詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

田口三舩『めぐりめぐって』

2019-05-09 20:20:19 | 詩集
田口三舩『めぐりめぐって』(えぽ叢書15)( 明文書房、2019年03月30日発行)

田口三舩『めぐりめぐって』の巻頭の作品「春宵」。

人いきれする雑踏をくぐり抜けて
人影もまばらな裏道を歩いていくと
淡い空の欠片がこぼれ落ちたような
池のほとりに出るのだった

 「詩的」に始まる。詩的と感じるのは「淡い空の欠片がこぼれ落ちたような」という一行の働きが大きい。「ような」は直喩。「比喩」が「現実」を「ことば」にかえてしまう。そこにあるのは「現実」というよりも「ことば」でしかつかみとれない世界なのだ。
 この一行の、では何が「ような」なのか、つまりことばでしかいえないものなのかと読み直すと、「現実」ではなく「ことば」のなかに引き込まれてしまう。
 「こぼれ落ちた」が比喩なのか、「空の欠片」が比喩なのか。「淡い空」というのは「現実」にもありそうだが、「淡い空」と呼ばれる前は「水色の空」だったかもしれないし、「夜明け前の空」「夕暮れの空」であったかもしれない。タイトルが「春宵」なので、「夕暮れ」を想像すると落ち着くが、書き出しは「朝」で最後に「夕暮れ」が出てくる詩に「春宵」というタイトルをつけることもできるから、一連目だけではなんとも言えない。また、「淡い」がすでに「比喩」かもしれない。「比喩」がいくつも重なり合っている。
 それは単にこの一行に言えることではなく、この行の「ことば」の奥には、「人影もまばら」「裏道」という「さびしい」感じのものが「過去」として動いている。そして、それは「ほとり」という「さびしい未来」へも動いていく。
 ある瞬間が、その瞬間でありながら、同時に「過去」「未来」にもつながり、ひろがっている。「詩(ことば)の冒険」というよりも、「詩」を共有する形で、ことばがていねいに動いている。
 田口は、この「ていねいさ」を守り続ける。

おとことおんなは
思い出しようもない遠いむかし
人がまだことばを持たなかったころ
ひそやかに
こころ通わせ合っていたのかもしれない
あるいはいつか地球からずっとはなれた
億万光年ものかなたで
かつて自分自身に出会ったように
巡りあうことになっているのかもしれない

いまはただ
春の闇におのれのいのちを溶けこませ
たがいの存在に気づくこともなく
まるで滅びの瞬間を待っているかのように
揺れつづけるおのれの裸身を
じっと見つめている

 おとことおんな。それはふたりなのか、ひとり(おのれ)なのか。おとこがおんなの比喩か、おんながおとこの比喩か。「溶けこむ」という動詞が出てくるが、たとえばおとこがおんなに溶けこむとき、溶けこんだあと、おんなはどうなるのだろうか。おとこが溶けこむ前とおなじおんななのだろうか。
 「ことば」では、あらゆることを区別できる。区別してしまうのが「ことば」だからだ。
 「いのち」は「滅びる」とも言えるし「生まれる」とも言える。「生まれる」ということばはこの詩には書かれていないが、詩を読み終えて、ここに書かれている「ことば」がまだあるということは、滅びながら生まれたものがあるからだろう。
 あらゆるものは滅びながら生まれ、生まれながら滅びる。そういう運動があることを感じさせてくれる。





*

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めぐりめぐって―詩集 (えぽ叢書 15)
田口 三舩
明文書房
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池澤夏樹のカヴァフィス(141)

2019-05-09 09:03:11 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
141 シノビへの行軍の途中

 「ミトリダテス、栄誉に満ち力に溢れる王」が、シノビへの行軍の途中、自分の運命を占わせる。

だが、王は今あるもので満足なさるがよいらしい。
それ以上を求めるのは危険です。
必ずこうお伝えください--
今あるものでよしとなさい、と。
未来はいきなり変化するもの。
ミトリダテス王にお伝えください、

 「今あるものでよしとしなさい」と「お伝えください」が繰り返される。「今あるものでよしとする」というのは、いわば俗世間の知恵である。占いは、たいていこう言っておけば充分だろう。もし幸運が舞い込んだら、よかった、と大喜びすればいい。占いが外れたとはだれも思わない。不幸が舞い込んだら「やはり、あれこれ望んだのがいけない」と反省する。占いどおりにすればよかったと後悔する。ひとは誰でも欲望に引きずられる。いつだって「今あるもの」以上をもとめてしまうから、この占いは外れるはずがない。
 そういう俗世間の知恵を、

未来はいきなり変化するもの。

 この一行がすばらしい哲学に変える。いや、俗世間の知恵によって、この一行が哲学に変わるのか。どちらか、わからない。
 これもまた占いの名言だ。
 カヴァフィスは、こういう「常套句」の組み合わせがとても巧みだ。「常套句」のなかには、ことばを生み出した「事実」がある。

 池澤はの註釈。

ここにある占い師のエピソードはおそらくカヴァフィスの創作

 創作だろうけれど、ことばと言い回しはカヴァフィスがひととの出会いのなかで耳にしたものだと思う。占い師にこう言わせたい、というのではなく、どこかで聞いたことば。耳を澄ませば、あらゆる占い師から聞こえてくることば。カヴァフィスは街中から聞こえてくることばを「常套句」に結晶させる。巷に流通しているものを「常套句」と言うのだが、カヴァフィスは詩に書くことで、ふと聞いたことばを「常套句」に育て上げる。



カヴァフィス全詩
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