天皇の生前退位について民進党はなぜ発言しないのか
自民党憲法改正草案を読む/番外43(情報の読み方)
11月30日は秋篠宮の51歳の誕生日。読売新聞(西部版・14版)は一面に「退位意向示唆/「最大限に伝えられた」/秋篠宮さま 天皇陛下「お言葉」で」という見出しをつけている。会見の要旨は13面に掲載されている。「要旨」を読むと、
と「生前退位」と「象徴」の関連づけが一番大切だと秋篠宮がとらえていることがわかるが、一面にはその関係のことは書かれていない。「最大限」が何のことか、わからない。
この秋篠宮の発言を受けての質問なのか、最初から予定されていた質問なのかわからないが、「質問」のなかに、ひとつ、興味深いものがあった。
「国民とふれあうのは本来の姿ではない、天皇は存在するだけでいい」というのは「生前退位をめぐる有識者会議」での平川祐介や渡部昇一、桜井よしこの発言を連想させる。これは何か発言を答えをリードしようとする質問ではないだろうか。
私は有識者会議の「専門家」の発言をすべて読んだわけではないが、そのなかには「国民とふれあう天皇の姿は象徴として理想的である」とか「国民とふれあう姿に多くの国民は励まされてきた」というような肯定的な意見はなかったのだろうか。
天皇批判をしなかったひとは、単に批判をしなかったのか。あるいは天皇のことばを肯定しているので、わざわざ「肯定している」と言う必要がないと思って言わなかったのか。
その「判断」が、質問からはわからない。
どうも「国民とふれあうのは本来の姿ではない、天皇は存在するだけでいい」という声を強調して秋篠宮に伝えようとしている「作為」のようなものを感じる。
秋篠宮は、こう答えている。
天皇は秋篠宮にとって父親であるというだけではなく、「身分」が違う。「上位」に位置する。だから、その「考え」を「肯定する」というような言い方はしない。「肯定する」と言ってしまうと、たぶん、天皇-秋篠宮という関係が微妙になる。「肯定する」は「評価する」につながるからである。
こういう意識は、たぶん、「専門家」の多くにもあると思う。国民の多くにもあると思う。「天皇を肯定する」というのは「おそれおおい」。
私は天皇に気をつかわなければならないことなど何もないので、「全国を回ったときのことを語った部分は感動的だった」と書くだけである。これは、言い換えると「天皇の象徴をめぐる発言を支持する」ということ。
「天皇を支持する」という意見は「ことば」としてはなかなか表現しにくい。それに対して「批判する」というのは、ことばになりやすい。特に「意見」を求められている場では何を言ってもいいわけだから、特ににことばとしてわかりやすい。
で、こういうときに。
「肯定する」という「声」が明確な形で表現されていないから、そういう意見はないととらえるのは危険だ。「天皇の気持ちはわかりますが、一方で批判する声があります」という形で「答え」を求めることは「誘導尋問」のようなものだと私は感じる。「天皇の考えを積極的に支持する意見があります。その一方で批判する意見があります」と「両論」を伝えた上での質問になっていないことに疑問を感じる。秋篠宮の動きを「牽制」している。
秋篠宮は、これに対して、先に引用したように、非常に「慎重に」ことばを選んでいる。
読売新聞夕刊(西部版・4版)は一面で、「有識者会議」の16人のヒアリングが終了したと伝えている。「天皇退位容認9人」、そのうち5人は「特例法で」認めるという考えだと伝えている。
その記事のなかの次の部分に私は注目した。
「論点をうまく出していけば、議論を寄せていくことは可能ではないか」とは「論点の整理次第では、結論を政府方針の「一代限りの特例法」で容認するという方向にもっていける」ということか。あるいは「一代限りの特例法」を踏まえ、よりいっそう政府の都合のいい「結論」を導き出そうというのか。後者の動きをカムフラージュするための「有識者会議」ではないか、と私は想像している。
「生前退位に反対・慎重」が7人いる。「容認派」は「特例法(4人)」と「皇室典範改正(4人)」のふたつに分けているのに、「反対・慎重」は分けずに7人とまとめているところが、「分類」として非常にこざかしい。
7人の「意見」を「一代限りの特例法」(恒久的ではない)に組み入れるために、「特例法の内容」をどうするか、という方向に動いていくのではないのか。そのとき、「摂政」がキーワードとして浮かび上がってくると思う。これは何度も書いたので、今回は省略。
