監督 ギオルギ・オバシュビリ 出演 イリアス・サルマン、マリアム・ブトゥリシュビリ
川を挟んでで戦争がある。川には、春になると中州ができる。雪解け水が肥沃な土を運んでくる。だれのものでもない土地。最初に上陸したものの土地になる。土地をもたない老人がそこでトウモロコシをつくる。
この過程を、ほとんど台詞なしで描く。
まず家(小屋)を立てる。古い材木を持ってきて、四角く囲む。内側に穴を掘る。柱を立てる。立方体の骨組みをつくる。古い木材は、以前小屋だったらしい。収穫が終われば小屋を解体し、必要になればまた組み立てる。繰り返しの「過去」が感じられる。小屋を造る無駄のない動き、老人の肉体がそう感じさせる。これが、とてもおもしろい。まるで季節の変化のように、自然で、確実なのである。美しい。
この作業に少女が加わる。老人の孫らしい。少女が加わっても、映画の描き方はかわらない。会話はない。働いて、休んで(いっしょに、四角く囲った大地に寝ころんで)、起きてまた働く。川魚を取って、焼いて食べる。保存食の干物をつくる。
小屋が完成すると、大地を耕す。スコップで、老人が黙々と畑をつくる。種をまく。水をやる。芽が出てくる。大きくなって、実を結ぶのを待つ。老人と少女の暮らしは、それだけで終わるはずだった。
しかし、まわりで戦争が起きているので、淡々とした繰り返しだけではすまない。ある日、島へ敵の兵士が逃げ込んでくる。傷ついている。老人は兵士を匿う。傷を治してやる。味方の兵士がやってきて問う。「傷ついた敵の兵士をみなかったか」。「見なかった」。老人は嘘をつく。老人にとって、戦争はどうでもいい。生きて、食べて、生き続けることだけが大事なのだ。少女に両親はいない。戦争で死んだのかもしれない。そういうこともあって、敵、味方のどちらに与するかということよりも、生きている人を助けるということだけを考えるのだろう。
傷ついた兵士に少女が恋をする。ことばは互いにわからない。しかし、青年と思春期の少女。若い男女に、ことばはいらない。見つめ合えばわかる。トウモロコシ畑のなかで追いかけっこをし、川(水)のなかで追いかけっこをする。老人が叱る。やがて、兵士は島を出て行く。
この伏線として、敵の兵士が川岸から少女に、「遊ぼうよ」と声をかけるというシーン、さらに味方の兵士がボートで巡回していくとき少女をじっと見つめる。見つめる視線に少女が気づくというシーンがある。ひとり夜更けに川に入り、体を洗うシーンもある。少女は少女の「肉体」のなかで動き始めている力を抑えきれない。トウモロコシが日の光を浴びて実るのと同じように、少女の肉体も実り始めている。
小さな曲折はあるが、トウモロコシは順調に育つ。あとは収穫をするだけ。そう思っていると、突然、嵐が襲ってくる。大雨である。堤防をつくる。間に合わない。できるだけ刈り取ってポートに積む。やはり間に合わない。老人は少女をボートに乗せ、自分も乗ろうとする。けれど乗れない。激流がボートを攫っていく。老人は小屋にすがりつく。小屋は水に押しつぶされ、流される。老人は、小屋といっしょに流されてしまう。
嵐の後、味方の兵士がやってくる。老人が最初に上陸したときのように、中州は更地である。トウモロコシも小屋もない。兵士がやわらかな土に触れ、指で掘ってみる。少女が持っていた人形が出てくる。
ここで終わる。
何を描いていたのか。自然の残酷さか。あわれな老人と少女か。戦争の悲劇か。しかし、戦争がなくても、老人と少女は洪水に飲み込まれたかもしれない。だから、戦争を告発していると、簡単に言ってしまうこともできない。
逆のことは言える。老人と少女は死んでしまう。けれど、二人が死んでも、二人が暮らしていた時間を私は忘れることができない。ここに住むのだ、家を建て、畑を耕し生きていくのだと決意し、淡々と動く肉体。老人なのに鍛えられた動き。繰り返しがつくりあげた肉体のリズム。魚を獲って、捌いて、焼いて、ひものもつくる。太陽の光がふりそそぐ大地に寝そべって、眠って、また働く。そうしていたときの、ふたりの輝きを忘れることができない。少女が若い兵士に声をかけられ、少女の肉体のなかでなにかが動く。それが傷ついた兵士と接したとき、恋になって暴れ出す。その瞬間の、弾ける輝き。それが忘れられない。
生きている人は輝く。生きて、人は輝く。それが主題だと私は思う。
その輝きが強いためだろうか。不思議なことに、この映画は私の記憶のなかでモノクロになっている。カラーだったはずだが、どのシーンもまぶしい光を放っていて、色は光の背後に消えてしまっている。
「みかんの丘」も同時上映されていたのだが、見逃してしまった。
(中州大洋3、2016年11月09日)
*
「映画館に行こう」にご参加下さい。
映画館で見た映画(いま映画館で見ることのできる映画)に限定したレビューのサイトです。
https://www.facebook.com/groups/1512173462358822/
