詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

福田知子『あけやらぬ みずのゆめ』

2018-01-17 20:02:40 | 詩集
福田知子『あけやらぬ みずのゆめ』(港の人、2018年1月11日発行)

 私は詩の好き嫌いが激しい。
 福田知子『あけやらぬ みずのゆめ』は、最初の詩でつまずいた。「ふりわけられし水」というタイトルから嫌いである。「ふりわけられし水」の「し」って何なのだ。こんなことばを、いま、福田はつかっているか。つかっていないだろう。たぶん詩だからつかったのだろう。つまり福田にとっては「ふりわけられし」の「し」が詩なのだ。
 この「し」は作品の最後に出てくる。そして、そのうえでだめ押しの「詩」が追加されている。

どこにいくのだろう
私たちのはかないゆめ
ふりわけられし水
の エートス*は

 *エートスethos
ここでは出発点、出現の意。あるいは芸術作品における気品。Ethos はギリシャ語で
 本来「いつもの場所」を意味し、一般的に習慣、特性を意味する。

 福田は「エートス」ということばを知っている。「ふりわけられし」の「し」と同じように知っている。そしてつかっている。同時に「エートス」については、読者がそのことばを知らないということも知っている。だから註釈をつけている。
 ここが、私は大嫌い。
 知らないことばをつかうひとを、私はうさんくさいと思ってみている。しかし、つかうならつかうでかまわないと思っている。ほんとうにそのことばしかないのなら、それをつかうしかない。ただし、そんなふうにしてつかわなければならないことば、大事なことばなら、それは必ず言いなおされるはずだ。その「言い直し」に触れることで、「知らないことば」の何かがわかるはずだ。
 福田は「言い直し」をどう展開しているか。
 この直前の連が、実は「先取り」の「言い直し」である。こう書いている。

放たれた、毀(こぼ)たれた、最期はいつも
見えないものに触れている
夢は陽炎となって天空にのぼり
急速に冷気に晒されて液体となる
陽炎の雨は天空にとどまり
六層の水にふりわけられる

 「水」の「輪廻転生」、その変化が描かれている。
 つまり、福田は「言いなおす」というよりも、あることがらを逆に「要約」する形で「エートス」という普通の人が知らないことば(知らないだろうと福田が判断していることば)をつかったのである。
 あなた方は知らないだろうけれど、こういうことを「エートス」と言うのですよ、というわけだ。

 ぎょっとするねえ。
 詩とはもともと完全に個人的なことば。何語にも翻訳できないことば。「日本語」に見えるが、実は「福田語」としかいえないものが詩だろう。それは、誰も知らないことばに決まっている。だからこそ、それに価値がある。そして、誰も知らないオリジナル言語(福田語)であるからこそ、何度もそれを言いなおすことで、読者と共有できるものにする。それが「詩作法」というものだろう。
 福田は、しかし、こういう方法をとらない。
 いくつかのことばの運動を展開したあとで、それを「要約」する。しかも、その「要約」に読者の知らないことば(なじみのないことば)を持ってきた上で、そのことばに註釈をつける。
 これは「解釈」の押し付けであると同時に「手抜き」である。言いたいことを言うために、よそからことばを借りてきて代弁させている。他人のことばに頼っている。「福田語」を生み出すことをやめてている。
 また、詩は作者のもの、作者が「意図」したとおりに読まなければならないという意識が生み出した「暴力」であるとも言える。

 こういう詩に対しては、私は語りふるされたことばで対抗したい。「美しい」ことを「美しい」ということばをつかわずに書くのが詩。言い換えると「エートス」を「エートス」ということばをつかわずに書くのが詩。「エートス」ということばをつかい、それに註釈までつけくわえるのは、詩ではなく、手抜きの解説文。いわゆる「あんちょこ」である。
 受験勉強をしたいわけではないのだから(どこかを受験するのではないのだから)、詩のことばは、完全に解放されていないといけないと私は考えている。