*
それにしても、と思う。(ほんとうに書きたいことは、これから書くこと。)
なぜ、野党、特に野党第一党の民進党は「生前退位」についてどう思うか。どうするべきだと考えているか、語らないのだろうか。(語っているのかも知れないが、「有識者会議」の報道のように新聞には掲載されない。)
どんなひとも、他人の意見に触れると考え方がかわる。反対に変わることもあるし、より強固になるという具合にかわることもある。有識者会議のメンバーも(ヒアリングで意見を述べたひとも)、民進党の意見をどこかで読めば、それについて考えるだろう。批判するにしろ、批判のためのことばを鍛えるだろう。どうして、そういう「議論」を促す発言をしないのだろう。
不思議でしようがない。
民進党も政府と同じように「有識者会議」を開き、専門家を呼んで意見を聞けばいいのに。そこでの「議論」を国民に向けて発表すればいいのに。そうすれば、国民の多くがこの問題について考えることができる。政府の方針に沿った「有識者会議」とは別の考え方に触れる機会ができる。
「天皇」は憲法にかかわる問題である。しかも、今回の問題は「天皇」自身からの「提起」でもある。安倍が「結論」を出す前に、民進党が「結論」を出して、それを国民に問いかけたらいいのに。安倍がそれを「追認」するのか、あるいは「対案」を出すという形になるのか。
いまこそ、世論をリードするチャンスなのに、安倍が「結論」を出すのを待っているのは、どういうわけだろう。野党のふりをして、安倍を支えることこそ民進党の進む道ということなのかな?
*
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自民党憲法改正草案を読む/番外43(情報の読み方)
11月30日は秋篠宮の51歳の誕生日。読売新聞(西部版・14版)は一面に「退位意向示唆/「最大限に伝えられた」/秋篠宮さま 天皇陛下「お言葉」で」という見出しをつけている。会見の要旨は13面に掲載されている。「要旨」を読むと、
即位されてから、陛下は象徴というのはどのようにあるべきかということをずっと考えてこられたわけです。
と「生前退位」と「象徴」の関連づけが一番大切だと秋篠宮がとらえていることがわかるが、一面にはその関係のことは書かれていない。「最大限」が何のことか、わからない。
この秋篠宮の発言を受けての質問なのか、最初から予定されていた質問なのかわからないが、「質問」のなかに、ひとつ、興味深いものがあった。
天皇陛下の「お言葉」ですが、象徴天皇制というのは国民のために活動を続ける、それこそが象徴のお姿であると、そのように受け止めております。一方で、それは本来の姿ではない、天皇は存在するだけでいいという意見もあります。これに関してのお考えはいかがですか。
「国民とふれあうのは本来の姿ではない、天皇は存在するだけでいい」というのは「生前退位をめぐる有識者会議」での平川祐介や渡部昇一、桜井よしこの発言を連想させる。これは何か発言を答えをリードしようとする質問ではないだろうか。
私は有識者会議の「専門家」の発言をすべて読んだわけではないが、そのなかには「国民とふれあう天皇の姿は象徴として理想的である」とか「国民とふれあう姿に多くの国民は励まされてきた」というような肯定的な意見はなかったのだろうか。
天皇批判をしなかったひとは、単に批判をしなかったのか。あるいは天皇のことばを肯定しているので、わざわざ「肯定している」と言う必要がないと思って言わなかったのか。
その「判断」が、質問からはわからない。
どうも「国民とふれあうのは本来の姿ではない、天皇は存在するだけでいい」という声を強調して秋篠宮に伝えようとしている「作為」のようなものを感じる。
秋篠宮は、こう答えている。
先ほどお話ししましたように、象徴というのはどういうふうにあるべきかということをずっと模索し、考えてこられたその結果であるだろうと考えています。
天皇は秋篠宮にとって父親であるというだけではなく、「身分」が違う。「上位」に位置する。だから、その「考え」を「肯定する」というような言い方はしない。「肯定する」と言ってしまうと、たぶん、天皇-秋篠宮という関係が微妙になる。「肯定する」は「評価する」につながるからである。
こういう意識は、たぶん、「専門家」の多くにもあると思う。国民の多くにもあると思う。「天皇を肯定する」というのは「おそれおおい」。
