詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

アタオル・ベフラモール「ある朝、馴染みの街に入る時」

2018-01-12 11:34:30 | 詩(雑誌・同人誌)
アタオル・ベフラモール「ある朝、馴染みの街に入る時」(イナン・オネル訳)(「ミて」141、2017年12月31日発行)

 アタオル・ベフラモール「ある朝、馴染みの街に入る時」の一連目。

暖かく、友情のような何かを考えさせられる
馴染みのベッドが待っている
ある子供の顔が微笑む、思い出の中から

 一行目の「考えさせられる」に思わず傍線を引いた。「意味」は「わかる」、わかったつもりになる。でも何か違和感がある。「考える」と、こういうときにつかうだろうか。私はつかわない。「感じる」かなあ、と思う。
 「感じる」と「考える」は、どこが違うか。
 「感じる」にはたぶんことばはいらない。「考える」にはことばが必要だ。ことばを動かして「考える」。「感じた」ことをことばにしようとして「考える」。そういう違いがあると思う。
 「何か」としか言えないもの(「何か」と感じたもの)を、ことばにしようとしているのだろう。
 「暖かく、友情のようなもの」というのもことばではあるのだけれど、それをさらに言いなおそうとしている。「考える」とは「言いなおす」ことでもある。どう言いなおすか。「馴染みのあるベッド」。ベッドはたしかに「暖かい」、「友情」は、そして「馴染みがある(なつかしい)」。しかもそれが「待っている」。「待っている」ということばのなかで全部がひとつになる。そう詩人は「考えた」。そして、その「考え」をことばにした。
 さらにそれを「ある子供の顔が微笑む、思い出の中から」と言いなおすのだが、この一行はとてもおもしろい。「ある子供」とは誰なのか。アタオル・ベフラモールではなく別なひとと想像することもできるが、アタオル・ベフラモール自身かもしれない。ベッドで微笑んだことを覚えていて、それを思い出している。自分の笑顔は見えないはずだけれど、思い出の中でなら「見える」。思い出すというのは実際に見るのではなく、意識を動かして見ることだからね。
 一行目は、よく読み直すと「考える」ではなく、「考えさせられる」。「使役」になっている。誰が「考えさせて」いるのか。あるいは何が「考えさせて」いるのか。ことばを動かすことを詩人に求めているのか。「思い出」だろうか。この街(馴染みのある街)に住んだ思い出が、肉体のなかでうごめきだし、「ことばにして」と呼びかけている。それを感じて、詩人はことばを生み出そうとしている。あるいは「感じ」そのものが「考えさせている」のだろう。
 詩は、こう続いていく。

友情の街、恋人の、母の街
様々な苦痛を、様々な幸福を味わった、それぞれにおいて
恐れを知らない喜びに満ちて、街道を通ったこともあった
糧染みに満ちた日もあった、狂いそうになりながら

