(現行憲法)
第56条
1 両議院は、各々その総議員の三分の一以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない。
2 両議院の議事は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。
(改正草案)
第56条(表決及び定足数)
1 両議院の議事は、この憲法に特別の定めのある場合を除いては、出席議員の過半数で決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。
2 両議院の議決は、各々その総議員の三分の一以上の出席がなければすることができない。
第1項と第2項を入れ換えただけのようにも見えるが、かなり違う。現行憲法は、「議事を開き議決する」ということを切り離せない形で書いている。しかし、改憲草案は、これを強固に関連づけていない。議事開催の条件に「三分の一以上の出席」が書かれていない。削除されている。議事そのものは「三分の一以上の出席」がなくても開くことができる。議決は「三分の一以上の出席」を必要とすると定めているだけである。
自民党の少数の議員だけで議会を開き、討論し、採決のときだけ野党にも出席を求める。「三分の一以上の出席」だから、「三分の一以上の出席」を獲得していれば、自民党はいつでも独断で法律をつくることができることになる。
これは、「閣議決定=国会の議決」ということである。国会での議論がなくなるということである。議論はしないけれど、「議決」だけやり、議論をしたかのように装う。
いまおこなわれている「形式的議論」は改憲草案の先取りである。
質問しても、質問に答えない。最初から議論をする(法案をよりよいものにする)という姿勢がないのだ。
(現行憲法)
第57条
1 両議院の会議は、公開とする。但し、出席議員の三分の二以上の多数で議決したときは、秘密会を開くことができる。
2 両議院は、各々その会議の記録を保存し、秘密会の記録の中で特に秘密を要すると認められるもの以外は、これを公表し、且つ一般に頒布しなければならない。
3 出席議員の五分の一以上の要求があれば、各議員の表決は、これを会議録に記載しなければならない。
(改正草案)
第57条(会議及び会議録の公開等)
1 両議院の会議は、公開しなければならない。ただし、出席議員の三分の二以上の多数で議決したときは、秘密会を開くことができる。
2 両議院は、各々その会議の記録を保存し、秘密会の記録の中で特に秘密を要すると認められるものを除き、これを公表し、かつ、一般に頒布しなければならない。
3 出席議員の五分の一以上の要求があるときは、各議員の表決を会議録に記載しなければならない。
第57条のテーマはみっつある。会議の公開、議事録の公開、表決の記載(表決の公開)。「各議員の表決は、これを会議録に記載しなければならない」という現行憲法の「これを」を削除して、改憲草案は「各議員の表決を会議録に記載しなければならない」としている。「これを(これは)」という現行憲法の表現のスタイルは、何度も書くが、テーマを明確にすることにある。改憲草案は「テーマ」を見えにくくしている。テーマ隠しをしている。誰が賛成したか、誰が反対したかは、あとで大きな問題になることがある。そういう問題があるということ、予想されるということを改憲草案は隠している。
(現行憲法)
第58条
1 両議院は、各々その議長その他の役員を選任する。
2 両議院は、各々その会議その他の手続及び内部の規律に関する規則を定め、又、院内の秩序をみだした議員を懲罰することができる。但し、議員を除名するには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする。
(改正草案)
第58条(役員の選任並びに議院規則及び懲罰)
1 両議院は、各々その議長その他の役員を選任する。
2 両議院は、各々その会議その他の手続及び内部の規律に関する規則を定め、並びに院内の秩序を乱した議員を懲罰することができる。ただし、議員を除名するには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする。
大きな違いは、第2項で「又、」を「並びに」と書き換えている。「又、」と「並びに」はどう違うのか。わからない。改憲草案のなかで「並びに」を探し出して点検する必要がある。
現行憲法の「又、」は
第12条
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。
第18条
何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
という具合につかわれている。補足条件として、反対側の視点から言いなおしている。国民の自由の権利は国民が保持しなければならない。しかし、濫用してはいけない。国民は奴隷的拘束を受けない。しかし、犯罪を置かした場合は別である。
この「文体」に従うと、現行憲法は、「会議その他の手続及び内部の規律に関する規則を定め」ることができる。しかし、その規律には例外がある。どんな内部規律でもきめることができるわけではない。「院内の秩序をみだした議員」に関する規律である。不問にしてはいけない。だから、「院内の秩序をみだした議員」に対しては、「懲罰することができる」ようにしておく、というのである。議員特権に対して、「枠」をはめている。
この「又、」を「並びに」にかえるとどうなるのか。改憲草案のなかで「例文」を集めてみないとわからない。私は、すぐにはどこに「並びに」がつかわれているのか、いまは思い出すことができない。時間がなくて、調べることもできない。
ことば(表現)を変えるからには、かならずこそに何らかの意図があると思って読まないといけない。
(現行憲法)
第59条
1 法律案は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、両議院で可決したとき法律となる。
2 衆議院で可決し、参議院でこれと異なつた議決をした法律案は、衆議院で出席議員の三分の二以上の多数で再び可決したときは、法律となる。
3 前項の規定は、法律の定めるところにより、衆議院が、両議院の協議会を開くことを求めることを妨げない。
4 参議院が、衆議院の可決した法律案を受け取つた後、国会休会中の期間を除いて六十日以内に、議決しないときは、衆議院は、参議院がその法律案を否決したものとみなすことができる。
(改正草案)
第59条(法律案の議決及び衆議院の優越)
1 法律案は、この憲法に特別の定めのある場合を除いては、両議院で可決したとき法律となる。
2 衆議院で可決し、参議院でこれと異なった議決をした法律案は、衆議院で出席議員の三分の二以上の多数で再び可決したときは、法律となる。
3 前項の規定は、法律の定めるところにより、衆議院が両議院の協議会を開くことを求めることを妨げない。
4 参議院が、衆議院の可決した法律案を受け取った後、国会休会中の期間を除いて六十日以内に、議決しないときは、衆議院は、参議院がその法律案を否決したものとみなすことができる。
第59条の一番大きな変更は、第3項である。「衆議院が、両議院の協議会を開くことを求めることを妨げない」の読点「、」を削除し、改憲草案は「衆議院が両議院の協議会を開くことを求めることを妨げない」にしている。現行憲法が「衆議院が、」と主語を明確にするために「、」で一端、切っている。改憲法案は主語の意識があらわれにくいようにしている。「これは」の削除と同じである。
第4項では、改憲草案は、現行憲法を踏襲して「、」を省略していない。これは、第4項のテーマが参議院にかわっており、衆議院という主語を強調するためには「衆議院は、」とする必要があったということである。つまり、裏を返せば、改憲草案は「、」や「ことを」という表記(ことば)の存在は主語やテーマを明確にする(意識化する)ときには必要だと理解していることになる。理解しているから、必要に応じてテーマや主語をあいまいにする(意識化させないようにする)ために、「、」や「これを」を省略しているということである。
これは小さな問題に見えるが、その小さなものが積み重なって大きな問題になる。改憲草案を読むときは、そこに注意しないといけない。