私は天皇に気をつかわなければならないことなど何もないので、「全国を回ったときのことを語った部分は感動的だった」と書くだけである。これは、言い換えると「天皇の象徴をめぐる発言を支持する」ということ。
「天皇を支持する」という意見は「ことば」としてはなかなか表現しにくい。それに対して「批判する」というのは、ことばになりやすい。特に「意見」を求められている場では何を言ってもいいわけだから、特ににことばとしてわかりやすい。
で、こういうときに。
「肯定する」という「声」が明確な形で表現されていないから、そういう意見はないととらえるのは危険だ。「天皇の気持ちはわかりますが、一方で批判する声があります」という形で「答え」を求めることは「誘導尋問」のようなものだと私は感じる。「天皇の考えを積極的に支持する意見があります。その一方で批判する意見があります」と「両論」を伝えた上での質問になっていないことに疑問を感じる。秋篠宮の動きを「牽制」している。
秋篠宮は、これに対して、先に引用したように、非常に「慎重に」ことばを選んでいる。
読売新聞夕刊(西部版・4版)は一面で、「有識者会議」の16人のヒアリングが終了したと伝えている。「天皇退位容認9人」、そのうち5人は「特例法で」認めるという考えだと伝えている。
その記事のなかの次の部分に私は注目した。
専門家16人のうち一代限りの特例法容認の考えを示したのは5人にとどまったが、政府は特例法を軸に検討を進める姿勢は崩していない。会合後に記者会見した御厨貴・座長代理は「意見は相当拡散しているが、論点をうまく出していけば、議論を寄せていくことは可能ではないか」と述べた。
「論点をうまく出していけば、議論を寄せていくことは可能ではないか」とは「論点の整理次第では、結論を政府方針の「一代限りの特例法」で容認するという方向にもっていける」ということか。あるいは「一代限りの特例法」を踏まえ、よりいっそう政府の都合のいい「結論」を導き出そうというのか。後者の動きをカムフラージュするための「有識者会議」ではないか、と私は想像している。
「生前退位に反対・慎重」が7人いる。「容認派」は「特例法(4人)」と「皇室典範改正(4人)」のふたつに分けているのに、「反対・慎重」は分けずに7人とまとめているところが、「分類」として非常にこざかしい。
7人の「意見」を「一代限りの特例法」(恒久的ではない)に組み入れるために、「特例法の内容」をどうするか、という方向に動いていくのではないのか。そのとき、「摂政」がキーワードとして浮かび上がってくると思う。これは何度も書いたので、今回は省略。
*
それにしても、と思う。(ほんとうに書きたいことは、これから書くこと。)
なぜ、野党、特に野党第一党の民進党は「生前退位」についてどう思うか。どうするべきだと考えているか、語らないのだろうか。(語っているのかも知れないが、「有識者会議」の報道のように新聞には掲載されない。)
どんなひとも、他人の意見に触れると考え方がかわる。反対に変わることもあるし、より強固になるという具合にかわることもある。有識者会議のメンバーも(ヒアリングで意見を述べたひとも)、民進党の意見をどこかで読めば、それについて考えるだろう。批判するにしろ、批判のためのことばを鍛えるだろう。どうして、そういう「議論」を促す発言をしないのだろう。
不思議でしようがない。
民進党も政府と同じように「有識者会議」を開き、専門家を呼んで意見を聞けばいいのに。そこでの「議論」を国民に向けて発表すればいいのに。そうすれば、国民の多くがこの問題について考えることができる。政府の方針に沿った「有識者会議」とは別の考え方に触れる機会ができる。
「天皇」は憲法にかかわる問題である。しかも、今回の問題は「天皇」自身からの「提起」でもある。安倍が「結論」を出す前に、民進党が「結論」を出して、それを国民に問いかけたらいいのに。安倍がそれを「追認」するのか、あるいは「対案」を出すという形になるのか。
いまこそ、世論をリードするチャンスなのに、安倍が「結論」を出すのを待っているのは、どういうわけだろう。野党のふりをして、安倍を支えることこそ民進党の進む道ということなのかな?
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このブログで連載した「自民党憲法改正草案を読む」をまとめたものです。
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