風のこたろう

'05年4月6日~'07年4月7日 ウランバートル生活日記
'09年8月~  詩吟三昧の徒然日記

ゲル基金コンサート

2005年12月18日 | チンゲル亭
         
           ゲル基金コンサート

13:00 連絡所出発(ダリ・エヒというゲル地区にある孤児院で)

14:00 イベント開始
     1.歌「世界に一つだけの花」
     2.パネルシアター「カレーライスの歌」
     3.交流の時間
       折り紙*あやとり*福笑いの3つのグループで。
     4.歌「クリスマス」→プレゼントを渡します。
     5.歌「夜空のムコウ」

16:00? 終了、解散


 この壁は毎年子どもたちの手で塗り変えられるそうです
                         キャー、かわいいー

正装して待っていてくれた子どもたち




ギター、卓上ピアノ(?)口笛、ボーカルの総勢13人の老?若男女のチームが孤児院にクリスマスプレゼントを届けに行きました。

心からお客さんを喜んで、ほんとに嬉しそうな顔で笑う子どもたちです。
歌手のオユンナさんの基金で運営されています。
今は、全部で21人収容されているそうです。
いいなぁとおもったのは、必ず兄弟姉妹で収容されること、きちんと家族関係を調べて、ほんとに必要な子どもが選ばれていると言うことでした。
(モンゴルでは、書類操作をして、口減らしのために子どもを孤児院に入れる例もあるということです。)

オユンナさんは、今は主に日本で活躍している歌手ですが、彼らの15才以上の子どもはほとんどが(8人)日本に行って勉強をしたことがあります。
今日の通訳は、この中の最年長の日本語科の学生さんでした。
とても流暢な日本語で、「必ず通訳になります。やりますよー」と言い切りました。

日本に行った子どもたちが多いために、あや取りや折り紙も良く知っています。
今日は、モンゴル人女子大学生のお手伝いが来ていて、彼女は、オルティンドーも習っていて披露してくれました。
子どもたちも、得意な歌やダンスを、お礼に見せててくれたりもしました。
私たちが教えようとすると自分の得意なものを逆に教えられたり、遊んでもらったりの楽しいクリスマスパーティーになりました。
リーダーさんがサンタの扮装をしたのも雰囲気つくりでは良かった。

「こぶたぬきつねこ」の替え歌のカレーライスの歌は、手振り付きで大学生から5才の子どもまでが一緒になって歌い、手振りをしました。
挙句に新年のお祭りのときに歌いたいから、教えてと請われて、予定時間を過ぎる熱狂振りでした。

施設を辞した後、食事をしながら話し合ったことは、UBの施設をくまなく回るか、それとも決めた施設を、足しげく訪問するか。と言うことでした。
モンゴルには、日本から良くボランティアが施設訪問に来るのですが、「またね」がなかなか実現されないそうです。
子どもたちは、いつまでも待っているそうです。
それを考えると、「またね」を余り間を空けずに実行したいと思うのです。結論は出ませんでした。何しろ、お昼抜きで出かけたので、食べるのが忙しかったのです。(笑)
この施設では、また、春に来て欲しいとリクエストされましたから、行くことになりそうです。

今年はいつまでも雪が降らないねぇと話しながら、出かけたのですが、コンサートが終わって外に出ると、サンタの衣装に良く似合う雪景色になっていました。
白くなった外で、施設で飼われている子犬が尻尾を振って待っていてくれました。
ゲル地区からの帰りは、タクシーが拾えません。
運転手付きの車は1台だけ、女性優先に乗せてもらい、男性は、少し歩きミクロやパスを乗り継ぎ最後はタクシーで、集合場所のレストランに帰ってきました。ギターは、大事に私たちが抱えて帰りました。
ご苦労様でした。
歌って、踊って、しゃべって喉がからから、冷たいジュースがあっという間に空になりました。
今日の、中華はターンテーブルがちゃんと動いてくれたので、会話も食事もスムーズに進みました。
楽しい一日をありがとう。却って私たちが喜びをもらいました。




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ゲル基金コンサート 写真追加

2005年12月18日 | チンゲル亭





あやとり、折り紙、「こうして、そうして。。。」
正装をした子どもたち
ゲル基金メンバー(サンタさんもいまーす。)
学生さんとオルティンドーを歌う誰かさん。後ろの子どもが驚いてる!
最後に、全員で記念撮影。楽しかったねー。



