ロンドンへは、2年ほど行っていないので、最近、ロンドンタクシーに、カーナビが着いているのかどうか知らないが、先日、NHKのポアロとマーブルでタクシー運転手の資格取得試験の模様を放映していた。
私も運転手に聞いた話では、お客の要求する場所に最も早く最も経済的かつ正確に行かなければならない義務がある、と言うことであった。
その為に、資格試験が難しく、試験を受ける前には、ロンドン中の道と言う道は総て単車で回って道を覚えたのだとも言っていた。試験官の顔が鬼に見えるとも。
ここで工事をしていて通行止め、ここで何時から何時まで通行禁止、それでは、ここからここへどう行くのか、等と質問されたら、道だけではなく交通標識、交通ルール等など一切を知っていないとダメである。
実際に、ほんの数百メートルだが間違って行って引き返したことがあったが、運転手は自分が間違ったのだから、料金は要らないと固守されたことがある。
道が分からないのでタクシーに乗っているのに、「お客さん、昨日、岡山から来たとこなんですけど、どの道行きましょうか?」と言われる日本とえらい違いである。
過酷な試験だが、一つの救いは、住所表示の簡易さ、即ち、条里制の住居表示の採用である。
大まかに言うと、欧米の場合は、まず、総ての道路に名前が付いていて、市役所に近いところから、道路沿いに住居番号が付けられ、一方は奇数、反対側は偶数、そして、次の交差点から、10番台乃至100番台の番号が一つずつ大きくなる。
従って、通りの名前と、住居番号さえ分かっておれば、大体間違いないように行ける勘定である。
尤も、理屈はそうだが、実際には、入り組んでいたり、大きな門の中にまた通りがあって名前が付いていたりで、集合住宅が密集している場合など中々難しく、ウィーンで、シュタット・オペラの著名指揮者のアパートを探すのに難渋した記憶がある。
ロンドンの場合も、アッパーかアンダーかの確認をミスして上下を間違って困ったロンドンっ子もいた。
それにローマ時代の入り組んだ路地がそのまま残っていて、これが道かと思う様な所も多いのがロンドン、兎に角、場所探しは何処も大変である。
日本は、奈良や平安の時代に、条里制の住居表示方を導入しながら、なぜ、そこから離脱して、面で住所を表示する方法に変わったのか。
この住所を、欧米のように線で理解するのと、日本の様に面で理解するのとでは、モノの考え方や発想に大きな違いが出てくる。
日本の場合は、一番最初に家が建った所が一丁目一番地で、次に建った所が二丁目、従って、最近では住所表示の変更で大分ましになったが、未だに、1丁目の隣に13丁目があったりして分かりにくい。
タクシーの運転手も、郵便配達の人も、クロネコヤマトの人も、今はIT時代なので助かっているかも知れないが、大変だったであろうと思う。
今では、まことしやかに道路には百年前から当然であるかのように名前が付いているが、これは最近の話であり、今でも、路地に入ると道路名などない。
従って、一番IT革命の恩恵を受けるのは日本で、一番カーナビが重宝されるのも日本である。
余談だが、今は知らないが、サウジアラビアも、道路名も住所もなく、昔は、総て郵便は私書箱であった。
タクシーに乗ったら余程上手く説明しないと目的地に行き着けない。
出張で何回か行ったが、タクシーには乗らなかった。
ロンドンでは、間違いなく気楽にタクシーが乗れる。地下鉄も、多少危険ではあるが便利である。
交通は文明のバロメーター、ロンドンタクシーの律儀さは、イギリスの民度を示している。
私も運転手に聞いた話では、お客の要求する場所に最も早く最も経済的かつ正確に行かなければならない義務がある、と言うことであった。
その為に、資格試験が難しく、試験を受ける前には、ロンドン中の道と言う道は総て単車で回って道を覚えたのだとも言っていた。試験官の顔が鬼に見えるとも。
ここで工事をしていて通行止め、ここで何時から何時まで通行禁止、それでは、ここからここへどう行くのか、等と質問されたら、道だけではなく交通標識、交通ルール等など一切を知っていないとダメである。
実際に、ほんの数百メートルだが間違って行って引き返したことがあったが、運転手は自分が間違ったのだから、料金は要らないと固守されたことがある。
道が分からないのでタクシーに乗っているのに、「お客さん、昨日、岡山から来たとこなんですけど、どの道行きましょうか?」と言われる日本とえらい違いである。
過酷な試験だが、一つの救いは、住所表示の簡易さ、即ち、条里制の住居表示の採用である。
大まかに言うと、欧米の場合は、まず、総ての道路に名前が付いていて、市役所に近いところから、道路沿いに住居番号が付けられ、一方は奇数、反対側は偶数、そして、次の交差点から、10番台乃至100番台の番号が一つずつ大きくなる。
従って、通りの名前と、住居番号さえ分かっておれば、大体間違いないように行ける勘定である。
尤も、理屈はそうだが、実際には、入り組んでいたり、大きな門の中にまた通りがあって名前が付いていたりで、集合住宅が密集している場合など中々難しく、ウィーンで、シュタット・オペラの著名指揮者のアパートを探すのに難渋した記憶がある。
ロンドンの場合も、アッパーかアンダーかの確認をミスして上下を間違って困ったロンドンっ子もいた。
それにローマ時代の入り組んだ路地がそのまま残っていて、これが道かと思う様な所も多いのがロンドン、兎に角、場所探しは何処も大変である。
日本は、奈良や平安の時代に、条里制の住居表示方を導入しながら、なぜ、そこから離脱して、面で住所を表示する方法に変わったのか。
この住所を、欧米のように線で理解するのと、日本の様に面で理解するのとでは、モノの考え方や発想に大きな違いが出てくる。
日本の場合は、一番最初に家が建った所が一丁目一番地で、次に建った所が二丁目、従って、最近では住所表示の変更で大分ましになったが、未だに、1丁目の隣に13丁目があったりして分かりにくい。
タクシーの運転手も、郵便配達の人も、クロネコヤマトの人も、今はIT時代なので助かっているかも知れないが、大変だったであろうと思う。
今では、まことしやかに道路には百年前から当然であるかのように名前が付いているが、これは最近の話であり、今でも、路地に入ると道路名などない。
従って、一番IT革命の恩恵を受けるのは日本で、一番カーナビが重宝されるのも日本である。
余談だが、今は知らないが、サウジアラビアも、道路名も住所もなく、昔は、総て郵便は私書箱であった。
タクシーに乗ったら余程上手く説明しないと目的地に行き着けない。
出張で何回か行ったが、タクシーには乗らなかった。
ロンドンでは、間違いなく気楽にタクシーが乗れる。地下鉄も、多少危険ではあるが便利である。
交通は文明のバロメーター、ロンドンタクシーの律儀さは、イギリスの民度を示している。