熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

塩崎 淳一郎 著「評伝 一龍齋貞水 講談人生六十余年」

2020年07月24日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   この本は、人間国宝講談師一龍齋貞水の講談人生六十余年を綴った本である。
   岩波書店からは、最近、「無辺光 片山幽雪聞書 」「どこからお話ししましょうか 柳家小三治自伝 」と言った人間国宝の素晴らしい本が出版されていて、この貞水の本も、そのジャンルの最新版である。
   流石に、片山幽雪の本は、私には荷が重くてブックレビューなどできるはずがないのだが、国立能楽堂で鑑賞する機会を得た、八十三歳の人間国宝片山幽雪師の最晩年の「関寺小町」について書かれていたので印象に残っている。

   貞水師の著書については、「一龍斎貞水の歴史講談」で何冊か本が出ているようだが、読んだのは、
   一龍斎 貞水著「心を揺さぶる語り方―人間国宝に話術を学ぶ 」、ブックレビューを書いている。

   さて、私が講談に関心を持って聴き始めたのは、まだ、4~5年くらいだが、貞水師の高座で、次の話を聴いている。
   「鉢の木」、「細川の茶碗屋敷」、「四谷怪談」、「赤穂義士伝より 二度目の清書」、立体怪談「累」、「鏡ヶ池操松影より江島屋怪談」
   一度、ダブルブッキングしてしまって、「真景累ヶ淵より 宗悦殺し」をミスってしまったのを、今でも、後悔している。

   貞水師のトレードマークとも言うべきは、演出効果満点の立体怪談、
   ここ2年で鑑賞した「累」と「江島屋屋敷」は、そのものズバリで、
   薄暗い舞台には、お化けの出そうな墓場の幽霊屋敷を模したようなセットが設営され、中央に置かれた講釈台に貞水が座っていて、講談のストーリー展開や情景に合わせて、照明が変化し効果音が加わって、オドロオドロシイ実際の現場を見ているような臨場感と怖さと感じさせる立体的な舞台芸術。語りながら百面相に変化する貞水の顔を、演台に仕掛けられた照明を微妙に変化させて、スポットライトを当てて色彩を変化させて下から煽るので、登場人物とダブらせながら凄みを演じる。影絵のように映った幽霊が、障子を破って突き抜ける・・・
   インターネットから、写真を借用すると、
   

   この、立体怪談だが、客を引きつけ怖がらせると言う基本は同じである、キャバレー・ショーが発端であったと言うから面白い。当時、キャバレーの司会のアルバイトをしていて、場内を暗くして怪談を読み、落語家の前座にお化けの格好をさせて、自作のおどろおどろしい音をレコーダーで流し、コックピットさながらの釈台に隠してある操作して様々な光を放つ。なまじ電気がいじれるものだから、秋葉原の電気街に通い、その年の趣向を考え抜き、照明にスイッチや配線、効果音に凝るので益々複雑になる装置を、深夜作業で作り上げ、企業秘密なので、立体怪談で用いた釈台は、終る度に壊す。
   ホステスが「怖い」と言って客に抱きつけば効果満点、本牧亭では、アベック客を半額にサービスした。と言う。

   高校を中退して、19歳で昇龍齋貞丈に弟子入りした。講談には、二つ目がないので、11年間前座修行をしたのだが、唯一残っていた講談の定席本牧亭に通い詰めて、師匠の貞丈や、老講談師と言われるベテラン講談師伯麟や燕雄たちから、沢山の話を聞いて仕込み、稽古をつけて貰った。前座時代から、若いのに、他の誰もやらないネタを発掘して高座にかけると客をうならせたのも、これらの薫陶努力があったからである。
   貞水の初高座、前座修行、真打ち昇進披露、独演会の開催など講談師人生を育んでくれたこの本牧亭も、バブル景気全盛期、一等地の土地の相続税懸念で閉場となってしまった。その本牧亭で使われていた釈台が貞水宅にあって、講談定席の寄席ができれば返そうと夢見ている。何百人という講談師が、文字通り汗水垂らして講談を読み、張り扇で叩いた釈台なのである。

   興味深いのは、講談の世界にも、内紛があって、分裂したという話である。
   文楽では、1948年、松竹との待遇改善に意見が対立し、会社派の「文楽因会」と組合側の「文楽三和会」に分裂した話は有名だが、講談の分裂は、女性講談師天の夕づるが、見せる講談とかで、布団を敷いた高座に、長襦袢姿で上がって、”ポルノ講談”を読んだのが発端で、「売れれば良い、マスコミに話題になれば良い」という神田山陽と、怒った本牧亭や「売れたら真打ちだと言う考えに反対した講談師」との対立だと言うから、面白い。

   もう一つ面白いと思ったのは、海外公演の話で、歌舞伎や文楽や能狂言の舞台では、動きがあるパーフォーマンスアーツなので、多少は、理解の助けになるとは思うのだが、講談は、落語と同じで、日本語の話術だけで、外人に評価されるのかどうか。
   日本語で講談を読み、その内容を字幕で表示する方法をとったとかだが、ツアーでは、観客の心をつかみ、カーテン・コールで幾度も舞台に呼び戻されたという。
   一度目は、ラフカディオ・ハーンの「破られた約束」、二度目は、現地の事情にあった修羅場の話だったが、貞水の藝が国境を越えて、外国人にも理解され、自らの芸にも自信を得たという。

   この本では、貞水師の藝の遍歴・軌跡につて、もっと詳しく深みのある藝論などが展開されていて興味深い。
   歌舞伎や文楽、能や狂言などについては、結構本を読んだり見聞きすることが多いので、かなり分かっているのだが、講談につては、初めて垣間見る話だったので、参考になった。
   第2部に、「講談のジャンルと貞水演目一覧」
   第3部に、「忘れぬ先人たち――貞水に聞く」
コメント
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