詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

伊藤信一『藤原定家のランニングシューズ』

2016-11-22 10:02:47 | 詩集
伊藤信一『藤原定家のランニングシューズ』(えぼ叢書7)(明文書房、2016年09月30日発行)

 伊藤信一『藤原定家のランニングシューズ』のことばは美しい。汚れがない。こういう「標準語」みたいなことばは、いまは「弱く」響くかもしれない。

答案用紙の裏に島の地図をかいた
リンカクを鉛筆でまず一筆がきして
次に山地と平地を決めていく                  (「島の地図」)

 どこに文句をつけていいか、わからない。逆に言うと、どこに感心したというべきなのかもわからない。ことばが「すーっ」と過ぎていく。

寺山修司は「歴史嫌いの地理ファン」だと自称したが
この話は私にとって地理でもあるし歴史でもあるのか       (「島の地図」)

 ここが「泣かせどころ」とわかっても、上手すぎて、どう語っていいかわからない。
 どうしてこんなにことばに汚れがないのか、疑問に感じながら読んでいくと、詩集のタイトルになっている「藤原定家のランニングシューズ」に出合う。

高崎を走り抜ける定家の背中を追いかけて
烏川にかかる君が代橋を渡る
右手に見える榛名山は、この間まで仏の台座だった

 やはり汚れがない。「右手に見える榛名山は」という転調はスムーズすぎる。なぜ、こんなに清潔なのだろう。さらに読んでいくと、定家の歌が引用されている。あ、そうなのか。古典か。古典の伝統が伊藤の肉体のなかにあって、ことばを鍛えている。汚れを振るい落としている。
 私はやっと気がつく。同時に、汚れたことばを読みたいという衝動にも襲われる。でも、汚れたことばを書け、と言ったって、伊藤には無理だね。染みついた清潔さは、無意識のうちに汚れを振り払ってしまう。

 そんななかで、ふたつの作品が印象に残った。汚れのなさはそのままだが、気にならない。ひとつは「夏の夜」。

本を読んでいる
三段組みの活字が踊っている
恋愛小説だ
男と女の姿だけがほのかに明るい

 「本歌取り」ではないが、「ことば(小説)」を題材にしている。「ことば」から「ことば」を動かしている。虚構。汚れのないことばには妙に似合っている。

なんだかもどかしいのは
二人の若さのせいか
行儀よく並んでいた文字列がぽろぽろ欠け落ちていく
はやく左の行に移らなくてはと思った瞬間
ストンと霧がはれて
女が男に口づけする
とたんにぱらぱらめくれていくページたち

 汚れがないから摩擦が起きない。すばやく、軽やかに動いていく。余分なことばが払いのけられ、「恋愛小説」は突然「口づけ」になる。いいなあ。恋愛というのは「感情」の問題ではなく、キスできるかできないか。セックスするかしないかである。というと乱暴だが、いつセックスするんだろうと気にして読むのが恋愛小説だから、これでいいのだ。
 書きつくされた「情感」が汚れのないことばでさっと省略される。書かれるのではなく省略される。省略しても通じるのは、「恋愛感情」というものが「定型」だからである。このスピード感がいい。
 もちろん男と女が出会ったらセックスするというのは「古事記」からの「肉体」の「定型」ではあるけれどね。でも「肉体」の「定型」というのは「感情の定型」と違って、どきどきわくわくする。
 さて、どうなる?

ほのかな月明かりに僕の恋愛小説は溶けてしまう
網戸からすこし冷たい風がしみ込んでくる

 そうか。「肉体の定型」にも伊藤は飽き飽きしているのか。
 「藤原定家のランニングシューズ」という作品も「走っている」のかもしれないが、「夏の夜」の方がはるかに速い。ランニング(ジョギング)ではなく、 100メートル競走。マラソン(長距離ランニング)にも美しいフォームは必要だろうけれど、短距離の方が「速い」という印象が強い。

 もう一篇「いねむりおいてきぼり」もおもしろかった。「ロボット」が主役。「僕」。これも虚構だからいいのかなあ。
 その虚構のなかで、

ねてた
ふわっとしてた
ねぎなんうどんも胃の中で添い寝してくれてた

 ここが、いい。傑作。「ねぎなんうどんを食べたい」と欲望してしまう。ねぎなんうどん(ねぎ+南蛮+うどん?)を食べたら、ねぎなんうどんになって胃の中で眠るんだと思う。「食べた私」と「食べられたほぎなんうどん」が見分けがつかなくなる。ねぎなんうどんとセックスした感じだなあ。
 ここで大笑いしてしまったので、後の詩は、あまり真剣に読まなかったが、この詩集の中で好きな1行を選べと言われたら、私は「ねぎなんうどん」の1行をあげる。


詩集 藤原定家のランニングシューズ (えぽ叢書)
伊藤 信一
明文書房
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