永遠のコマのフィルムのように
人生が記憶を過(よぎ)る
繰り返しているように感じる
総てをはじめから

ある朝、馴染みの街に入る時
悲しく、不思議な何かを考えさせられる
その街だけではなく
自分も変化しているように感じて

 「感じる」が二回出てくる。「感じる」とはどういうことなのか。「考える」とはどういうことなのか。「感じる」から見つめなおしてみる。
 「感じる」ということばは同じようにつかわれている。同じつかい方をしている。直前に「ように」ということばがある。「ように」とは言いなおすと「比喩」。何かを言いなおしたもの。「そのもの」を直接「考える」のではなく、「比喩」がわりこむと、それを「感じる」と言っていることになる
 「ように」は一行目にもあった。「暖かく、友情のような何か」。これは「暖かく、友情のように感じる何か」と「感じる」を補うことができる。やはり「感じる」が「考えさせている」のである。
 さらに、その「ように」の直前のことばを見ると、そこにも共通するものがある。「繰り返している」「変化している」という「動詞」を引き継いで「ように」と言っている。「動いている(止まっていない)から「ように」と「あいまい」にとらえる。「断定」しないのだ。
 一行目の「暖かい」「友情」もまた変化するということを暗示しているのかもしれない。変化するもの、動くものから、「固定したもの」(動かないもの)への移行が「感じる」から「考える」への動きの中にある。
 これは「考える」ときの対象と比較すると明らかにある。「暖かい何か」「友情につながる何か」は「馴染みのベッド」と言いなおされ、「子供の微笑む顔」と言いなおされている。正確には「子供の顔が微笑む」だが、それは「子供の微笑み」と言いなおしてもいいだろう。
 「動く」ものを「感じる」とは、「感じる」とは「動くこと」である。「肉体」のなかで「感じ」が「動く」。それは固定化されない。悲しみも喜びも「変化する」。
 「考える」は何かを「固定化」することである。
 「子供の顔が微笑む」は、このことを考える時、いろいろなことを「考えさせてくれる」。「子供」そのものは生長し、変化する。微笑みも変化する。ところが、それを思い出す時、子供は子供のまま、笑顔は笑顔のまま、そこにあったときのまま、「時間」さえ固定化してあらわれる。変化してしまうものも、固定化してことばにすることが「考える」ということになるかもしれない。
 「馴染みの街に入る」。その街はすでに変化している。「自分が変死しているように」、「馴染みのある街も変化している」。「は(が)」」と「も」は主語を入れ替える時にいっしょに交代する。ところが「ことば」としてとらえなおすとき、そこにあらわれるものは「固定化」している。「固定化」された「過去」と「いま」を比較するとき、その比較の中に「変化」があらわれる。

 トルコ語では「考える」と「感じる」は、どうつかいわけるのかわからないが、翻訳をとおして、そういうことを考えた。
 「感じる」「感じさせられる」ではなく「考える」「考えさせられる」ということばではじまったところから、詩が生まれている。





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目次

岡田ユアン『水天のうつろい』2 浦歌無子『夜ノ果ててのひらにのせ』6
石田瑞穂「Tha Long Way Home 」10 高見沢隆「あるリリシズム」16
時里二郎「母の骨を組む」22 福島直哉「森の駅」、矢沢宰「私はいつも思う」27
川口晴美「氷の夜」、杉本真維子「論争」33 小池昌代『野笑』37
小笠原鳥類「魚の歌」44 松尾真由美「まなざしと枠の交感」、朝吹亮二「空の鳥影」47
河津聖恵「月下美人(一)」53 ト・ジョンファン『満ち潮の時間』58
大倉元『噛む男』65 秋山基夫『文学史の人々』70
中原秀雪『モダニズムの遠景』76 高橋順子「あら」81
粕谷栄市「無名」、池井昌樹「謎」86 深町秋乃「であい」92
以倉紘平選詩集『駅に着くとサーラの木があった』97 徳弘康代『音をあたためる』107
荒川洋治「代表作」112  中村稔「三・一一を前に」117
新倉俊一「ウインターズ・テイル」122


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「接続水域」の航行(情報の読み方)

2018-01-12 10:16:33 | 自民党憲法改正草案を読む
「接続水域」の航行(情報の読み方)
             自民党憲法改正草案を読む/番外165

 2018年1月12日読売新聞(西部版・14版)1面の見出し。

尖閣接続水域 中国潜水艦か/軍艦1隻が随伴/日本、厳重注意

 記事には、こう書いてある。

 政府は11日、沖縄県の尖閣諸島周辺の接続水域内を外国籍の潜水艦1隻が航行したと発表した。国籍は公表されていないが、中国軍艦1隻が随伴しており、潜水艦も中国海軍の所属とみられる。いずれも領海侵入はなく、11日午前に接続水域に入り、数時間後の11日午後に出た。日本政府は中国側に厳重抗議するとともに、航行の意図などについて分析を進めている。
 尖閣諸島周辺の接続水域で外国籍の潜水艦が確認されたのは初めて。この水域での中国軍艦の航行は2016年6月以来、2回目。

 疑問点がふたつある。
(1)日本の領海の「接続水域」(領海の外側)を中国の潜水艦、軍艦が航行することは何に違反するのか。読売新聞の記事は「他国の軍艦や潜水艦であっても、日本の領海を航行することは、敵対的な行動を取らない限り、国際法上認められている」と書いている。つまり、航行自体に問題はない。
 さらに、こうも書いている。

今回は領海外の接続水域での航行となるが、尖閣諸島は中国が領有権を主張している。日本政府は中国軍艦などの航行を「一方的に緊張を高める行為」として容認していない。特に潜水艦が先行しており、安全保障上の懸念も大きい。

