詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

谷川俊太郎『どこからか言葉が』(4)

2021-06-24 09:19:09 | 詩集

 

谷川俊太郎『どこからか言葉が』(4)(朝日新聞出版、2021年06月30日発行)

 聞いたことはある。でも、つかい方が違う。つまり、意味が違う。でも、わからないわけではない。そういうことばがある。そういうことばに出会ったとき、私は非常にとまどう。どうしていいか、わからない。
 「まだ生まれない子ども」という作品がある。

  まだ生まれない子どもは
  ハハのおなかの中で
  まどろんでいる
  ハハは砂の上に立って
  海をみつめている

  まだ生まれない子どもは
  ハハのおなかの中で
  ほほえんでいる
  ハハは坂道を上る
  日々をたしかめながら

  まだ生まれない子どもが
  ハハのおなかの中で
  身じろぎする
  ハハは眠っている
  いのちを信じきって

  もう生まれてしまった子どもは
  それはつまりあなたですが
  ハハから遠く離れて
  未生から後生へと
  いのちを一筆書きしています

 「後生」に、私は驚いた。私は、「後生だから、お願いします」というようなつかい方しか知らない。これは聞いたことがある。ひとに何か頼むときにつかう。「慣用句」だ。自分では言ったことがない。聞いたのは、「時代劇」か何かの中であって、現実に「後生だから」を聞いたことはない。時代劇ではなく、いまの現実社会なら、「一生のお願い」と言うかもしれない。
 谷川は、もちろんそういう「慣用句」のつかい方をしているわけではない。「未生」に対して「後生」とつかっている。だから、意味は、死んで生まれ変わった後、ということはわかる。わかるけれど、やはり私はびっくりした。
 後生か、こういうつかい方があるのか。
 そう書いてしまえば、この詩の感想はおしまいなのだけれど。でも、おわらない。もやもやした何かが残る。つかみきれない何かが残る。
 前半の三連、「まだ生まれない子どもは/ハハのおなかの中で」という書き出しが繰り返され、子どもは「まどろんでいる」「ほほえんでいる」「身じろぎする」と変化する。成長しているのかな? それにあわせてハハも変化していく。「海をみつめている」「坂道を上る」「眠っている」。海をみつめる、は「遠くをみつめる」「未来をみつめる」かな? 「坂道を上る」には「肉体」の強さがある。「日々をたしかめながら」と書いているが、日々おなかの中で成長していく子どものいのちをたしかめながらと読むことができるし、元気な子どもを産むための自分の肉体の強さを確かめながらとも読むことができる。「きょうは何日、きょうは何をする日」という「予定」確認ではなく、自分の「肉体の充実」をたしかめながらという感じ。「眠っている」は安心して眠っている。安心は「命を信じる」ということである。子どものいのち、自分のいのち。区別なく、両方を信じている。生まれてくる子どもと、生まれてくるのを待っているハハ。
 そこには、「死」を感じさせるものが、いっさいない。
 この詩だったのか、それともほかの詩だったのか。谷川の「まだ生まれない子ども」という一行をめぐって、朝日カルチャーセンター福岡で語り合ったことがある。私は(そして、多くの男性は)、この一行を単純に「ハハの胎内にいる子ども」と受け止めたのだが、女性の受講生のなかから「もう生まれてもいいのに」という意味があるというような指摘があった。産む実感、生んだ実感が「まだ」の意味合いを変えるのだろう。「まだまだ、おなかの中にいたがっている」と感じるのだろうか。こういう母と子の「会話」は、体験者でないとわからない。すっと、ことばが動かない。
 こうした女性の反応でも、「死」は予感されていないように思う。どうして「後生」ということばが出てきたのか。
 もしかすると、「死」は予感されていないのではないか。というより、「死」は最初から存在していないのではないのか。
 「後生」というと、私はどうしても「死んだ後」の「生」と思うが、谷川は「死んだ後」のかわりに「生まれ変わった後」と感じているのかもしれない。「死」を意識しない(意識できない?)から、「未生から後生へ」が「一筆書き」になる。「死」という切断がない。それが「一筆書き」なのではないか。
 「輪廻」ということばがある。私は仏教のことはわからないのでテキトウに受け止めているが、「輪廻」とは生まれ変わり、死に変わる繰り返しのことだろう。そこにも「死」は存在する。
 谷川の「未生から後生へ」には、その「死」がない。
 最終連の「もう生まれてしまった子ども」は、「未生」ではない。「生」そのものである。そのことを意識すると、「未生から後生へ」というのは、「未生→生→後生」であって、「生→死→後生」ではない。
 たぶん、「未生→生→後生」という一つながり(一筆書き)が谷川の哲学/思想/肉体なのだろう。「一筆書き」と言わずにはいられない理由なのだろう。
 そしてこの「一筆書き」のなかには、「魂」とか「妖精/天使」も含まれているのだろう。「宇宙」も「孤独」も。つまり「生(いのち)の一筆書き」が「世界」であり、「死後」なんていうものは、存在しない。

 私も「死後」なんていうものは存在しないと考えているが、その考え方は谷川とはまったく違う。私は「生→死」でおしまい。肉体(いのち)がなくなれば何もない。魂というものはこの世にも、死後にも存在しない。もちろん「未生」も「後生」もないと思っているので(胎児は、未生ではなく、すでに生と思っている)ので、たいへん驚いた。
 『どこからか言葉が』を読んだとき、この「まだ生まれない子ども」、そのなかの「後生」について書きたいと即座に思ったが、それを書くまでに、かなり寄り道をした。すぐには書けなかった。そして、書いた今も、まだ「書いた」という気持ちににはなれない何かが残っているが、これは仕方がないことだとも思う。何回か思い出したときに書き続けるしかないことなのだと思う。何回か書いてみないことには、腑に落ちるということがない世界である。私には絶対にたどりつけない世界かもしれない。

 詩では、「もう生まれてしまった子どもは/それはつまりあなたですが」と書いてあるが、「あなた」は谷川であり、この詩は「いのちの一筆書き」をしている谷か輪の自画像であると思って、私は読んだ。

 

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