 詩集の後半、「入り江から」の作品群のなかにはとても興味深いものがあるのだが、最初の作品でいやな気持ちになったので、感想は省略。いまは、書く気持ちになれない。






*


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目次

岡田ユアン『水天のうつろい』2 浦歌無子『夜ノ果ててのひらにのせ』6
石田瑞穂「Tha Long Way Home 」10 高見沢隆「あるリリシズム」16
時里二郎「母の骨を組む」22 福島直哉「森の駅」、矢沢宰「私はいつも思う」27
川口晴美「氷の夜」、杉本真維子「論争」33 小池昌代『野笑』37
小笠原鳥類「魚の歌」44 松尾真由美「まなざしと枠の交感」、朝吹亮二「空の鳥影」47
河津聖恵「月下美人(一)」53 ト・ジョンファン『満ち潮の時間』58
大倉元『噛む男』65 秋山基夫『文学史の人々』70
中原秀雪『モダニズムの遠景』76 高橋順子「あら」81
粕谷栄市「無名」、池井昌樹「謎」86 深町秋乃「であい」92
以倉紘平選詩集『駅に着くとサーラの木があった』97 徳弘康代『音をあたためる』107
荒川洋治「代表作」112  中村稔「三・一一を前に」117
新倉俊一「ウインターズ・テイル」122


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あけやらぬ みずのゆめ
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港の人
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ウディ・アレン監督「アニー・ホール」(★★★★★)

2018-01-17 11:45:09 | 午前十時の映画祭
監督 ウッディ・アレン 出演 ウッディ・アレン、ダイアン・キートン

 ウッディ・アレンとダイアン・キートン、なぜ別れたんだろうなあ。セラピーで、ウッディ「セックスは週に3回。少ないんだ」、ダイアン「セックスは週に3回。多いの」というのが二分割のスクリーンで展開される。このあたりが原因か。セックスしている途中で、ダイアンのこころがベッドから離れ、椅子に座ってふたりを眺めている、それにウッディが気づくというおもしろいシーンもある。
 こういうシーンに限らないが、いろんな場面で「ことば」が交錯する。ふたりの最初のデートでは、口で言っていることばと同時に、「こころの声」が字幕で表現される。つまり、のべつ幕なしで「しゃべっている」というのがこの映画だね。映画館の列で、後ろの男がうんちくをガールフレンドに語っているのをうんざりして聞いている、ついついダイアン相手にその男の批判をするとか、道行く人に「恋愛談義」をふっかける(答えを求める)というのも、まあ、ことば、ことば、ことばで人間の「多様性」を描いていて、おもしろい。うんざりする、という人もいるかもしれないけれど。
 で。
 そういうことと関係するのかもしれないが、私の一番好きなシーンは、ことばが切れた瞬間。二人が海老を茹でようとする。床で海老が動いている。それをつかんで鍋に入れる。この「騒動」の途中でダイアンが笑いだす。この「笑い」が、どうも演技ではない。途中で我慢できずに噴き出してしまう。リアル、なのだ。そのあとも芝居はつづいてゆき、ダイアンはウッディの写真を撮ったりするのだが。
 (このシーンは、別な女との間でも繰り返されるが、このとき女は笑わない。ウッディをばかにして見ている。男の癖に海老一匹もつかむことができないのか、という感じ。これもリアルだけれど、でも芝居だね。演技だね。)
 この、芝居ではなく、リアルというのはこのシーンだけだと思うが、他のシーンもそれを「狙っている」感じがする。映画ではなく、プライベートフィルムだね。その、なんともいえない無防備な感じが美しい。
 ダイアンの、おじいちゃんの古着(だと思っていたけれど、今回見たらおばあちゃんの古着と言っていたような気がする)を組み合わせたファッションも好きだなあ。黒いベストと白いシャツ、ネクタイ、ベージュのパンツ。とても「自然」な感じ、気取らない感じがプライベートフィルムを感じさせる。
 コカインを仲間と楽しむことになって、それを少し鼻先につけたら、むずむず。思わずくしゃみをしてしまって、コカインが空中に散ってしまう、というところまでゆくと、まあ、「やりすぎ(つくりすぎ)」という気もしないでもないが。でも、笑いだしてしまう。
 ラストシーン。ダイアンとの別れが決定的になって、そのあと。それまでの映画のシーンが断片的につなぎ合わされる。ここは海老で笑いだすダイアンのシーンと同じように大好きだ。「ニューシネマパラダイス」のラストで、検閲でカットされたキスシーンをつなぎ合わせたフィルムを上映し、見るシーンがあるが、あれと同じ。「幸福」はいつでも限りなく美しい。あ、いまもウッディの肉体のなかには、あのシーンが残っているのだ、それを忘れることは絶対にないのだとわかる。胸が熱くなる。
 いやあ、ほんとう、なぜ別れたんだろうなあ。
       (中洲大洋スクリーン3、2018年01月17日)




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映画館で見た映画(いま映画館で見ることのできる映画)に限定したレビューのサイトです。
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