについてだが、中国の技術進歩は、高度な戦闘機、「空母キラー」として知られる中距離弾道ミサイルなどへの投資や空母艦隊編成の営みなど、サイバー攻撃と結びついて、現在の接近阻止・領域拒否戦略を超えるさらに積極的な防衛を可能にし、攻撃戦力の投射も改善され、この地域の情勢を根本から変えることになるだろうと言う。
   しかし、中国の空母は、「威信の象徴」程度で、太平洋の小国との海戦では有効であろうとも、根本的に状況を変えるものではない。いずれにしろ、アメリカの能力や海上での潜在的対応力を考えれば、太平洋地域で展開できる戦力は、依然、強力であり、特に、日本や韓国など同盟国の力を踏まえれば、中国は、アジアにおける勢力均衡を揺さぶるにしても完全に逆転させることはない。と言っている。

   この章は、太平洋への著者の旅立ちからはじめて、自分の経験を交えながら、太平洋にまつわる歴史的なバックグラウンドを紐解き、人々や国家間の関りや戦争などについて持論を展開しており、学術書的な地政学の本ではなく、物語風に書いているので、分かり易いし、興味深い。
   それでいて、しっかりと自論を主張しているので、考えさせられるし、現状を考えるのに非常に参考になる。
コメント
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