 その通りなのだろうが、これはあくまで「日本政府」の主張。中国側は違うだろう。逆に言うだろう。

中国「自らの領土近く」主張

 という見出しで、中国外務省の主張も併記されている。(これは省略)
 「国際法上認められている」行為なので、これは決着がつかない。
 ここから二つ目の問題が浮かび上がる。
(2)なぜ、このニュースが一面のトップなのか。
 「尖閣諸島周辺の接続水域で外国籍の潜水艦が確認されたのは初めて。この水域での中国軍艦の航行は2016年6月以来、2回目。」とあるが、1回目のときは、読売新聞ではどう報じられたのだろうか。資料が手元にないのでわからないが、やはり一面のトップだったのだろうか。
 記事の末尾に「中国の潜水艦をめぐっては、04年11月に沖縄県の多良間島周辺の領海に侵入し、海上警備行動が発令されたことがある」とある。このときの報道はどうだったのだろうか。
 なぜ「報道」を問題にするかというと。
 日本政府の誰が発言したのか明記されていないが、中国の行動を、

「一方的に緊張を高める行為」

 と、わざわざその主張を紹介しているからである。
 直前まで、安倍は北朝鮮の核ミサイル問題を重視していた。「国難」とまで呼んでいた。
 ところが韓国での冬季五輪を控え、朝鮮半島は「和平ムード」が高まっている。北朝鮮が五輪に参加する。常識的に考えて、五輪が終わるまでは「緊張」というものがなくなる。
 安倍は、憲法改正(自衛隊を憲法に加える)や軍備の拡大を主張する「根拠」を、その間、失ってしまう。
 朝鮮半島が「平和」なら、日本も平和。北朝鮮が核ミサイル攻撃をしてくるわけがない。当然、ミサイル迎撃システムなども急いで構築する必要はない。国民に対する「説得力」がなくなる。五輪をきっかけに和平、南北交流への取り組みが進むなら、「緊張」はさらに減ることになる。
 だから、今度は、中国を「仮想敵国」に仕立て、緊張をあおっているのである。
 安倍は、

近隣諸国との緊張を一方的に宣伝すること

 で、「政権維持」を狙っているということだ。
 読売新聞の記事は、潜水艦の国籍を特定していない。その上で、

(潜水艦の)国籍は「探知能力を露呈する」(防衛省幹部)として公表していない。

 と書いている。
 日本周辺で起きていること、そのすべての「事実」を公表することを防省は避けている。どこまで「事実」を把握しているか公表することは、防衛の即応能力がどれくらいあるかを公表することだからである。軍事力(軍事作戦)は「秘密」の方が効果的である。
 ということは。
 今回の「尖閣接続水域」に中国潜水艦(?)と軍艦があらわれたということも、特に「公表」する必要もなかったということにならないか。防衛省、自衛隊が「事実」を把握し、対処するだけで、何の問題もない。だいたい「国際法上認められている」行動があっただけであって、それは国民にとって「危険」でもなんでもない。しっかり自衛隊(防衛省)で対応ができている。
 
 だからこそ、問題点(2)が重要なのだ。
 これは国民一人一人が認識し、対応しなければなければならない問題なのかどうか。特に知らなくてもいい情報だとしたら、それを一面のトップで報道する理由は何なのか。

 南北会談、北朝鮮の五輪参加は、北朝鮮(金正恩)にとって「大勝利」だろう。北朝鮮は単に戦争を引き起こすことを狙っているだけではない。平和について考えている。平和の祭典(五輪)に選手団を派遣する。このことを全世界にアピールした。もちろん、その期間中にこっそりさらに核ミサイル開発を推し進めるということもあるだろうが、そういう「見えない」行動よりも、五輪に参加する姿の方がアピール力は大きい。
 一方、安倍は「慰安婦問題」が障碍になり、五輪開会式にも出席しない。日本国内向けには手を尽くして言い訳を宣伝するだろうが、韓国国民に対するアピール力はまったくないだろう。安倍のことを韓国国民はまったく信頼しないだろう。韓国の信頼がなければ、日本の安全なんかない。

 今回の「接続水域」を中国軍艦が航行したというニュースは、安倍が積極的に公開したニュースということになる。






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#安倍を許さない #憲法改正 #天皇退位 
 
詩人が読み解く自民党憲法案の大事なポイント 日本国憲法/自民党憲法改正案 全文掲載
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