川を挟んでで戦争がある。川には、春になると中州ができる。雪解け水が肥沃な土を運んでくる。だれのものでもない土地。最初に上陸したものの土地になる。土地をもたない老人がそこでトウモロコシをつくる。
この過程を、ほとんど台詞なしで描く。
まず家(小屋)を立てる。古い材木を持ってきて、四角く囲む。内側に穴を掘る。柱を立てる。立方体の骨組みをつくる。古い木材は、以前小屋だったらしい。収穫が終われば小屋を解体し、必要になればまた組み立てる。繰り返しの「過去」が感じられる。小屋を造る無駄のない動き、老人の肉体がそう感じさせる。これが、とてもおもしろい。まるで季節の変化のように、自然で、確実なのである。美しい。
この作業に少女が加わる。老人の孫らしい。少女が加わっても、映画の描き方はかわらない。会話はない。働いて、休んで(いっしょに、四角く囲った大地に寝ころんで)、起きてまた働く。川魚を取って、焼いて食べる。保存食の干物をつくる。
小屋が完成すると、大地を耕す。スコップで、老人が黙々と畑をつくる。種をまく。水をやる。芽が出てくる。大きくなって、実を結ぶのを待つ。老人と少女の暮らしは、それだけで終わるはずだった。
しかし、まわりで戦争が起きているので、淡々とした繰り返しだけではすまない。ある日、島へ敵の兵士が逃げ込んでくる。傷ついている。老人は兵士を匿う。傷を治してやる。味方の兵士がやってきて問う。「傷ついた敵の兵士をみなかったか」。「見なかった」。老人は嘘をつく。老人にとって、戦争はどうでもいい。生きて、食べて、生き続けることだけが大事なのだ。少女に両親はいない。戦争で死んだのかもしれない。そういうこともあって、敵、味方のどちらに与するかということよりも、生きている人を助けるということだけを考えるのだろう。
傷ついた兵士に少女が恋をする。ことばは互いにわからない。しかし、青年と思春期の少女。若い男女に、ことばはいらない。見つめ合えばわかる。トウモロコシ畑のなかで追いかけっこをし、川(水)のなかで追いかけっこをする。老人が叱る。やがて、兵士は島を出て行く。
この伏線として、敵の兵士が川岸から少女に、「遊ぼうよ」と声をかけるというシーン、さらに味方の兵士がボートで巡回していくとき少女をじっと見つめる。見つめる視線に少女が気づくというシーンがある。ひとり夜更けに川に入り、体を洗うシーンもある。少女は少女の「肉体」のなかで動き始めている力を抑えきれない。トウモロコシが日の光を浴びて実るのと同じように、少女の肉体も実り始めている。
小さな曲折はあるが、トウモロコシは順調に育つ。あとは収穫をするだけ。そう思っていると、突然、嵐が襲ってくる。大雨である。堤防をつくる。間に合わない。できるだけ刈り取ってポートに積む。やはり間に合わない。老人は少女をボートに乗せ、自分も乗ろうとする。けれど乗れない。激流がボートを攫っていく。老人は小屋にすがりつく。小屋は水に押しつぶされ、流される。老人は、小屋といっしょに流されてしまう。
嵐の後、味方の兵士がやってくる。老人が最初に上陸したときのように、中州は更地である。トウモロコシも小屋もない。兵士がやわらかな土に触れ、指で掘ってみる。少女が持っていた人形が出てくる。
ここで終わる。
何を描いていたのか。自然の残酷さか。あわれな老人と少女か。戦争の悲劇か。しかし、戦争がなくても、老人と少女は洪水に飲み込まれたかもしれない。だから、戦争を告発していると、簡単に言ってしまうこともできない。
逆のことは言える。老人と少女は死んでしまう。けれど、二人が死んでも、二人が暮らしていた時間を私は忘れることができない。ここに住むのだ、家を建て、畑を耕し生きていくのだと決意し、淡々と動く肉体。老人なのに鍛えられた動き。繰り返しがつくりあげた肉体のリズム。魚を獲って、捌いて、焼いて、ひものもつくる。太陽の光がふりそそぐ大地に寝そべって、眠って、また働く。そうしていたときの、ふたりの輝きを忘れることができない。少女が若い兵士に声をかけられ、少女の肉体のなかでなにかが動く。それが傷ついた兵士と接したとき、恋になって暴れ出す。その瞬間の、弾ける輝き。それが忘れられない。
生きている人は輝く。生きて、人は輝く。それが主題だと私は思う。
その輝きが強いためだろうか。不思議なことに、この映画は私の記憶のなかでモノクロになっている。カラーだったはずだが、どのシーンもまぶしい光を放っていて、色は光の背後に消えてしまっている。
「みかんの丘」も同時上映されていたのだが、見逃してしまった。
(中州大洋3、2016年11月09日)
*
「映画館に行こう」にご参加下さい。
映画館で見た映画(いま映画館で見ることのできる映画)に限定したレビューのサイトです。
https://www.facebook.com/groups/1512173462358822/