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モンゴル空手

2005年12月17日 | チンゲル亭
   モンゴル空手道協会






近くの第5小学校で、ウランバートルの空手の選手権がありました。
Tさんが空手の指導をしてこられて、その総集編とも言える型の選手権です。

小学校の畳の無い板張りの講堂に白いテープで区切った道場が試合場です。
胴着は、日本から送られたリサイクル胴着です。

小さい子も、大きなお兄さんもお姉さんもそれはそれは、立派に型を披露していました。

Tさんと4人の指導者によって採点されました。
それぞれの考え方が違うのか、力量がちがうのか門外漢の私には分かりませんが、主審のTさんとの点数の開きが余りにありすぎて、困惑しました。

これまでの、Tさんの指導の上での苦労を思うと、ほんとにご苦労様でした。
最後に、選手権と言う形で締めくくりが出来てよかったですね。
日本に帰ったら、今度は自分の選手権にがんばってください。

いつも、明るい笑顔をありがとう。



小さい子どもの型を見ていて、Tさんにそっくりと思える子どもがいました。胸がじわりとしました。

日本に帰る直前の今、活動の総集編としての競技会の開催を決めて彼女の胸には何があるのだろう。
主審として判定を下しながら、きっといろんな思いがあふれていることでしょう。

この子どものために、まだ日本に帰りたくないという思いも、きっと結論を下す前にはあったことと思います。

今を迷って、先延ばしにするのが良いか、それとも。。。
そして、今、決断した彼女。

その講堂は、ディスコパーティーをした名残が有りましたが、入れ物派ともあれ、中にある彼女と彼女の狽チてきたものが確かにありました。
心を残しながら、退出するとき、出口で自然にお辞儀をしている自分を見つけました。


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12月10日号から

2005年12月17日 | モンゴル通信から
12月7日 在モンゴル日本大使着任 市橋康吉特命大使がエンフバヤル大統領に信任状を手渡した。

横綱朝青龍に大相撲での活躍を賞賛し、モンゴル英雄の名を冠したスフバートル勲章を贈った。

モンゴル建国800年、チンギス・ハーン生誕840年のイベントに国家予算から90億トグルクを支出した。
また、「モンゴル建国800周年寄付基金」が出来た。総裁はエルベグドルジ首相。

MIAT社 建国800年で航空機レンタル。800周年のイベントで42万~43万人の外国人観光客が来ると言う調査を基に、来年の6月から9月までイタリア航空会社から3台の「ボーイングー747」を飛行スタッフと共に借りることになった。

鉱山鉱業分野の公開事情 「鉱山発掘分野の公開発提案の導入」プログラムにモンゴルが参加。世界銀行のコンサルタントが演説し相談に乗った。
(鉱山鉱業分野の不透明な部分を明らかにしようとしていると言う内容だと思います。)

女子柔道のエルデネト・オドさん
モンゴルでは、柔道をする人はサンボもするのが普通。サンボの世界選手権大会では金メダルを5個も取っている。
1988年にモンゴルで女子柔道の種目が認められた時からの草分けであり、かつ、柔道現役のトップとして後輩を引っ張る存在。
柔ちゃんを絶賛する同い年。
10年前は、朝青龍と柔道の練習をしたことも有る。彼は組んだ瞬間に才能があるのが分かったそうだ。
夢は北京オリンピックへ出場すること。 
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ブンブクールザハ炎上

2005年12月17日 | チンゲル亭
昨夜、ブンブクールザハが火事になりました。
新装成ったばかりのかまぼこ屋根の2棟が、そっくりそのまま焼けたようでした。

TV5とEAGLEテレビで中継されるくらいの大きな家事でした。
ちょうど、そのザハと小学校の校庭を隔てたアパートに住んでいる友人の電話で知りました。
今、パスメ[トとお金と航空チケット(23日に一緒の便で帰国するので)をまとめていつでも出られるようにしていると言う、上ずった声。
浮ェりの彼女だから、さぞやと。。。

火事場ドロボーと言うことを考えると、今すぐともいえず。
校庭を挟んでいるし風向きもこちらに向かっては無いというので、まずは静観。
我が家からは、ちょうど大きな建物の陰で、炎の様子も分からないし、テレビはあっという間にニュースを終えてしまったし。
直ぐそばのもう一人の知人に電話したら、大丈夫と冷静に返事がもどってきたので、今すぐおいでと言わないほうがと夫と私との結論。

