昨秋、アメリカ東部海岸を訪れた時、ニューヨークで何日か滞在し、メトロポリタン美術館で丸一日過ごした。
フィラデルフィアから通ったり、出張の旅毎に訪れたり、私がまだ、大英博物館やルーブル美術館等を知らなかった頃に、最初に行った大美術館なので印象は強烈で、美術書で学んで知っている絵や彫刻を丹念に追って興奮した記憶がある。
最初に入ったのは、エジプト美術展示室。大英博物館の様にミイラや棺桶のオンパレードや巨大な彫刻群が出迎える様な派手さは無いが、実に、珠玉のような素晴らしい作品が目白押しに展示されていて壮観である。
今回強烈に印象に残っていたのは、ガラスと石で象嵌されたアラバスターの「王家の婦人の頭部をしたカノープスの壷」である。彫りの深い美しい婦人の頭部像で、大理石特有の淡くて鈍い輝きが品と優雅さを強調している。
何故、今この像なのかと言うと、現在東京国立博物館で開催されている「ベルリンの至宝展」で、エジプト彫刻の「ティイ王妃頭部」を見たときに、メットのこのアラバスターを思い出したのである。
実際の像は、黒光りのするベルリンの木製の彫像とは印象は違うが、雰囲気が実に良く似ている。
アメンホテップ3世、即ち、イクナートンの母ティイから、妃のネフェルティティ等近親婦人の、あるいは、イクナートン自身の像だと諸説あるようだが、一番ティイ王妃に似ていると云われている。
ベルリンのティイ頭部は、本当にエキゾティックで、エジプト的な顔をしていたが、この彫刻の顔は、コーカサイド系の顔であり、随分優しい雰囲気がある。
ベルリンのティイ王妃の頭部彫刻を見た時に、実に懐かしく感じて見入ってしまったのは、この昨秋のメトロポリタン美術館での思い出があったからかも知れない。
それにしても、エジプトの彫刻家の腕の凄さと確かさに驚嘆する。