え? ほんとに最終回だったんだ!
いや前から、単行本収録話数としては丁度いいから、205話が最終回もあるかも、という噂はあったけど、まさか、ホントに終わるとは。
しかも、最終回なのに、最後の写真以外、直接、本編の登場人物たちは出ない、という、いかにもな構成。
前回の引きで、現代の東京の絵が描かれていたように、最終話に出てきた人たちは、皆、本編キャラの子孫たち。
善逸&禰豆子の子孫らしき二人が、曾祖父ちゃんの本と言っているから、まさに大正時代から4代後の現代の、今の、東京、ということのようで。
で、その子孫たちの日常を描いて終わり。
数少ない大正時代からの存続を匂わせるのが、産屋敷家の長命爺さんと、珠世の肖像画を描き続ける愈史郎くらい。
ついでにいえば、青い彼岸花は、昼だけ咲くから無惨様は見ることができませんでした!というオチw
こんな具合で、最終回というよりは、カーテンコールという感じだった。
・・・で、これ、要するに、いわゆる桃源郷エンドね。
前回のタイトルの「鬼のいない世界」がその後も続いた平和(ボケした)世界。
炭治郎たち、というよりも、お館様と柱たちが夢見ていた理想の世界。
だから、「桃源郷」。
なので、読後の印象は、一種の「夢の世界」エンド。
夢オチではないけれど、これもまた「夢」ということで。
ただ、夢の世界=桃源郷で終わるのなら、本編はバッドエンドでもよかったんだけどね。
むしろ、その方が気になったかな。
それにしても、なんというか、しょっぱい終わり方になってしまったなぁ。
無惨の最後が、いわば珠世&しのぶの「女の恨み」炸裂薬でジワジワと殺されてしまったことも含めて(いや、もちろん、炭治郎の健闘はあったけど)、およそ大団円という感じのしない終わり方で。
正直、がっかり。
あんまりここでそのことを引き合いには出したくないのだけど、『五等分の花嫁』も超だらしない終わり方をしたことを思うと、なんだろう、最近の漫画家は、ホント、きちんと物語を創ることに、さして情熱を注いでいないのだろうね。
終わりよければ全てよし、の全く裏を行く締め方で。
これじゃないよなー感は、ハンパない。
なかには、ダラダラと引き伸ばさずに終わらせたのは良かった、と評価する向きもあるようだけど、いやー、それ、作品の出来とはぜんぜん関係ないから、といいたくなる。
皆が見たかったのは、薬でしょぼく負ける無惨ではなく、炭治郎に「日の呼吸」によってとどめを刺される姿だったんじゃないの?
それをテンプレだから面白くない、というのは、なんか物語の受け止め方を間違っていると思うんだよ。
見たかったのは、黒死牟戦のような緊迫感と、勝利の後の無念感だったんじゃないのかな?
もちろん、それは黒死牟でもうやっちゃったからやることがない、というのもあるのだろうけど。
でもさ、炭治郎がこれまでずっと言ってきた「鬼ももとは人だったんです!」という、柱から見たらゲンコツもんの「煮え切らない」態度も、最後で、完全になかったことになってしまったし。
いや、だって、本編終わって誕生したのは「鬼のいない世界」だよ。
まぁ、愈史郎は、まだ人間とともにあるけどさ。
でも、鬼と人間との関係をどう作り変えるか、そのひたむきな炭治郎の態度に、柱たちはどう応えるのか、あるいは、後続の世代がどう受け止めるのか?というのが、むしろ、無惨戦のあとの、文字通りの戦後処理で大切なところだったんじゃないのかな?