彼女自身も一度は外に出たけれど、野次馬と車で道路が渋滞しているとのことで、ここは、様子を見て威容ね。
しかし、見極めをしたら直ぐに我が家へ来るようにと電話で話しました。
その後、何度かメールをやり取りし、最後は落ち着いてきたので鎮火したら寝ますと言っていました。

ここまで書いて、ちょうど今(11:05)その彼女から携帯メールが入りました。
「昨日はお騒がせしました。丸屋根部分は全焼。爆発で金属の骨組みは変形したり、飛んだりしながら残っていました。今は、警察が封鎖して不気味な感じでした。完全に沈下したのは、今朝のことでした。おやすみ」

と言うことは、彼女は昨夜は寝てないんだ。
かわいそうに。
今日は、朝からあれこれと用事が詰まっていて、家にはいなかったので彼女のこと思い出さなかった。ごめんね。
明日、メールします。薄情なやつと思っているだろうなぁ。







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白タクゲット!

2005年12月16日 | チンゲル亭裏日記

単独でモンゴル人の白タク運転手と交渉をしました。

今日乗った白タクは、車が新しく良く聡怩ウれていました。
そして、夕方のことで、渋滞したのですがちっともあわてず騒がず、上手に早いレーンを選び、すいすいと涼しげに運転してくれました。
こんな運転の車に乗って、出かけたいなぁと思いました。

彼を逃したら、もったいないと渋滞の車の中で、思いました。
我が家に着くまで、おもちゃ箱に雑然と放り込まれたようなモンゴル語をあれでもないこれでもないと一つずつ取り出していました。

最低限の単語がそろいました。その時の会話は、多分こんな感じだったのかなぁ。

私 「月曜日 タクシー してますか?」

私 「12がつ 19の 一番目(モンゴル語は、月曜日は一番目の日という表現をします)9時の半分(30分は半分と言う)来て(ください)ね。」

私 メモに数字などを書きながら「3地区 次 日本大使館 次 私の家 ここここ(彼ここで笑う) 49小学校のそば 次 一時間待ってね。それから、家に帰る。」

私 また数字を書きながら、「1キロ 250トグルク(タクシーの規定料金です) 1時間待ってください 1,000トグルク わかる?」

私 「ちょっと待ってください。電話 電話」
      
私単語の羅列の間で彼はかなりたくさんしゃべったのですが、私が理解した言葉は皆無。耳に聞こえた単語は、「250トグルク、千、月曜日、9時半 分かった はい」だけ。多分分かったのだろうという感触だけ。

タクシーの出発点になるウツカに電話をして、確認の電話をして、運転手さんと話てもらいました。
ウツカと私のコミュニケーションも怪しいので、とりあえず月曜日の9時半にウツカがこの車に乗ってスタートしてくれればいい。

これでうまくいけば、木曜日の足を確保したことになるのかな?
もう一人くらいこんな人がいたら安心なんだけど。

月曜日は、SAVE THE CHILDRENの子どもの写真展があるので、それをに招待されたので、Kさんと行くことにしたのです。

私ったら、モンゴル語の単語で契約?をしちゃったよ!
嬉しい興奮状態です。
勉強のための会話は、身につかなかったけど、必要に迫られると、出来るのね。  
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ザザ

2005年12月16日 | チンゲル亭
 そんな目で見んといて
 

                       遊びたい盛り

   暖かいなぁ!


                        ここってあったかくて、あかるーい
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SAVE THE CHILDREN

2005年12月15日 | チンゲル亭
今日の授業は、自画自賛とはいえなかなか上出来でした。
私は、○○が好きです。
私は、○○が嫌いです。





と言うフレーズを繰り返しました。
モンゴル語でもいいから、好きなもの嫌いなものを子どもたちに言ってもらいます。
モンゴル語で応えた子どもには、ウツカに日本語を聞いて、「私は、馬が好きです。」と、一人ずつ私に教えてもらうのです。
好きなものは、たくさんでましたが、嫌いなものは好きなものの三分の一ほどでした。
ためしに、勉強は嫌いですかとたずねてみたら、誰も嫌いとは言いませんでした。ずいぶん考えてのことですから、ほんとは嫌いな子どももいるのかなぁと。。。
ちょっといたずらのすぎた質問でした。

