田口三舩『めぐりめぐって』(えぽ叢書15)( 明文書房、2019年03月30日発行)
田口三舩『めぐりめぐって』の巻頭の作品「春宵」。
「詩的」に始まる。詩的と感じるのは「淡い空の欠片がこぼれ落ちたような」という一行の働きが大きい。「ような」は直喩。「比喩」が「現実」を「ことば」にかえてしまう。そこにあるのは「現実」というよりも「ことば」でしかつかみとれない世界なのだ。
この一行の、では何が「ような」なのか、つまりことばでしかいえないものなのかと読み直すと、「現実」ではなく「ことば」のなかに引き込まれてしまう。
「こぼれ落ちた」が比喩なのか、「空の欠片」が比喩なのか。「淡い空」というのは「現実」にもありそうだが、「淡い空」と呼ばれる前は「水色の空」だったかもしれないし、「夜明け前の空」「夕暮れの空」であったかもしれない。タイトルが「春宵」なので、「夕暮れ」を想像すると落ち着くが、書き出しは「朝」で最後に「夕暮れ」が出てくる詩に「春宵」というタイトルをつけることもできるから、一連目だけではなんとも言えない。また、「淡い」がすでに「比喩」かもしれない。「比喩」がいくつも重なり合っている。
それは単にこの一行に言えることではなく、この行の「ことば」の奥には、「人影もまばら」「裏道」という「さびしい」感じのものが「過去」として動いている。そして、それは「ほとり」という「さびしい未来」へも動いていく。
ある瞬間が、その瞬間でありながら、同時に「過去」「未来」にもつながり、ひろがっている。「詩(ことば)の冒険」というよりも、「詩」を共有する形で、ことばがていねいに動いている。
田口は、この「ていねいさ」を守り続ける。
おとことおんな。それはふたりなのか、ひとり(おのれ)なのか。おとこがおんなの比喩か、おんながおとこの比喩か。「溶けこむ」という動詞が出てくるが、たとえばおとこがおんなに溶けこむとき、溶けこんだあと、おんなはどうなるのだろうか。おとこが溶けこむ前とおなじおんななのだろうか。
「ことば」では、あらゆることを区別できる。区別してしまうのが「ことば」だからだ。
「いのち」は「滅びる」とも言えるし「生まれる」とも言える。「生まれる」ということばはこの詩には書かれていないが、詩を読み終えて、ここに書かれている「ことば」がまだあるということは、滅びながら生まれたものがあるからだろう。
あらゆるものは滅びながら生まれ、生まれながら滅びる。そういう運動があることを感じさせてくれる。
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田口三舩『めぐりめぐって』の巻頭の作品「春宵」。
人いきれする雑踏をくぐり抜けて
人影もまばらな裏道を歩いていくと
淡い空の欠片がこぼれ落ちたような
池のほとりに出るのだった
「詩的」に始まる。詩的と感じるのは「淡い空の欠片がこぼれ落ちたような」という一行の働きが大きい。「ような」は直喩。「比喩」が「現実」を「ことば」にかえてしまう。そこにあるのは「現実」というよりも「ことば」でしかつかみとれない世界なのだ。
この一行の、では何が「ような」なのか、つまりことばでしかいえないものなのかと読み直すと、「現実」ではなく「ことば」のなかに引き込まれてしまう。
「こぼれ落ちた」が比喩なのか、「空の欠片」が比喩なのか。「淡い空」というのは「現実」にもありそうだが、「淡い空」と呼ばれる前は「水色の空」だったかもしれないし、「夜明け前の空」「夕暮れの空」であったかもしれない。タイトルが「春宵」なので、「夕暮れ」を想像すると落ち着くが、書き出しは「朝」で最後に「夕暮れ」が出てくる詩に「春宵」というタイトルをつけることもできるから、一連目だけではなんとも言えない。また、「淡い」がすでに「比喩」かもしれない。「比喩」がいくつも重なり合っている。
それは単にこの一行に言えることではなく、この行の「ことば」の奥には、「人影もまばら」「裏道」という「さびしい」感じのものが「過去」として動いている。そして、それは「ほとり」という「さびしい未来」へも動いていく。
ある瞬間が、その瞬間でありながら、同時に「過去」「未来」にもつながり、ひろがっている。「詩(ことば)の冒険」というよりも、「詩」を共有する形で、ことばがていねいに動いている。
田口は、この「ていねいさ」を守り続ける。
おとことおんなは
思い出しようもない遠いむかし
人がまだことばを持たなかったころ
ひそやかに
こころ通わせ合っていたのかもしれない
あるいはいつか地球からずっとはなれた
億万光年ものかなたで
かつて自分自身に出会ったように
巡りあうことになっているのかもしれない
いまはただ
春の闇におのれのいのちを溶けこませ
たがいの存在に気づくこともなく
まるで滅びの瞬間を待っているかのように
揺れつづけるおのれの裸身を
じっと見つめている
おとことおんな。それはふたりなのか、ひとり(おのれ)なのか。おとこがおんなの比喩か、おんながおとこの比喩か。「溶けこむ」という動詞が出てくるが、たとえばおとこがおんなに溶けこむとき、溶けこんだあと、おんなはどうなるのだろうか。おとこが溶けこむ前とおなじおんななのだろうか。
「ことば」では、あらゆることを区別できる。区別してしまうのが「ことば」だからだ。
「いのち」は「滅びる」とも言えるし「生まれる」とも言える。「生まれる」ということばはこの詩には書かれていないが、詩を読み終えて、ここに書かれている「ことば」がまだあるということは、滅びながら生まれたものがあるからだろう。
あらゆるものは滅びながら生まれ、生まれながら滅びる。そういう運動があることを感じさせてくれる。
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嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
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