詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

トーマス・ステューバー監督「希望の灯り」(★★★★★)

2019-05-14 18:05:31 | 映画
トーマス・ステューバー監督「希望の灯り」(★★★★★)

監督 トーマス・ステューバー 出演 フランツ・ロゴフスキ、サンドラ・フラー、ペーター・クルト

 映画は、まるで「2001年宇宙の旅」のように始まる。始まってすぐ「あ、これは『2019年地球の旅』だ」と思った。
 「美しき青きドナウ」に乗って、巨大スーパーの倉庫をフォークリフトが疾走する。巨大な棚は宇宙船の内部にも、ハルのメモリーにも見える。キューブリックに見せてやりたい。音楽と映像の融合は、それだけですでに完璧な映画だ。ストーリーなんか、いらない。
 この映画は「音楽」だけではなく、「音」そのものにも非常に凝っている。スーパーの内部の、ノイズ(フォークリフトの走る音とか、荷物の上げ下ろしの音とか)がきちんと聞こえる。このあたりの処理は、ジャック・タチか。ジャック・タチは「日常の音」を取り出して見せたが、トーマス・ステューバーはただ「ノイズ」として、そこにほうりだしている。
 「ノイズ」をていねいにとらえる一方、セリフはとても少ない。ほとんど何もいっていないくらいである。
 で、そうこうしているうちに、変なことに気がつく。映画の音は「音楽(そこにはありえない楽曲)」か「ノイズ(現実にひそんでいる音)」のはずなのに、フランツ・ロゴフスキがサンドラ・フラーを陳列棚越しに見るとき、「海の音」が聞こえる。これは何だろうか。私は、フランツ・ロゴフスキがサンドラ・フラーに一目惚れしたことを象徴的にあらわしているのかと思った。女を見て海を思い出す。女を海だと思って見ている。打ち寄せる波のように、繰り返し繰り返し寄せてくるもの。いわば、フランツ・ロゴフスキだけに聞こえる「こころの音楽」。主人公にしか聞こえないのだけれど、その「音」を聞くことで観客は、主人公になってしまう。そういう「効果」を引き起こす「映画テクニック」と思って見ていた。聞いていた。実際、主人公は、女に引かれていく。それは他の従業員が見てもそれとわかるくらいだし、女もそれに気づく。
 ところが、この「海の音」は「心象の音」ではなかった。
 映画の最後の最後で、それがスーパーの中に「実在する音」だと明らかにされる。もちろん、多少処理が施してあって「海の音」に聞こえるようにしているのだが。
 この「心象の音」が「実在の音」だと「種明かし」するシーンは、いろいろな映画音楽のなかでも特筆に値する美しさだ。今見たからそう思うのかもしれないが、いままで見た映画の中でもっとも美しい「音楽」だ。
 武満徹の音楽を、ふと思った。武満徹の感想を聞いてみたい、と思った。
 この「音楽」以外では、私は「ミツバチのささやき」でアナが父親の懐中時計のオルゴールの音に気づき、アナが気づいたと父親が気づくシーンと、「父パードレ・パドレーネ」で主人公が遠くから聞こえてくるオーケストラにこころを揺さぶられるシーン(実はオーケストラではなく一個のアコーディオンだったのだが、それがオーケストラに聞こえた)というシーンが好きだ。
 このふたつの「音楽」と比べると、格段に新しい、画期的な「音楽」だと思った。「ノイズ」というものは世界に存在しない。あらゆる音が「音楽」にかわる可能性を秘めた響きであると宣言するのだから。
 そして、この「音楽」のありかたは、映画のストーリーというが、テーマそのものにもなっている。人間の「幸福(希望)」というものは、どこにあって、どんなふうに生きているのかということを暗示するものになっている。
 小さな作品だが、ぜひ、見てください。

 (KBCシネマ2、2019年05月14日)
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アルメ時代 18 アリシアへの手紙