そして、日本語は嫌いですかとたずねたら、すかさず「ビシ!(ちがいます)」と返事がかえって来ました。
「ウフフ」子どもたちって、私との日本語を楽しんでいるわ。
これでまた、来週の授業をする元気ができるのです。

先週教えたお正月の歌は、半分くらい歌えます。
先週欠席した子どもたちに、ノートに歌詞を書いてくださいと頼まれました。
この子どもたちと、先生と子ども、年長者と年少者としての、バランスの良い関係を長く保てると良いがと思います。
偉そうにしたいわけではなく、「親しき仲にも、、」でありたいと思うのです。

宿題のひらがなを書いてきたノートに、花丸を入れてあげるとほんとに喜びます。
それで、エスカレートして、「日本からシールを」と思うのは、余計なことです。
モンゴルで簡単に手に入るもので、授業をするというのが私の鉄則なのだから。
デモ、シールを貼ってあげたら喜ぶだろうなぁ。

今日の、工作は独楽作り。
お菓子や、牛乳の空き箱を切って、真ん中にコンパスで穴を開け、マッチをさして作ります。
何枚かを重ね付けすると、重みがついてよく回ります。
Kさんは、とても楽しんで、それらの準備をしてくれています。

残った厚紙を子どもたちに家で作りなさいと持たせていました。
その紙は、無事独楽になるのでしょうか?


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おはぎ

2005年12月14日 | チンゲル亭裏日記

知人から、おはぎを頂きました。
メルクーリ(外国人の客の多い市場)で買った小豆に、グラニュー糖で煮て、日本からのもち米で作ったそうです。

甘すぎず、豆のえぐみが無くてほんとにおいしい出来上がりでした。
ご馳走様でした。
せっかく作っていただいたのに、当人様とは一緒に食べることが出来ませんでした。私の予定がいろいろと重なっていたために、クリーニングを出しに行く途中で、頂きに上がりました。
夕方用事を済ませ、自宅に帰ってから、別の知人とおいしく頂きました。
夫も、夕飯のデザートに頂いて、ホッコリしました。

長年食べ続けた惣菜をモンゴル料理にとって代えることは、なかなか難しく、やはり、日本にある食材を捜し求めてしまいます。
見つけると嬉しくてすぐに情報を交換し合います。

先日は、日本から納豆菌とモンゴルで売っていた大豆で作った納豆を頂きました。
おいしかったそうです。(私は、頂かないので)
市販のものとは別物のようなおいしさだったそうです。
私も、帰国したら、納豆菌を調達しようと思います。

プントゥーツと言うのは、煮崩れしない春雨です。
豚肉と白菜と戻りの良いしいたけとで、鍋にして食べます。

ベーコンは、本物なので、今のところどれを買ってもおいしいです。

大根は、たっぷりおろしを作ります。
にらは、堅めですが、まぁまぁいけます。
ブロッコリーは青々しておいしい。
サツマイモは、柔らかいのでてんぷらにするとおいしい。
小麦粉は、いろいろ種類がありますが、強力粉に近いのです。てんぷらの衣にするとカラッと上がりました。
クッキーやシュークリームを作りますが、どれもそれなりに出来上がります。強力粉か薄力粉かよく分からないままに使っています。(笑)

先日は、「ハ○ス食品」の箱入りの豆腐の素がメルクーリで売られていました。
寿司吹Aみりん、垂熾タびはじめています。
豆腐の素は、あっというまに売り切れです。

一昨年、初めてUBに来た時に比べると、日本製品がかなり増えてきました。
米もおいしいのがあるし、野菜も増えたし、日本食がなんとかこちらで手に入るもので作れるようになり増した。
日本食のレストランが増えてきました。超高級レストランですが、、、

夫が一人で過ごした1年間のことを思うと、今は、食に関してはとても楽になってきました。
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クリーニング

2005年12月14日 | チンゲル亭
こちらに来て、初めてクリーニング屋さんに行きました。

背広上着  3,000トグルク
背広ズボン 2,500トグルク
スーツ上着 3,000トグルク
スーツパンツ2,500トグルク
皮のベスト 洗濯できません

お昼ごろ持って言って、出来上がりは5時(早い!)

日本の技術でクリーニングをするというので、持って行ってみました。
さて仕上がりはどうでしょうか。

出来上がってぶら下がっているコートを見たら、きれいに仕上がっているようでした。
明日、取りに行きます。

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