それもこれもすっ飛ばして、4代後の、脳天気な子孫たちの傍若無人ぶりを描いて終わり、って、それはやっぱりないでしょ。
あと1巻かけて、無惨戦の決着の付け方に工夫をこらし、戦後処理での葛藤を描き、然る後に、どのキャラとどのキャラがくっついたかどうかをまとめて描くのではなく、心情の吐露を含めて描き、そうして、現代に繋げる、というくらいの余韻は欲しかったと思うけどな。
打ち切りエンドとまではいわないけど、尻窄みの終わり方であったことは否めない。
といっても、いきなり炎柱の外伝はスピンオフで始まるし、やろうと思えば、子孫たちで現代版の続編をつくることもできるだろうから、とりあえずの「終わり」なんだろうけどね。
ただ、それにしても、拙速な終幕だった。
最後の最後で、ただのキャラマンガのような終わり方になってしまったの残念。
せっかく積み重ねてきた世界観が生殺しになってしまった。
いや前から、単行本収録話数としては丁度いいから、205話が最終回もあるかも、という噂はあったけど、まさか、ホントに終わるとは。
しかも、最終回なのに、最後の写真以外、直接、本編の登場人物たちは出ない、という、いかにもな構成。
前回の引きで、現代の東京の絵が描かれていたように、最終話に出てきた人たちは、皆、本編キャラの子孫たち。
善逸&禰豆子の子孫らしき二人が、曾祖父ちゃんの本と言っているから、まさに大正時代から4代後の現代の、今の、東京、ということのようで。
で、その子孫たちの日常を描いて終わり。
数少ない大正時代からの存続を匂わせるのが、産屋敷家の長命爺さんと、珠世の肖像画を描き続ける愈史郎くらい。
ついでにいえば、青い彼岸花は、昼だけ咲くから無惨様は見ることができませんでした!というオチw
こんな具合で、最終回というよりは、カーテンコールという感じだった。
・・・で、これ、要するに、いわゆる桃源郷エンドね。
前回のタイトルの「鬼のいない世界」がその後も続いた平和(ボケした)世界。
炭治郎たち、というよりも、お館様と柱たちが夢見ていた理想の世界。
だから、「桃源郷」。
なので、読後の印象は、一種の「夢の世界」エンド。
夢オチではないけれど、これもまた「夢」ということで。
ただ、夢の世界=桃源郷で終わるのなら、本編はバッドエンドでもよかったんだけどね。
むしろ、その方が気になったかな。
それにしても、なんというか、しょっぱい終わり方になってしまったなぁ。
無惨の最後が、いわば珠世&しのぶの「女の恨み」炸裂薬でジワジワと殺されてしまったことも含めて(いや、もちろん、炭治郎の健闘はあったけど)、およそ大団円という感じのしない終わり方で。
正直、がっかり。
あんまりここでそのことを引き合いには出したくないのだけど、『五等分の花嫁』も超だらしない終わり方をしたことを思うと、なんだろう、最近の漫画家は、ホント、きちんと物語を創ることに、さして情熱を注いでいないのだろうね。
終わりよければ全てよし、の全く裏を行く締め方で。
これじゃないよなー感は、ハンパない。
なかには、ダラダラと引き伸ばさずに終わらせたのは良かった、と評価する向きもあるようだけど、いやー、それ、作品の出来とはぜんぜん関係ないから、といいたくなる。
皆が見たかったのは、薬でしょぼく負ける無惨ではなく、炭治郎に「日の呼吸」によってとどめを刺される姿だったんじゃないの?
それをテンプレだから面白くない、というのは、なんか物語の受け止め方を間違っていると思うんだよ。
見たかったのは、黒死牟戦のような緊迫感と、勝利の後の無念感だったんじゃないのかな?
もちろん、それは黒死牟でもうやっちゃったからやることがない、というのもあるのだろうけど。
でもさ、炭治郎がこれまでずっと言ってきた「鬼ももとは人だったんです!」という、柱から見たらゲンコツもんの「煮え切らない」態度も、最後で、完全になかったことになってしまったし。
いや、だって、本編終わって誕生したのは「鬼のいない世界」だよ。
まぁ、愈史郎は、まだ人間とともにあるけどさ。
でも、鬼と人間との関係をどう作り変えるか、そのひたむきな炭治郎の態度に、柱たちはどう応えるのか、あるいは、後続の世代がどう受け止めるのか?というのが、むしろ、無惨戦のあとの、文字通りの戦後処理で大切なところだったんじゃないのかな?
それもこれもすっ飛ばして、4代後の、脳天気な子孫たちの傍若無人ぶりを描いて終わり、って、それはやっぱりないでしょ。
あと1巻かけて、無惨戦の決着の付け方に工夫をこらし、戦後処理での葛藤を描き、然る後に、どのキャラとどのキャラがくっついたかどうかをまとめて描くのではなく、心情の吐露を含めて描き、そうして、現代に繋げる、というくらいの余韻は欲しかったと思うけどな。
打ち切りエンドとまではいわないけど、尻窄みの終わり方であったことは否めない。
といっても、いきなり炎柱の外伝はスピンオフで始まるし、やろうと思えば、子孫たちで現代版の続編をつくることもできるだろうから、とりあえずの「終わり」なんだろうけどね。
ただ、それにしても、拙速な終幕だった。
最後の最後で、ただのキャラマンガのような終わり方になってしまったの残念。
せっかく積み重ねてきた世界観が生殺しになってしまった。