2019-05-14 11:08:21 | アルメ時代
 私は今、細く入り組んだ道の両側に家が立ち並んだ街にすんでいますが、生まれ育ったのは田舎です。道はまっすぐではないけれど、山の形や川の流れにあわせた必然的な曲がり方で、入り組んではいません。どこかとどこかをつなぐといった明確な目的を持っています。道ということばとともに思い出すのは、野の道を、全身に風を感じながら歩いて、やがて街へたどりついた日のことです。まっすぐな道の両側に同じ形の家が並んでいました。真昼で、影はひとつも落ちていないのに、何か暗いものを見たように思いました。
 私の両親もあなたの両親と同じように、農業のことしか考えていません。ブドウやオリーブではなく、米と少しばかりの青い野菜を作っています。米がうまくできるかどうかだけをいつも心配しています。それはある意味で美しい生活だと思います。しかし、その美しさの底には暗いものがひそんでいます。彼らは、幸福については、かなり冷たいところがあります。自分たちの幸福のことしか気にかけません。他の人々の不幸を見て、私たちはまだ幸福だと考えるような消極的なところもあります。やせた土地で生き続けてきたものの知恵なのかもしれません。道のかわりにこころが入り組んだのかもしれません。
 
 私とはときどきほんとうは何が書きたかったのかわからなくなります。実はあなたたちが「ドゥエンデ」と呼ぶものについて、二、三教えてもらいたいことがあったのです。ゴヤについて学んだとき、何度かそのことばに出会いました。一種の暗さをさすことばだと理解しています。しかし単なる暗さではなく、燃えるようなひとつの状態のようにも思われます。いのちのありようといってもいいと考えています。
 手紙を書きだすまでは、それは両親の幸福感や、野の道の入り組み方にいくらか似たところがあるのではないかと考えていました。しかしぼんやりと考えていたことは、ことばにし、少しずつ追い詰めていくと、いつもどこかへずれていってしまいます。

 「ドゥエンデ」とは何ですか、と単純にたずねればよかったのかもしれません。けれどそれでは何の答えも得られないのだと感じているのです。
 私は答えではなく、あなたがわたしの手紙を読む、その時間、私のそばにいてくれることを願って手紙を書いていることを知っているからです。
 ¿Qué quieres decir con estas palabras?  私は再び、あなたの、その疑問に出会うだろうと思います。ほんとうのことを言えば、私にも何か言いたいのかよくわからないのです。たぶん私は、私の中の不分明な私と正しく向き合うために、あなたに手紙を書いているのだと思います。
 一人の人間がもう一人の人間を見つけ出すまで、そばにいてくれる忍耐心をもっておられることを願ってペンを置きます。

 雨が降り始めました。窓から手を出して受けてみると、もう雨が冷たい季節です。


















(アルメ239 、1986年2月10日)
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池澤夏樹のカヴァフィス(146)

2019-05-14 08:44:34 | 池澤夏樹「カヴァフィス全詩」
146 さあ、あなたはラケダイモンの王

 池澤の註釈。

 これは136「スパルタで」の母と息子の場面の続きである。

 そのクライマックスは、後半にある。

威厳を取り戻したこの健気な女性は
クレオメノスに言った、「さあ、あなたはラケダイモンの王。
ここを出る時には、
涙もスパルタらしからぬふるまいも見せぬよう。
そこまでは私らの力の及ぶ範囲です。
その先のことは神々の手の中にあるとしても」

そう言って彼女は船の方へ、「神々の手の中にある」ものの方へ、歩み出した。

 「私らの力の及ぶ範囲」ということばが強い。ほんとうは、この強いことばこそが繰り返され、読者のこころに刻まれるべきものである。しかしカヴァフィスは、逆に、そのことばの対極にある「神々の手の中にある」を繰り返している。
 この瞬間、人間が「神話」になる。
 詩人はそう言うが、逆じゃないか、という「反論」を私のこころは叫ぶ。
 この構造は、とてもおもしろい。
 「共感」「同意」ではなく、「反論」のなかでつかみ取る真実。読者に真実をつかみとられるために、あえて逆を書く--ということをカヴァフィスが狙ったかどうかわからないが、私は、そう感じた。
 「神々の手のなかにあるもの」など、どうでもいい。


 



カヴァフィス全詩
クリエーター情報なし
書肆山田


「高橋睦郎『つい昨日のこと』を読む」を発行しました。314ページ。
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評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073455


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